第4話 オシも押されも 中編

 男の人が出てきた。


 なんかフワッとした豪華なレースの付いたマントを着てる。


「わぁ!」

「ステキ」

「ヤスさまぁ~」

「ジュテーム!」

「ショーさまぁ」


 きゃぁあああ


 どっちかというと、大人しそうな人ばかりだと思ったのに、一斉に声を上げている。舞台みたいにちょっと高くなった場所に出てきたのは、背が高くて、彫りの深い男の人達。お兄ちゃんよりもずっと年上っぽい。


 脚も長いし、動きも大きくって、お芝居の役者さんを見ているみたいだ。


 まあ、お兄ちゃんの方がカッコいいけど、三人とも確かにカッコイイ方だとは思う。


「みんな~ 今日は、奇跡を見に来てくれてありがとう! ヤスだよ!」

「エンジェル達。ボクらと一緒にお祈りできて、とっても嬉しい! ジュテームだ!」

「ショーより素敵な祈りはない。みんなの幸せは、ボクらと共に。みんな、今日は仁仁教団、愛の集会にようこそ!」


 三人が声を出す度に、こっちの席に座っている人達が歓声とか拍手をしてる。それぞれに応援している人が違うらしくって、誰かに拍手や歓声を上げた人は、他の人が喋っても静かになってる。


 なんだか、普通のお芝居の時とはずいぶん違う感じだ。違うと言えば、このお部屋にいるのはほとんどが女性だというのも、なんだかすごい。


 そして、どうやら、この最後に声を出したショーとか言う人がお姉ちゃんのオシという人らしい。


「さぁ~」

「みんな、仲良くぅ」

「愛のポーズだ」


「ニン、ニン」


 え? 何それ?

 

 みんなが嬉しそうに、親指以外を揃えて広げた手で、中指と親指をニン、ニン、で合わせてる。


 なんだか、子どもの頃「影」で遊んだときのキツネさんのポーズに似てる。


 それをみんなが笑顔で「ニン、ニン」とやっている。子どもがやっていたら可愛いポーズも、こんな風に大人が一斉に笑顔でやっていたら不気味さを感じてしまう。


「「「ありが~」」」


 再びヤスが真ん中に立った。


「いつものように、チョキをしたい人~」


 はーい


 これはみんな一斉だ。むしろ、周りに負けまいと叫ぶので、耳が痛いほど。


 女性同士がお互いを気にしている所を見ると、オシの違うグループ同士で、競争意識があるらしい。


 そこにジュテームがグイッとヤスを押しのけて中央に立った。


「信者のみんな! 前回のチョキはボクが84回、ヤスが81回、ショーが79回だったよ! お陰で、今日のコールはボクからだ!」


 きゃ~


 目一杯叫ぶ、ヤスのオシと思われる人達と「チッ」と舌打ちする人達にクッキリ。


「コール!」


 ヤスとショーが、両サイドに立ってジュテームに向かって掌をヒラヒラし始めた。


「なんと!」(ヨッシャ~イ)

「なんと」(ヨッシャ~イ)

「 カワイイ」(ヨッシャ~イ)

「信徒より 」(ヨッシャ~イ)

 

 メインをジュテームが声を上げ、他の二人が合いの手を打つ感じだ


「 シャン パン シャン パン」 (シャンパンシャンパン)

「今夜はパーリナイッ」 (今夜はパーリナイ)

「ではでは」(ヨッシャ~イ)

「 行くぜ!」(ヨッシャ~イ)

「 シャンシャン シャンパン」(ヨッシャ~イ)

「オープン!」

(ヨッシャ~イ)(ヨッシャ~イ)(ヨッシャ~イ) (ヨッ、ショー)

「 ヨロシク!」(ヨッシャ~イ)

 

 3! 2! 1!

 

 フゥ~!


 いつの間にか取り出したワインのボトルをポンと抜くと「黄金の聖水! シャンッシャン パーン!」と叫んだかと思うとラッパ飲みである。


 いや、一口含むとブハ~ っと、前列の一部の人達に吹きかけたのだ。


『わっ、汚い!』


 しかし、そう思ったのはアヤだけらしい。


 おそらく、前列でも吹きかけられた人達はジュテーム・オシのメンバーなのだろう。嫌がるどころか、うっとりとしている。


 一方で、忌々しげな目で、それを見つめているのは、他の二人をオシているとおぼしき客達だ。


『なんか、これ、すっごい光景。地獄って言うのかしら?』


 アヤは言葉を無くした。


「よし、じゃあ、今日の説法が終わったら、また、チョキよろしくね!」


「今日こそ、みんな、頼むよ!」とヤス

「前々回はヤスだったんだ。次は…… うん、信者ファンのみんなを信じてるからね!」


 こっそり聞いたら「チョキ」というのは魔石を渡す儀式で指の間で挟んで、渡す瞬間だけ、オシと指が触れあえるらしい。下の受付で1つ小銀貨5枚で交換できるんだよ、と目をうるうるさせてケイ姉ちゃんが言うのに、心からビビるアヤだ。


『そんな大金を』


 しかも、一人が1つを渡す程度だと一瞬しか触れあえないらしい。


「いいのよ。ショー様のステージが上がるなら、もっともっと頑張らないと」


 熱狂的な歓声が渦巻いたところで、ジュテームが突然、雰囲気を変えた。


「さ、予言は前回、先生にしていただいたから、もう先生のスゴさは分かるだろ? 先生は未来が自由自在に見えるんだ! ボクたちの幸せを見通してくれているんだよ!」


 シーンと静まりかえっている。こんなに胡散臭い話なのに、なぜか、みんな真剣に聞いているらしい。


「あ、今日、始めて来た人もいるから信じられないよね。でもね。先生は、ゲール事件の時も、アマンダ王国討伐も、ガバイヤ征服も、全部、予言していたんだよ、ここのみんなが証人だ。そうだよね、みんな! 先生は全部、はるか以前から、予言してくださったんだ。そして、前回は、大事な予言もしてくれたよ」


みんなが、夢中になって前を見ている。


「僕たち三人の中から一人だけ、次のステージに上がれる未来が見えているって」


 え? と思った。


 それって予言じゃないんでは? 


 アヤが首を捻りそうになった瞬間「大事なコトだから、誰がっていうのはナイショだったよね。でも、それもこれも来週発表になる。だから、今日はすっごく大事な日になるって」


 そこで、ショーが中央に立った。


「まずは、ボクらの先生を紹介します。ラス・プーチン先生です!」


 男は光沢のある赤紫のマントを巻き付けたまま、舞台の真ん中にやって来ると「ニン、ニン」と予告なく、さっきの動きだ。


 客側も全員が一斉に同じ事をしたのだから、アヤはビックリ仰天。


 そこから、男の言っていることが怪しすぎてビックリは続いたのが、いい加減続いた後で「神の加護をみなさんの前で現実にしてみせるとしよう」と言いだしたの。


 ヤスがいそいそと端から持ち出したのは腕に抱えるほどの大きさのカゴである。木製ではあるが目の細かい網になっていた。


 ヒョイッと手を入れたオトコが取りだしてみせたのは蛇である。


 キャァー!!!


 悲鳴が響いたが男は当然のような顔で黙ったまま、


 そして「ここに取り出したるは西部にすむクイーンコブラと呼ばれる蛇だ。猛毒を持っているこの蛇一匹で、馬が20頭も殺せるほどの毒蛇だ。嘘ではない証拠をお目に掛けよう」とニヤリ。


 ショーが横から引っ張ってきたのは、一匹のヘラ鹿だ。


「この鹿は、王都近郊で掴まえてきた鹿だ。元気に見えるだろ? 体重で言えば人間3人分にもなるほどである。さて、この鹿の首にコイツが噛みつくとどうなるか?」


 オトコは巧みに誘導すると、蛇は苛立ったのだろう。パクリと首に噛みついた。


 またしても悲鳴が上がった。


 しかし、悲鳴が収まる前に、少しだけ暴れた鹿は、ズドンと重い響きを立てて、床に倒れてしまった。


「確かめていただいてもいいが、クイーンコブラに噛まれた以上、コイツはもう、死んだんだ。さて、私が奇跡の加護を授けた女性で試して見せよう」


 男はゆっくりと客席を見渡した後、一番後ろにいた地味な女を「こっちにおいで」と呼び出した。


 大人しく前に出てきた女は、床を見つめたまま、表情を消している。


「さて、私は、先ほどこの信者ファンに加護を捧げておいた。いつものようにヘソ比べの密儀によってだ。儀式によって毒にも耐えられる奇跡を与えたわけだ。さて、私の言葉が真実であるかどうか、今から確かめようではないか。おっと、インチキに見えたらいけないね。これは見世物ではなく、奇跡の場であるのだから。ほら、蛇には間違いなく牙があるだろ?」


 男はコップを持ち出すと、蛇の口をこじ開けるようにしてコップのフチを当てる。牙の後ろ側にフチを押しつけるようにして、牙だけを剥き出しにして見せた。


 なるほど。これなら牙の鋭さを確かめられる形だ。


 ゆっくりと「ほら、確かめてごらんなさい。奇跡は、あなたが確かめないと、奇跡ではなくなるからね」と言いながら、ゆっくり、ゆっくりと客性の間を回って見せつけている。


 アヤのすぐ前を通った。


『わっ、怖っ、これ、本物の蛇だよね? 牙も本物だ。これ、噛まれたら死んじゃう? わ~ ヨダレみたいなのも垂れてる。こんなのに、あの人はホントに噛まれるの?』


 コップには蛇のヨダレが、ダラダラと流れ落ちていた。


 汚いと思ったが、それよりも、この後この牙に噛まれる人がいるんだと思う恐怖に身が縮む。絶対にそんなことをして助かるはずがない。


『だって、ホントに鹿さんは死んじゃったわけでしょ?』


 全員に牙が本物であると見せつけて回った男は、再び真ん中に立つと、女を呼び寄せる。


「さて、指を出して」

 

 下を向いているワリに、女は全く躊躇なく手を差し上げた。


 右の人差し指を突き出す形だ。


「では、今から、見ていなさい」


 と言う前に、いい加減蛇も怒っていたのだろう。目の前に差し出された「咬み頃」と言わんばかりの指にパクッと噛みついたのだ。


 きゃー!!!!!


 客席から声が上がる。


 やがて男は蛇の顎でも押したのだろう。そっと指先から蛇を外して見せたのだ。


「さて、みなさんに、噛まれた指を見せてあげなさい」


 女は「ちゃんと噛まれましたよ」と言わんばかりに指をギュッと絞り上げて見せると、タラ~と血が垂れる。


 ポタ、ポタ、ポタ


 滴る血が確かに牙が通っているのだという証明だ。


 全員が、固唾を飲んで見つめる中で、一秒、二秒、十秒、いっこうに女は倒れる気配がない。


「どうだね? 苦しいか?」

「いいえ。ラス・プーチン先生のご加護により、私には、蛇の毒に負けないパワーが生まれているみたいです」


 女が初めて顔を上げた。


 えっと驚くほどの美貌だ。


 輝くような美女は「先生のおかげで、世の中が明るく見えて参りました」と目を輝かせたのだ。


「さて、みなさん。ヘソ比べの密儀を希望される方は、この三人からの推薦をもらいなさい。私は、喜んで神の奇跡を与えようではないか」


 先ほどの三人は殊勝な顔をして横で跪いている。


 突然、一人の若い男が舞台に上がっていったのだ。いや、若い男に見えたと言うべきか。顔の下半分をマスクで覆っていて、よく見えない。


「なんだ、貴様は! 神に対して失礼であろう!」

「え? なんでも予言できるのに、オレがここに来るのは予言できなかったんですか?」

「な、なんだと!」

「だって、なんでも予言できるんでしょ? それなのに、オレが来るのを知らなかった? そんなわけないですよね。全部見えていて、先生はオレがここに来るのを許したわけでしょ?」

「そ、それは、そのぉ、く、早く下がれ。さがらんと、この蛇がお前を噛む未来が見えてしまうことになるぞ!」

「わ~こわい。あれ? でも、先生、ホントに未来って見えてます?」

「なんだと?」

「その蛇、すでに頭がなくなってますけど」

「なにを言って…… え?」


 ふっと横に少女が立っていた。


 それは気付いた。しかし、しっかりと首を持っていたはずの蛇は、頭が切り落とされていた。


「そ、そんなばかな!」

「あれ~ 蛇の頭が無くなっちゃう未来って見えてないんだ? ホントは未来なんて、見えてないんじゃないの? はい、君は予言なんてできませ~ん Q.E.D. 証明終了~」


 明るい声で笑って見せる男に激怒するラス・プーチンだ。


「お前達、この無礼者を許してはならん! あ、え? え? え?」


 跪いていたはずの三人は床に寝そべり、その後ろには筋骨たくましい男が立っている。


「あ~ これも見えなかったみたいだね。ラスプーチンのやるコトって、全部、インチキだもんね~」

「な、なんだと! 言うに事欠いて! 今、奇跡を見せたでは無いか、この者は確かに噛まれたのに、我が加護によって無事であった。確かに噛むところをお主も見たであろうが!」


 若い男はヒッ、ヒッ、ヒッと、お腹を抱えて笑って見せる。


「あのインチキも、ちゃんと説明しないとダメみたいですねぇ~」


 そして、客席を向き直った若い男は「はい、みなさ~ん、今からの説明、ちゃんと聞いてくださいね~」とマスクを外して、にこやかに説明を始めたのだ。


 その、何とも優しげで、整った顔を見たアヤは、どこかで見たことのある顔だと、思ったのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

蛇は毒腺に溜めた毒を獲物に注入します。コブラ系の毒蛇は神経毒を主に出します。クイーンコブラも、この世界特有の蛇ですが、キングコブラに似た生態を持っているようです。

予言できるんなら、この乱入は分かってたよね?

はい、予言ができなかったという証明終了~ でした。


やっぱり、前・中・後編になってしまいました。すみません。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

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