第10話 格安!空の旅!(片道)
side:アリア・ローズル
背が少し伸びただろうか。ログハウスに刻まれた一年前の自分の身長でつけた線を見てふとそう思う。
修行は今も続いている。波動も体術も少しは身につけられたと実感がある。が、相変わらず神力を扱うことはできていない。
強くはなっている、はずだ。その事に喜びはあれど、やはり私にとって特別な力がないというのは大きなコンプレックスになっていた。特に今は届きようもない化け物が2人...いや一神と一龍がいるのだから。
「自覚があることを成長だと捉えるしかないよね。」
ため息をつきながら意識を切り替える。生半可な心持ちでは修行について行くことすらできない、自分の心の浮き沈みにはもう慣れたものだ。
以前とは比べ物にならないほど開けてしまった森の跡地に私は向かう。修行のたびに何かと壊したり倒したりする二人がいるせいで森と言える部分は既に家の近くにはない。最も環境破壊を嘆く者はこのニセモノの”世界“にはいやしないけれど。
「遅かったなアリア!待ちくたびれたぞ。昨日の白人形100人抜きの疲れで動けなかったか?」
「しんどかったけどそんなの今更でしょ。ここにきて一番の伸び代は体力回復の速さだと思うわ。今日もいつも通りの朝寝坊よ。」
昨日の修行はいつもの森を駆ける基礎訓練、波動の型練習の後に白人形100体との組み手。白人形はヨルが創り出す人の形をした分体で文字通り何の装飾もないただの白い人形。アベル相手だと強すぎて対人戦闘の訓練にならないので無理矢理ヨルにつくらせたのだ。
あの子は無限龍というだけあって様々な能力があるようで、その一つにヨル自身が知っているものを創り出すという魔法もびっくりな能力を持っていた。今生活に必要な物の大概はヨル産である。
まぁそのインチキ臭い能力もあのクソガk...おっと、子供っぽい性格のせいで素直に褒める気には全くなれないのだけれど。
「全く。アベル様を待たせるとは相変わらず朝に弱いですなアリア様?」
「悪かったわね...でもあんたたち朝に強すぎるでしょ?何で毎日毎日朝日が登ると同時に起きられるのよ。」
「だとしてもいい加減慣れても良さそうなものですぞ!我はもーにんぐるーてぃーんのススメという本を最近読みましてな、毎朝起きて飲む一杯のコーヒーがうまいのなんの。」
巨大な体で小言を言うガルド。確かに朝起きられないのは私が悪いので強くは反論できないが、それよりもあの巨体で飲めるコーヒーカップがどこにあるのかが物凄く気になる、というか本もページ捲れないんじゃないの?たぶん。
「そこまでにしておけガルド俺もいい加減アリアの朝寝坊には慣れたものよ。本題は今日の修行のことだ。神力の覚醒についてひとつ案が浮かんでな。」
「アベル様...我は反対です。それは余りにも危険というか、賭けというか、無謀過ぎるのではないかと...。」
背中に何か嫌なものが走る。汗だろうか、いいやもっとマズいものに違いない。これまでの経験から言ってアベルが何か思い付いた時は大抵ろくでもない目に遭わされるからだ。結果としていつも何らかの成果を得られてはいるけれど、毎度毎度死を覚悟するようなものばかりだった。
まして今回はガルドが止めるくらいだ、いつもは黙って聞いているというのに。なおヨルの時はひたすら煽ってくるだけなので何の手助けにもならない。
「嫌な予感しかしないんだけど、神力のことは正直手詰まりよ。何かアイディアがあるんだったら試したいわ。」
「ほーう?珍しく乗り気だな、まだ内容も聞いていないというのに。」
「この一年の修行で多少強くなれたとは思ってる。でも何度アベルに挑んでも拳が届く気がしないの、どうしても壁がある。この壁を越えるには私自身がもう一歩先へ行かないといけない。そのためだったらなんだってするわ...知っているでしょ?寿命のこと、時間は1秒だって無駄にできない。」
母が消えたあの光に、私もいずれ消えていく。
あの時の母の歳まであとたった14年、16歳になった今、折り返し地点はとうに過ぎている。
「いい覚悟だ。よし、では早速行こうじゃないか。アリア、ガルドの背に乗れ!今回の修行は空だ!」
アベルはガルドの背に飛び乗り私を呼ぶ。乗られたガルドは何かを言いたげだが心配そうにこちらをみるばかりだった。
「心配しないでガルド、私はアベルを信じる。脳筋バカ師匠だけど、なんだかんだ間違ったことはしてないと思う。今回もきっと大丈夫よ。」
面倒見の良い心配性な白い龍は答えなかった。言葉の代わりに翼を下ろし、背に私を受け入れる。
「では行こう!話は雲の上でする。...上まで行けば逃げようがないからな。」
「え?」
私達を連れ、ガルドは空へ羽ばたいた。逃げ場のない、空の監獄へ。
---
「すっっっっっごーーーーい!!!」
これからみるであろう地獄の修行がすっぽ抜けてしまうほど、絶景だった。
晴れ渡る空の上、嘘のような青色が眼前に広がっている。雲を突き抜け、先ほどまでいたログハウスが豆粒になるまで空を駆ける。
「ガルドに感謝することだな。お前に合わせて背に体温調節と風除けをしているのだから。でなければ寒さで風景を楽しむ余裕なんてないぞ。」
「やっぱり?速さの割に風を感じないと思ったわ。ありがとうガルド!」
「う、うむ。アリア様が楽しんでおられるなら何よりである...。」
悪事の片棒を担いだ罪悪感に打ちのめされている。なんとなくそんな風に見えるガルドの浮かない顔を見てこれから行う“修行”という現実に引き戻される。
「よし、ここらでいいだろう。」
アベルの声に呼応して、ガルドは天を突く勢いを緩ませ空に浮かぶ。
「すごいけど、こんな所で一体何をするの?」
もうとっくに雲の上、豆粒になったログハウスも白い絨毯によって何も見えはしない。
「色々考えたんだが、やはりキッカケが必要だと思ってな。」
ローブを風にたなびかせ、満面の笑みで彼は言う。
「死にたくなければ、生き残れ!」
ぽんっ
「えっ?」
え、つきおとされ
「いやああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」
先程までの美しい雲の海は、一瞬で私の処刑台へと様変わりした。
この世界に神様がいないワケ レイトン @master-k
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