第5話 オシも押されも 後編

「みなさ~ん。このクイーンコブラって上顎の牙のすぐ後ろ側に毒を溜めている袋がありま~す。だから、こうやって、コップに牙を当てると、蓄えてる毒がヨダレみたいに垂れてくるんです」


 あ、そういえば、コップになんか跡があった、とアヤは思いだした。


「そして、さっきヘラジカを咬みましたよね? コブラって、他の毒蛇と違う点がありまして、一度咬むと全力で毒を大量に送り込んじゃうんです。自分の意志とは無関係に」


 え? 鹿さんに毒を全部使ったの? じゃあ、後は?


「もちろん普通なら獲物一匹分だけで毒を使い果たしたりしませんけど、恐らく控え室で、あらかた絞っていたはずです。で、コブラはなけなしの毒を全部出して鹿を殺した。つまり、あの時点で、毒は大半を使っていたってことです」


 え? ほとんどの毒を使っちゃってて、さらに絞り出してたんだ。そんなの、なんかインチキみたいじゃない。


 インチキ……


「あ!」


「お、そこのお嬢さん、気付いたみたいですね。言ってごらん」


 なんか、すごい空気だったけど、目の前の男の人がとっても優しそうだったから、ついつい答えてしまった。


「あのぉ、コップに当てながらゆっくり見せて回ってました」

「正解! ゆっくり見せるってフリをして、最後の一滴まで毒を搾り取ったんです。でもね、シカケはこれだけじゃないよ」


 男の人は突然「ね?」と振り返った。さっき咬まれた女の人が舞台の端まで行ったところを、さっきの筋骨たくましい男の人が、なんだか「ばっちぃ」って感じで押さえつけてた。


「コブラの毒は神経毒って言って、ある程度までなら身体を馴らすことができるんです。もちろん、ホントに普通のコブラに咬まれたらヤバいカモだけど、絞り出した直後に咬まれたくらいなら。それに、覚えてます? 咬まれた~って見せつけるようにして、ちゃんと指先に入った毒を絞り出してたでしょ?」


 そう言えば、血が垂れてた。あれって、血を出すことよりも毒を出すことが目的だったの?


「ちなみに、ここにいる女性は、仕込み! 毒に身体を慣らした元アマンダ王国の工作員、ヤリー・コンマちゃんでーす」

「え? いったい、なんのこと? 私、カントって名前なのよ。王都の外れでお花を育ててるわ」


 まるで、草原の花を摘む少女が風を受けたときのような笑顔を見せる女だが。喋っている男の横に立っている少女は顔をしかめている。


 なんだか「クサイ」って言いたそうだ。


「ハイハイ、それいーでーす。他の人にはともかく、オレには通じないから」

「ど、どういうことなの?」

「ところで、見つかったかい?」


 女を無視して舞台の端っこに向かって声をかけると、袖の方からもう一人、マスク姿が現れてた。


 アヤは思わず「あ!」と叫んでしまった。


 いや、ほとんどの人が声を上げていた。


 何しろ、そのカゴには、さっきの蛇に優とも劣らないコブラが入っていたのだ。しかし、アヤが声を上げたのは違うことだ。


『あのマスクの人、私、知ってる』


 マスクは怖々とカゴを持って真ん中へ。


「はーい。これ、たぶん毒抜きしてませーん。さて、ラスプーチンセンセ、カモーン!」


 男は人の悪い笑顔を浮かべた。


「な、なんだいったい。好き勝手言いおって」

「はーい。予言できるんなら、この程度は見えていないとダメでしょ。センセの生死がかかってるんだから」


 またしても男はイヒッヒッと楽しそうに笑ってカゴを掴もうとしたが、そこを筋骨たくましい男に邪魔されて、持たせてもらえない。


 結局マスク男がカゴを持ったまま。


「ちぇっ、オレがやってみたかったのにな」


 小さな声で言った後、男は気を取り直したように、さっきの笑顔を浮かべた。


「ラスプーチンセンセは、人に加護を与えられるえらーい人だから、きっと、センセは咬まれても大丈夫ですよね? はい、咬まれてみましょうね」


 合図されたマスク男がカゴを近づけた。


「な、なんだと! 私が、そのような下賤な蛇などに咬まれるわけがないだろ!」

「あ、ちなみに、蛇に噛まれるのを拒否したら、インチキ宗教の詐欺師ってことで、思いっきり苦しい思いをした上で死罪。もしも咬まれても本当に何もなかったら、さっきのショーとか言う男の名前が不敬だけどさ、皇帝の頑張ったことを使って人々を騙そうとしたことも含めて見逃してあげるしれないよ」

「な、なんだ、その、上から目線など! 何様のつもりだ!」

「えっと、オレ様?」

「はぁ?」


 そこで少女が「みなのもの! 恐れ多くも皇帝陛下のご来臨である! 頭を下げよ!」と凛とした声で言い渡したのである。


 ちゃ、ら、ら、ら~ん


 なぜか、皇帝陛下は、不思議な歌のようなヘンな音を口から出した後「ま、そういうこと」と、ラスプーチンの肩を叩いたのだ。


「お、おま、え、皇帝陛下をいつわ、あ、え、えっと、あの、ほ、ん、も、の?」

「はーい。本物の皇帝です。こーてーしちゃうよ! って、あぁ、まだヤツの影響が……」


 皇帝が一人、頭を掻いているが、会場中の人間はそれどころではない。「マジだ」

と会場中の人間が気付いてしまった。言われて見てれば、つい最近、帰都の際にも拝見したご尊顔だ。


「ってことで、はい、ラスプーチンはそこに手を入れて咬まれなさい。助かったら、は見逃してやるよ」

「そ、それは、その、あのぉ」

「それとも、ここでインチキでしたって告白する? そうしたら、命だけは考えて上げないこともないよ」


 皇帝陛下自ら登場したとわかった瞬間に、既にラス・プーチンの心は折れていたのだろう。


 そこに、ビシッと皇帝の威厳ある命令が炸裂した。


「ほら、まず謝れ! みんなに謝って、真実を言うんだ!」


 もはやラス・プーチンには抗う気力などなかったのである。


「すみませんでした。全部、皇帝陛下のおっしゃる通りです。女は、毒に耐性があると言うことで使いました。ごめんなさい」


 それを聞いた瞬間「これにて、一件落着!」と皇帝は満足そうに叫んだのである。


 次の瞬間、近衛兵達が怒濤の勢いで部屋に入ってきたのであった。



・・・・・・・・・・・


「お兄ちゃん。ビックリしたよぉ」

「いや、アヤが、ここに連れ込まれたって言うから、慌てて陛下にお願いして混ぜてもらったんだよ。良かった~ 無事でいてくれて」


 ヒシと抱き合う兄妹愛は美しい。しかし、その瞬間、妹の匂いを確かめて、ホッとしていたサムの様子に気付いたのはアテナだけだったのかもしれない。


・・・・・・・・・・・


 皇宮への帰り道、アテナは「恐れながら」と小さな声。


「なに?」

「あんなヤツを生かしてやるんですか?」

「え? なんで?」


 ラスプーチン達に対する怒りを目に浮かべたアテナの言葉に、ショウは、心から心外と言った風情で首を捻って答えた。


「だって、告白して謝ったら、考えるとおっしゃっていましたよね」

「うん。命だけは考えて上げないこともないよって言ったよ。こともないってことは否定だよ? しかも、たとえ考えてあげたとしても、結論は変えるわけがないさ」

「じゃあ、あの女も?」

「もちろん。ファントムから聞いたけど、皇都に残る数少ない草の一人らしい。名前はベイクがちゃんと手に入れてくれたからね。あっちの影は傘下に入ったけど、逆にあっちこちに放っていた草が『野良』化しちゃったらしい。ほら、ソロモンに貼ってある、あれ。あの一族らしいんだけど、ま、例のキノコを使ってみて吐かせるだけは吐かせるけどね。最後は全員普通に死刑で良いかなぁ」


 アテナは「さすが」と納得の様子だった。


 実は「皇帝の奇跡を予言したと称する男がいる」というのは、ファントムがすでにキャッチしていたのだ。対応を皇帝が決めるのも急ぐ必要はないという判断で、今回の帰都で改めて報告されたことだった。


 しかし、ファントムの計算違いは、思った以上にショウが激怒したこと。


「ホストクラブの悲劇じゃん、それ! カルトも許さないから! でも、ただ、捕まえただけだと騙されてきた人が納得してくれないかも」


 ということで、大勢の信徒ファンの前で、不正を暴く大芝居を演じて見せたのであった。


「かくして、皇帝陛下の世直し旅は続くのであった、は、は、は、は」


 高笑いする皇帝に、一つ首をかしげたアテナ。


『世直し旅って、大陸統一ってことかしら?』


 一瞬考えたことではあっても、いつも通り何も言わないことに決めたのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 インドで「コブラ遣い」の芸を見せる人達も、毒腺を搾り取るテクニックを使うそうです。咬まれることもあるらしいですが、彼らは抗体を持っているらしいです。少なくとも毒腺を絞った後のコブラなら、多少咬まれても平気なようです。

 それにしても、コブラの生態を調べるのがムチャクチャ時間がかかりました。

「ヘソ比べ」をせっかく出したのに、大部分をカットしてしまいました。無辺のファンの方、すみませんでした。(いないかな)

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