第6話 ケント
王立学園以来の仲間であるケント。
ルミと結婚して、カーマイン領に住んでくれていた。皇都での紙を扱う中堅商会の息子だ。優遇策があるとは言え、よくぞ田舎に来てくれたと思う。
あえて、それを呼び出したのにはワケがある。
「久し振り。ゴメンね、呼びつけちゃう形で」
「滅相もない」
「そーいうの、いいから。ここには、ウチの家族しかいないんで、戦略研の仲間じゃん」
家族しかいないと言いつつも、当然護衛のカイとアテナはいる。
それはさておいても、いくら元同級生とは言え、最高権力者がそういう入り方をしてきたと言うことは、と身構えるのが商人の鉄則である。
商人がもっとも警戒すべきは「低姿勢で来るお得意さんだぞ」というのは、まだ王国であった頃から、都で紙の専門商会を営んでいた父の教えである。
とはいえ、質の良い紙が皇宮内で大量に使われるようになったため、今は古紙の再生と販売がメインとなった。
元同級生からもらったアイディアで、古紙を再利用した雑紙には無限の用途があることに気付いたのだ。
そのため、ケントの実家は昔以上に羽振りは良いし、そのヒントを出した若主人として、働く人々からの人望もそれなりなのだ。
とはいえ、普段はカーマイン領で紙以外にもいろいろと扱う商会を独立させたのも、婚約者のルミの実家の力が大きいのだ。
二人が結婚すれば、ますます両家の力が結びつき、さらに上を目指せるに違いなかった。
だから、皇帝からの召喚は儲け話の匂いしかしないのである。
と同時に、懐かしい友人が自分を忘れずにいてくれて、しかも「仲間」とまで言ってくれるのだから、背が20センチも伸びた感じになるのは当然のことだった。
隔意のない挨拶を交わし、ミネルバビスチェやニビリティアを紹介されても、緊張か少しずつほぐれていくのは当然のことだった。
「そういえば、君の所って紙を扱ってたんだっけ」
キター である。
何気なさを装う言葉で話題を変えてきたら、いよいよ本題である。
「はい。私個人の商会では紙以外も扱っておりますが、実家の方は主に古紙の再生販売を行っております」
もちろん、いくら緊張を解いても、皇帝の口車に乗せられて「タメグチ」を聞くほどマヌケではない。
「古紙の売れ行きはどう?」
「おかげさまで、とても好評です」
「そっかー じゃあ、新たな販売方法なんて必要ないよね」
「え! 今なんと?」
「いや、ちょっとしたコトなんだけどさ。紙って、何かを書くだけじゃないだろ?」
「はい。むしろ庶民の間では大事なものを包むのにも使います。あるいは、再生を繰り返して質が落ちる紙も、様々な用途に利用されております」
「うん、知っているよ。最近、貴族の間に馬鹿売れしてるみたいだね」
「おかげさまです」
トイレットペーパーである。
これもまた、ショウからもらったアイディアだ。当初は、そんな貴重品を使い捨てるなんて、と思ったが一度使った貴族は手放せなくなるのである。
よって、現在、皇都の伯爵家以上の邸宅には、全てトイレットペーパーを納入しているのである。
「これ以上の売り先は必要ないよね」
「滅相もございません。売り先が多くて困る商人などありませぬ。して、いったいどのような?」
「あのさ、紙に付加価値を付けるんだ。単なる包み紙、飾り紙じゃなくて、その紙自体に価値を付ける」
「価値を付ける?」
「そうだよ。たとえば、貴族の間の噂、新しい事件、あるいは皇帝がやったこと、話したこと、珍しい商品の話題。そういうのを紙に印刷しておけば、同じ包み紙でも、それだけで販売できるようになるんじゃないかなってね。使い終わったら、トイレットペーパーみたいに使っても良い。多少高くても、情報を買った後の紙だから、結局安く付くことになるだろ?」
「話題を印刷して、売る…… なるほど。文字が読める者にとっては、価値が出るや知れません」
「ほら、ビラビラ。アレって今は無料で置かれているけど、最近はまいてくれる回数が減っているみたいじゃん?」
まいている本人が、シレッと他人事ように言って見せるだけに、タチが悪い。しかし、ビラビラを誰がまいているかなど、皇都の商人として知らぬ訳がない。
つまりは「これからはビラビラをまかなくなるから、代わりに情報を広める紙を売れ」という命令なのだと、素早く察知できるのがケントの商人たる才能である。
「大変、貴重な情報をありがとうございます。クラーク商会の跡継ぎ、ケントといたしまして、陛下の貴重なご提案をぜひとも前向きに実現いたします」
「うん。あ、書いてある内容を『記事』って言ってね。いろいろと記事の内容は提供する用意があるよ。新しく聞いたことを、どんどん書くと良い」
しかし、素早く「仲間」だった皇帝の顔を見ると、何か言いたそうである。
「ありがとうございます。何か気を付けることは?」
「えっと、記事を作る為に便宜は図るよ。必ずしも、こっちの見方はしなくて良いけど、ウソを意図的に書いた場合は」
ニッコリ
その瞬間、心底ビビったケントである。
命を取るよと、笑顔に書いてあるのだ。
「けっして、けして、ウソは書きません、肝に銘じておきます」
「うん、よろしくね。じゃ、今後、それを新聞と名付けます。同業他社は認めるけど、同じように、意図的なウソを書いたら商会主は、ま、アレなんで、そこは徹底してお願いね」
その日、サスティナブル帝国において「新聞」の萌芽が生まれたのであった。もちろん、ケントは事業を立ち上げる必要上、この世界で初めて新聞記事を書く仕事に就いたわけである。
そう、クラーク家のケントは新聞記事を書くことになったのである。最初の記事は、皇都を騒がした詐欺の顛末であった。
なお、けっして他のことは考えてはならない。単純に、クラーク家のケントであっただけなのである。この世界に電話ボックスが無いことに感謝するショウであった。
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作者より
すみません。やっとこのネタが書けました。もう、ずっと考えてきて、このネタを書けるのか今回のみだろうと。どうもすみません。
明日は、ゴールズが出てきます
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