第9話 これはもう間違いなく詐欺である
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「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
私は森の中を全力で駆け回っていた。いや、逃げ回っていた。
「ほらほらほらァ!もっと走って避けなければ怪我ではすまないぞォ!」
後方15m程走り、大量の切株に紐を結んで引き摺っているのは脳筋アベルだ。あのバカはもう1時間に渡り私を追いかけ回し、休む事なく切株を物凄い勢いで投げてくる。
なぜこんなことになっているか、話は少し前に戻る。
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「これだけ神力や神器について話したがな、どうやって神力を手に入れるか。それは知らん!」
「は!?」
何故か自信満々なドヤ顔でアベルは言いのける。
「え、いや、ほら。儀式とかそういうのがあるんじゃない...の?」
「そんなものはない!俺が知っているのは人でも神力は扱えるという事実だけだ。だから最初に言っただろう?自分の力で手に入れろと。」
詐欺だ。これはもう間違いなく詐欺である。
「なに、心配する事はない。『存在する力』は既にお前の魂の器にあるんだ。あとはそれを自覚するだけでいい、簡単だ!」
「簡単なわけないでしょ!?今までそんな事知らずに生きてきたのに!」
私が弱いのは私のせいだとわかってはいる、それ故にアベルに当たるのも間違っている気がするが、とりあえずアベルの無鉄砲さが腹立たしくて仕方がない。
「大体アベルはどうやって神力を使える様になった訳!?」
「俺は神だからな。最初から使えるということを知っていた。」
神力という言葉に『神』がつくくらいだ、言われてみればそれはそうかもしれない。誰に教わる事なく赤子が立てる様に、きっと使えたに違いない。
「土壌は既にあるんだ、その身に宿した『存在する力』も魂の高潔さも、そして何より強さが欲しいと願う向上心。アリアなら出来る、この戦いの神が保障しよう!」
簡単に強さが手に入るなんて、そんなわけがなかった。今までだってそうだったじゃないか。森を走って体力をつけて、見様見真似の技を何度も何度も練習して、それでも届かなかった。それだけ。
でも今は違う。闇雲に強さを探していたあの時とは違うのだ。神と同等の力、明確な目標が今はある。何より戦いの神様にこう言われてしまったのだ。届かせなければ、報えない。
「ごめんアベル。私、勘違いしてた。やるよ、頑張る!」
「常に神力を使おうとすることを心掛けろ、それが一番の近道のはずだ。俺からお前に教えられるのは戦うための知識と技術、そして経験だけ。これをどう活かすかはアリア次第だということを忘れるな!」
あっはっはと高笑いしながら、アベルは積み上げた切株に手を置いた。
「よし、それではようやく最初の修行だ!やはり戦いにおいて、最後に物を言うのは己の肉体。つまり基礎体力だ!今から俺はお前を追い回し、この切株を投げつける。それを走りながら躱し続けろ、全部なくなるまで終わらないからな!」
「えっ...嘘でしょ?」
山の様に積み重なる切株に絶望する私とは対称的に、アベルはその笑顔を崩す事はなかった。
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地獄のレースは三時間にも及び、生傷だらけになった私は地面に倒れ微動だにすることが出来ずにいた。
「もう、一歩も、動けない...。」
二時間ほど経ち、アベルが引き摺っていた切株がようやく無くなったと思えば、一度投擲した切株を走りながら拾い出した時はもう私は死を覚悟した。
結局本当の本当に動けなくなり倒れた時にようやくアベルは投擲をやめ、私を担いでログハウスの前まで戻ってきたのだ。
「三時間か。もっと早く根を上げるかと思ったが、やはり根性があるな。」
「本当に、死ぬかと...思ったんだからね...?」
未だに息が切れ、思った様に話せない。恨みがましい目でアベルを見る。
「どれだけ体力があるかの限界を知っておいた方が今後の役に立つと思ってな。しかし随分と走り慣れていたものだ、驚いたぞ。」
当然。と言いたかったがもはや声を出すのも億劫だ。私一人が森の中で出来る事といえば走る事と体を鍛えること、後は精々吊るした丸太を蹴り上げるくらいの事だ。体力にはそこそこ自信があったが、攻撃込みとなれば話は別だ。
「少し休憩にしよう、俺は飯を獲ってくる。帰ってくるまでに動けるようになっておくことだ。」
そう言ってアベルは颯爽と森の中へ消えていく。あのスパルタ脳筋神はまだ何か私にさせる気らしい。
「軽々しく、言ってくれる、ものね。」
地面の冷たさを頬に感じながら、色々と観念し休むことにした。アベルの私を強くしようとする意思は本物だということがわかったことだし。
「ひょええっ!?」
そう思い目を瞑った矢先、ふくらはぎを何かが触れ痺れが走り、変な声が出てしまった。視線をやるとそこに憎たらしい小さな白い龍がいた。
「情けないのう!情けないのう!こんな事で倒れ込むとは!」
「ちょっ!やめなさい!まだ走りすぎで痛いんだから!」
丸っこい爪の先で私のふくらはぎにツンツンとちょっかいを出してくる。
「ふぁーっふぁっふぁ!もう修行など辞めてしまう事を我はおすすめするぞ?ほれほれ。」
「ぎにゃーーー!」
動けない事をいいことに、無茶苦茶やってくれる!もう許さない。上半身だけを捻り、ヨルを両腕で捉えた。
「よくもやってくれたね?ヨルっ!」
思い切りその小さな体をくすぐる。
「あひゃひゃひゃっひゃ!?や、やめるのだこむすめっひゃっひゃひゃ!?」
思いの外いい反応が返ってきた事で勢いに乗り更なる攻勢に出ようと思ったが、スルリと抜けられログハウスの中に走って戻って行ってしまった。結局ヨルはなにがしたかったのだろう。
「...特に何も考えてなさそう。アベルが来るまで寝てよ。」
「誰が何も考えてないって?」
突然声をかけられ、驚きと共に振り返る。そこには猪を背負ったアベルがいた。
「いくらなんでも早すぎない!?」
まだ森に向かってから10分そこらのはずなのに。というかこの早さで帰ってくるつもりで私に動けるようになっておけと言ったのならば鬼畜以外の何者でもない。
「ちょうどいいのが近くにいたからな。手伝え、と言いたいところだが今日は勘弁してやろう。」
手慣れた手付きで猪を解体し出すアベル。...素手でバラバラにしているという点に目を瞑れば、熟練のハンターのそれだ。
手刀で乱雑に切り分けた猪肉を鍋に入れていく。鍋を持ってくるためにヨルは来ていたのかと納得し、アベルの言葉に甘えて休むことにする。
「飯を食ったら再開するぞ。今はしっかり休んでおくといい。」
「再開って...いくら根性があっても全く走れる気がしないんですけど...?」
「そんなことはわかっている。午後は別の修行だ、楽しみにしているといい。」
グツグツと煮込む鍋の音とアベルのその言葉に未来の自分の疲労を考え、そこで私の意識は落ちた。
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日が真上から少し西に傾いた頃、ヨルに叩き起こされた私は寝ぼけ眼で鍋を食べ、まだ痛む体に無理を聞かせて立ち上がる。
「よし、それでは修行を再開する。」
少々震えが...いや武者震いだと信じてアベルの言葉を待つ。
「そんなに身構えなくていい。午後は技の型を覚えるだけだ。」
そういってアベルは何もない場所に向かい腕を突き出す。次いで上段蹴り、体を反転させ裏拳...流れるように繰り出されるその動きは舞のようであり、それでいて力強さを感じさせる。
「俺の動きを真似て同じように動く修行だ。速さも必要ない、ついてくるのが難しければそれに合わせよう。まずは覚えることだ。」
見惚れてた、なんて間違っても口にはしない。ただ少しボーッと見つめていただけなのだ。
「...これってどういう修行なの?神力は使っていないように見えるけど。」
「そうだ、神力は使ってはいない。これは戦うための技術、“技”を覚えるための修行になる。何も力とは魔力神力に限った話ではないということだ。」
話しながら日傘をしてくれている巨木に手の平を当て、腰を落とし構える。
「見ていろ。これが今から行う修行の最初のゴールだ。...撃鉄!」
ドォォォォォォォン!!!
「!!!なに!?何が起きたの!?」
微動だにしないアベルとは裏腹に、巨木は当てられた手のひらから弾け飛び、失敗しただるま落としのように地面に倒れ込む。
「己が筋肉、関節、血液の一滴に至るまで、流れの全てを理解し支配する。これが“波動”だ。今のは全身に流れる波動を一点に溜め、放出する“撃鉄”という技だ。」
数瞬前にはあった木々はなくなり、燦々と太陽が私を照らす。瞼にかかる汗も、驚きで拭う暇もない。
「さっきの舞...戦舞はこの波動を身につけるための最初の一歩だ。身体の動かし方、技を放ち相手に当てるための知識、そして波動。全てが戦舞にある。」
「これが、私に出来るようになるの?」
「知らん、答えを簡単に聞こうとするな。出来る出来ないなんぞ全てお前の努力次第だ。だが3000年寝ていたこの寝惚け眼でも、この俺の眼は節穴ではない!...そう信じている。」
ニッと笑うアベル。私は一瞬だけ俯いた。
魔力がないと嘆いていた自分が恥ずかしい。アベルはそんなものを使わずともあの巨木を倒してみせた。自身と彼の差というのもおこがましい高い壁を感じ、私は。
「当然でしょ!」
顔あげて、笑った。
逡巡することなく、少し広くなった森に響く声で。
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