第4話 ウィント王国・トゥルプの街 1

 リツとソアが先頭を行き、役場に寄った後どこに行こうかと盛り上がる三人娘の後ろに続いて、咲とアーキーは部屋を出る。咲は歩きながら、みんな背が高いなあ、などと考えていた。

「あのアーキーさん」

「ん? どうした?」

「いろいろとありがとうございます。ちゃんとお礼言えてなかったので」

「ああ、それはどういたしまして」

 朗らかな笑みを向けられ、咲も思わず笑い返す。

「体調はどうだ?」

「問題ないです」

「それならよかった」

 アーキーは本当に安心したように言った。客席へと向かう方とは反対の廊下を進み、たどり着いたのは裏口にあたる場所だった。チョコレート色の木の扉には小さなガラス窓がはめ込まれている。

 扉を開くと、甘い花の香りとともに、まぶしい光が差し込んできた。

 朝日に照らされてキラキラと輝く暖かな色合いの建物、美しい運河の流れ、水滴がきらめく花々。細かな装飾が施された船がゆったりと行く運河には、どこかのカフェのテラス席があって、多くの人でにぎわっている。遠くには広い庭園も見えた。

「この辺りは、ウィント王国の中心部。トゥルプと呼ばれる街だ」

 アーキーがまぶしさに少し目を細めて言った。

「ほら、この花がトゥルプっていうの」

 タキに手を引かれ、咲が見たのはチューリップに似た花だった。

「この街はトゥルプであふれていてね、お祭りもあるんだよ」

「へえ……」

「さ、行こうか」

 アーキーの隣に並び、咲はまるで冒険に出るような気持ちで歩みを進めた。

 どこからか軽快な音楽が聞こえ、それに合わせて歌うような、花売りの少女のかわいらしい声がする。行きかう人はみな朝日を笑顔で受け入れ、顔見知りとすれ違うと朗らかにあいさつをする。

 明るい街のまぶしい朝に、咲は思わず目を細めた。

「役場が開くにはまだ時間があるし、どこかで朝食を取ろうか」

 ソアの提案に、反対する者はいなかった。

 立派な橋を渡ると、町一番の広さを誇るという広場に出る。この街はどこに行っても、花であふれているのだな、と咲は思った。

 背の高い建物に囲まれた広場には、露店が並んでいた。パンにスープ、おやつや飲み物……売られているものは様々で、どうやらここで朝食を済ませる人も多いようだった。テーブルやベンチも備え付けられていて、実に賑わっている。

「私はチョコトーストにしようかな」

「あ、いいね。私もそうする!」

「俺もそうするかなー」

 タキとシイナ、ソアの会話に、咲は「朝ごはんがチョコトースト……」とつぶやく。

「甘党なのか」

「いや、この国じゃ定番の朝ごはんだよ」

 と、リツが言うので咲は驚く。

「えっ、そうなんだ」

「軽く焼いたパンに、シナモンを利かせたりんごのコンポートをのせて、その上からチョコレートをかけるんだ。大きな塊のチョコレートを削ってのせるんだよ」

「すっごい甘そうだね」

「甘いよ~。それとホットミルクを合わせたのが人気だね」

 確かにおいしそうだが、咲はまだ挑戦する気にはなれなかった。

「他に何かない?」

「甘くないものだったら、そうだなあ……」

「あれはどうだ?」

 そう言って一つの露店を示したのは、アーキーだった。その店からはコンソメのような香りが漂い、ジュワジュワと何かを揚げる音も聞こえる。

「ああ、シンプルでいいでしょうね」

 と、リツは同意する。アーキーが咲に説明する。

「あの店の看板商品は、チキンの香草焼きとフライドポテトだ。特製のポトフもうまいぞ。セットを買うと、パンかライスが選べる」

「ほう、それはいいですね」

「私もそれにしようかな」

 そう言って咲の隣に並ぶのはルシアだ。ルシアは咲と視線を合わせると、にこりと笑った。

「私、どっちかって言うと、しょっぱいものの方が好きなの」

 咲とアーキーはライスのセット、リツとルシアはパンのセットを買うことにした。咲の分は、リツがまとめて払ってくれた。大鍋一杯にある黄金色のポトフに、咲は心が浮き立った。

「おーい。こっちこっち~」

 先に朝食を買っていたタキ、シイナ、ソアが咲たちを呼ぶ。

 テーブルを囲み、咲はチョコトースト組の手元を見る。少し厚めのパンの上には、確かにシナモンの香りが強いリンゴのコンポートがのっている。豪快に削られたチョコレートは熱でほんのり溶けかけている。咲はそれを見て、お好み焼きのかつお節を想像した。

「じゃあ、いただこうか」

 咲は自分の食事に意識を向ける。

 太めにカットされたジャガイモは揚げたてで、甘めの塩かかかっている。サクサク、ほくほくとした口当たりは最高だ。鶏肉も元の世界のものと味わいは変わらない。プリッとした身に、カリカリに焼けた皮。香草焼きというから匂いを覚悟したが、主張は少ない。鶏肉の臭みを消し、香ばしさが加わっていい。

 ライスは粘り気のある品種の米だ。噛むとにじみ出るなじみ深い甘みに、咲は気持ちが落ち着くのを感じた。ポトフは具材が多いわけではなかったが、野菜のうま味と甘みがしっかり出ていて、良いスープだと思った。

「サキはおいしそうに食べるね」

 リツに言われ、咲は「そうかな?」と首を傾げた。

「まあ、食べることは好きかな。作るのも好き」

「へえ! 料理ができるんだ」

「一応それを仕事にしてたからね」

 咲は世間話程度に何気なく答えたつもりだったが、他の皆はそうではなかったらしい。一身に真剣な視線を向けられ、咲は食事をのどに詰まらせそうになった。

「……えっと」

 何かまずいことを言ったのだろうか、と思って咲は言葉を詰まらせる。口を開いたのはアーキーだった。

「君は、元の世界で何を生業としていたんだ?」

「あ、料理人です」

 そう答えて咲はハッとする。そういえばこの人たちレストランで働いている……いうなれば同業者である。こちらの世界では同業者同士、仲が悪いのだろうか。いや、元の世界でも、自分ではないが、同業者同士、火花を散らせることはあったわけで……と、咲の頭は混乱する。

「そうか、料理人か……」

 アーキーのつぶやきで、咲は我に返る。

(悪くは思われていない……のか?)

 それ以上何も言われなかったのをいいことに、咲は黙々と食事を進めた。食事が終わる頃には、すっかり元の空気に戻っていた。

「そろそろ行こうか」

 ソアは時計塔を見上げながら言った。

 街のどこからでも見えるその時計塔は、トゥルプのシンボルなのだという。中に入ることもできて、最上階は展望室になっているらしい。

 片付けを終え、さっそく役場へと向かう。広場を抜けた先の道に出ると、視界に飛び込んできたのは広大な海原だった。

 右手には跳ね橋、その奥に小型や中型の船が係留されている港が見える。咲たちが渡る橋は、端そのものを動かさなくても下を船が通れるような造りになっている。遠くには、船が海面を悠々と行く様子が見えた。

「うわ、海だ」

「向こうは港町になっているんだ」

 アーキーが、潮風の吹いてくる方を指さして言った。

「港町を抜けた先が、王族の住まいになっている。まあ、なかなか行くことはないがな」

「へえ……」

 何もかもが自分の知らないことばかりで、咲はそう相槌を打つほかなかった。

 役場があるのは落ち着いた雰囲気の通りで、他にも郵便局や派出所のようなものもあった。どうやらここは、オフィス街に当たる場所らしい。喧騒と音楽は遠く、馬車が行きかう、咲には聞きなれない音と足音が響く。

「ぞろぞろ着いて行くのもなんだし、俺たちは外で待ってるよ」

 役場の中を覗き込んだソアが言った。人は多くないが、確かに、大所帯で行く場所ではないだろう。

「その辺適当にぶらぶらしてるからさ」

「分かりました」

 とは言ったものの、見知らぬ世界の勝手の知らない役場に一人で入ることに咲は戸惑った。と、それを察したアーキーが言った。

「じゃあ、俺が同伴しようか。知り合いもいることだし」

「おー、それがいい。行ってこい」

「それじゃあ行こうか」

 咲は頷くと、少し安心した心持で役場の扉をくぐった。

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