第3話 賑やかな朝
小鳥のさえずりと、まぶしい朝の光で咲は目を覚ました。前日に降った雨はすっかり上がり、道端にできた水たまりがキラキラと青空を映している。
「……やっぱり夢じゃなかったか」
ため息交じりに咲はつぶやくと、身支度を整えるために起き上がった。
咲はふと鏡に映る自分を見る。洋服は、この世界に飛ばされてきたときに身に着けていたものしかない。昨晩は気にする余裕もなく眠りについてしまったが、これではしわくちゃだ。
「出かけるって言ってたし、ちゃんとした方がいいよなあ」
しかし、どうしたものか。悩んでいると、扉をノックする音がした。もうアーキーが来たのかと咲は慌てたが、扉の向こうから聞こえてきたのは可憐な少女の声だった。
「サキさん? 入ってもいい?」
「はい、どうぞ」
入ってきたのは、タキ、ルシア、シイナ、そしてリツだった。制服姿とは違い、今日は各々に似合った私服を着ているので、とても華やかだ。
様々な外見の少女たちの登場に、咲は呆気にとられる。
少女たちはそれぞれ咲に自己紹介をし、咲も簡単にあいさつをした。ちらっと見ると、リツは何やら袋を持っていた。
「来るのが早過ぎちゃったかな。実はね、昨日の晩にも訪ねたんだけど、もう休んでいたみたいだったから……」
タキが言うと、三人は目配せをした。何だろう、と咲は首をかしげる。タキの言葉を継いだのはルシアだった。
「見たところ、何も荷物を持っていないみたいだったから、気になっちゃって」
「洋服とかさ。それ一着しかないんじゃないかって」
シイナの問いに、咲は頷いた。それを見て三人は「やっぱり!」と声をそろえる。
「それじゃあ不便でしょ? だから、私たちのおさがりでよければ、これ」
と、少女たちはリツから袋を受け取ると、ブラウスやスカート、スラックスを袋から取り出した。
「わ、すごい。ありがとうございます」
「私たち相手にそんなにかしこまらくていいよ。気軽にしてくれると嬉しいな」
タキに言われ、咲は少しはにかんで頷いた。見知らぬ世界に飛ばされたのは災難だったが、親切な人たちに出会えてよかった、とつくづくほっとしたのだ。リツは咲が着替える間、廊下に出る。
咲は真っ白なブラウスと若葉色のロングスカートに着替えた。ベルト部分は皮で、濃いブラウンだ。
「役場に行く前に、まずは朝食よね」
「ブティックにも行きましょ」
「楽しみねぇ」
三人娘は、今日の予定についてあれこれと話を進めていく。咲は口を挟む隙が無いのを察して、椅子にちょこんと座った。
「そろそろいい?」
と、廊下に出ていたリツが言うので「どうぞー」と咲が言うと、ソアとともに入ってきた。
「おはよう、調子はどうだ?」
「おかげさまで、何とか」
「何か不便はなかった?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
そしてソアは、咲の服を見ると何かに気付いたようだった。
「それ、昨日着てたのと違う服だよね。どうしたの?」
「これは……」
ソアに尋ねられて咲が説明しようとしたとき、咲の肩に重みと温かさが触れる。三人娘は談笑を止め、咲の後ろにやってきていた。三人は咲に寄り添うようにして立つ。タキが楽しげに笑って言った。
「私たちが持ってきたんですよ」
三人の登場に、ソアは少し驚いたように言った。
「お前たち、もう来ていたのか」
「気になっちゃって」
ねー、と三人は咲を見て言う。咲は「あはは……」と笑ってごまかした。
アーキーがやってきたのは、それから間もなくしてのことだった。
「なんだ、みんな早いな」
みんなが揃うと、ずいぶんと賑やかになった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
アーキーは言うと、三人娘と咲を見る。
「ずいぶん仲良くなったんだな」
「ふふ、もっと仲良くなる予定ですよ」
と、シイナが言って咲の腕に自分の腕を絡めた。これだけの長身に囲まれると、さすがに圧迫感がある、と咲は遠い目をしながら思った。
「そういえばリツはなんで廊下にいたんだ?」
ソアに聞かれ、リツは呆れたように笑いながら答える。
「荷物持ちさせられまして。用が済んだら追い出されました」
それを聞いて、タキが反論する。リツは「あはは、冗談だよ」と笑った。
「私が身支度をしている間、気を使ってくれたんです」
咲がリツの代わりに答えると、ソアは納得し、リツは得意げな表情を見せた。
「紳士として当然です」
「紳士じゃなくても気を使うところよね」
ルシアの言葉に、タキとシイナが「ねー」と相槌を打つ。
話に付いて行けないが、咲は微笑んで佇む。
「ねえ、サキさんは、今日、どこに行きたい?」
急にタキから話を振られ、咲は戸惑う。どこに行きたいも何も、何があるかも皆目見当がつかない。
「えっと……」
「ほら、お前たち。あまり盛り上がり過ぎるなよ」
アーキーがそう言ってくれたので、三人娘は少し落ち着いた様子だった。しかしまだ気分は高揚しているようで、すぐにまたおしゃべりに花が咲く。
咲は、まるで夢を見ているような気持ちで、その喧騒の中にいた。
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