第8話 チェンジ!インフィニティ!
一晩経ち、木漏れ日が気持ちよく降り注ぐ朝が来た。いつ間にか寝てしまっていたらしい。せっかく集めた落ち葉ベッドもどうやら使わなかったみたいだ。
「いったたたたたたたた!」
上体を起こしストレッチをするものの、雷でも走ったかのような痛みを感じる。よく見れば打身や打撲で出来た青白い染みが私の体を蝕んでいた。寝起きの悪い私も、痛みには逆らえず意図せず目が覚める。
「ようやく起きたか!飯は作っておいた、といっても魚を焼いただけだがな。食ったらお前も手伝え!」
私を呼ぶ声に振り向くと、アベルが包丁らしき物をもって手を振っている。だが問題はそこではない。在るべきものが、昨日確かにそこにあったものがそこにはなかった。
「は!?あんたなにしてんの!?」
「何って、ずっと地面に寝ているわけにもいかんからな。家を作ろうと思って。」
そこには森がなかった。辺りの木は全て切り株に変わり、枝が綺麗に切られ横たわるもはや木材と言えるそれが転がっているだけだった。
「いやだからってやりすぎでしょ!?」
「そうか?修行するにしても広い場所がいるからな。これくらいは必要だ!」
掘り起こした切り株に足を掛け、自慢気な顔をしているアベル。多少あった眠けも驚きと共に吹き飛び、諦めと共に今の状況を受け入れる。
「大体いつの間にこんな切り倒したの、ハンパな広さじゃ無いでしょこれ!」
遠目に一応木が見えるが、それにしたってとても一人で、それも数時間でやれる広さじゃ無い。
「普通に朝方から始めたぞ。一応アリアもヨルも起こしたんだが、起きる気配がなかったからな。」
言われて、ヨルを探すと落ち葉ベッドに埋まる様にぐっすりと寝ていた。
「とにかく!午前中に家を作って午後から修行だ。衣食住が欠けては修行どころでは無いからな。アリアにはこれで切り株を掘り出してもらう、平地にした方がやりやすいからな。」
置いてあったスコップを地面に突き刺し、自分の作業へと戻るアベル。どう考えても午前中に終わるはずのない作業にげんなりしながら魚を貪る。
「むむ、いい匂いがするの〜?あっ!小娘!我より先に食べるとは何事か!」
「ヨルが起きなかったんでしょ!というかあんたもあれ気づかなかったの?」
起き抜けにもう戦闘モードに入るヨル。低血圧なので朝からは勘弁してほしい。話の矛先を変えるべく、ものすごいスピードで木材加工に勤しむアベルに指を向ける。
「なんだ、あれとは...あぁアベル様は家を作っておられるのか。昨日寝る前に仰っていたからの。」
ベッドから這い出し、朝食を手をつけながらヨルは答える。
「いやそこじゃないでしょ、どう考えてもおかしいのはこの広さを一人で更地にしちゃったことでしょ!」
「それくらいアベル様には簡単じゃろうな。もちろん我にも出来るが。」
ヨルも何やら自慢気だが、口の端に食べカスをつけていては格好もつかない。
「...まるで私の方が変みたい。神も龍も規格外ばっかりね。」
「その規格外の強さを持つアベル様に鍛えてもらえるのじゃから感謝するがいいのじゃ!」
「それはありがたいけど、修行の前に修行場作るみたいだから。ヨルも手伝ってね。」
お互い同時に食べ終え、ヨルを拾って刺さったスコップへと向かう。
「何故我も。と言いたいところじゃが、アベル様が何やら楽しげなご様子じゃからの。我も手伝うのはやぶさかではないぞ!」
腕の中からピョンと飛び降りて、小さい腕で決めポーズを取るヨル。
「チェンジ!インフィニティ!!」
何事かを唱えたヨルはその全身から発光し、その光源はみるみるうちに大きくなっていく。それはあの神殿で見たあの龍よりも一回り大きい。
グォォ!とつんざく様な鳴き声を上げ、発光が収まる。目を開けると。
「小娘ぇぇ!!よくも我の眼を!!!」
と、いきなり大声で昨日の戦いのことを責められる。ドスドスとこちらへ向かってくる。
「なに!?急にどうしたの!?」
いや、流石に突然で怖い。確かに謝らないとまずいかと思ってはいたが、こんなに急に怒り出すことないだろうに!とりあえずヨルと反対方向に駆け出すが、その巨体で私を追ってくる。
しかし追いつかれることはなかった。
「落ち着けガルド。まずは久々の再会を喜ぼうじゃないか!」
龍の鼻先を片手で抑えるアベル。その衝撃で転んでしまうが、今重要なのはアベルが呼んだ名前の方。
「その龍って、ヨルじゃないの?」
「ん?あぁまだ話していなかったな。こいつはガルド、ヨルに眠るもう一つの人格だ。」
口をポカーンと開けて呆然自失。小さくなったり大きくなったり、多重人格...でいいのだろうか、龍だし。ともかくこの龍は何でもありすぎる。あの巨体を片手で止めたアベルもアベルだが。
「アベル様!そこをお退きください!我は、我はそこの小娘に敗北したままではいられないのです!!」
「敗北は敗北だ、受け入れるしかない。今お前が全力を出してアリアに勝ったところでお前の溜飲は下がるのか?」
そう言われたガルドは私に向かうのをやめ、その巨体でシュンとしてしまっている。大きいだけで中身は意外と可愛いのかもしれない。大きすぎてちょっと怖いが。ともかくガルドともこれから暮らすことになるかもしれないのだ、昨日のことを謝っておこう。張本人なこともあり、ヨルより謝りやすい。
「あの...ガルド、昨日はごめんね。眼、大丈夫?」
「ふん、あの程度。我にとっては傷にすら...なら...」
突如、ガルドの持つ雰囲気が変わる。それは激昂、目の色を変え、文字通り腕がその体躯を超えて伸びてくる。
「貴様ァ!そのロザリオを、どこで手に入れたッ!!」
昨日の戦いなど児戯だったとでも言うかの様な本当の怒り。私は返答することもその場から動くこともできなかった。
しかし、やはりその腕は私には届かなかった。
「だから落ち着けと言っているだろう!」
ガルドの腕を地面に叩きつけ、再び森が揺れた。
「ガルド、昨日あのロザリオを見ていなかったのか?アリアはあいつの子だ。」
「なっ!?そ、そうなのですか?昨日はローブを着ており見ることは叶わず...。」
「そう言えばそうだったな。脱いだ時は煙玉で見えなかっただろうし、その後は眼刺されてたし。」
「うっ、そのことはもう言わないでくださいアベル様。しかし、なぜこの娘がイ...むぐっ!?」
抑えた腕から飛び降りて、目では追えぬ速さでガルドの口を封じる。
「その名を口にするな。というか何故事情を知らん?ヨルから聞いていないのか?」
「...ぶはっ。い、言いづらいのですが、少々負けたショックから立ち直れず...ヨルの呼び掛けに答えず引きこもっておりまして...」
大きな龍の心は豆腐の様に崩れやすいガラスのハートだったらしい。少し笑えてしまう。
「全く、お前は強いのに何故そんなに気弱なんだ。もう一度説明するのも面倒だ、後でヨルに聞いておけ。まずは家づくりが先だ、お前も手伝え。ロザリオの事はその後で話そう。...間違ってもアリアを襲うなよ?」
「...承知しました。」
アベルはガルドに切株を掘り起こす様に伝えて自分の作業に戻っていく。ガルドは不承不承というようにこちらを見たが、何をするでもなく切株を掘り起こしにいった。
まったくもって朝から騒々しい事この上ない。
「何で私は朝から殺されかけないといけないの...。」
その文句は誰に届くこともなく、森の中へ消えていった。
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「まさか本当に午前中で終わるとは思わなかったわ。」
ものの数時間で辺りは綺麗な地平と化し、ログハウスもアベルがすぐに組み上げてしまった。
あれだけあった切株も、ガルドが何やら体から人形のような物を取り出し人海戦術であっという間に終わらせてしまった。私は結局一個も掘り起こすことなく、人形たちが掘り起こした切株の穴を埋めて回るだけだった。
「うむうむ、やはり何かを生み出すというのは楽しいものだな。今後テーブルやキッチンなども増やしていこう。」
満足気にうんうんと頷くアベル。ガルドといえばさっきから気難しい顔をして何か考え事をしていたが...その眼はカッと見開き、私へ向かってくる。
一瞬身構えてしまったが、何やらそういう雰囲気でもない。どうしたのだろうか。
「アリア様。先程の非礼、そして昨日の試練での仕打ち、お詫び申し上げます。ヨルから事情を聞きました。あなた様がアベル様の封印を解いてくださった事、そして間違いなくあの方の子だと。」
先程とは打って変わって、粛々と頭を下げる。突然の出来事にまたしても慌てて言葉が出ない。
それにしてもこの龍、本当にヨルの別人格なんだろうか。あまりにも口調とか態度とかが違いすぎて不気味だ。
「我はあの方に仕える身。あの方の子であれば本来我が守るのが道理でありましょう。それなのに守るどころか手をあげてしまいました、誠に申し訳ありません。...負けた事そのものは悔しくはありますが。」
「い、いいよ。気にしないでガルド。私も眼のこと、ごめんね。大丈夫?」
「我は無限龍、元来決まった形を持たぬもの。傷など有りは致しません。」
「ならよかった。にしてもヨルとのギャップが凄すぎて違和感しかないね。」
「アレにはもう少し主人格たる自覚を持っていただきたいものです。」
試練の場で聞いていた言葉遣いと違うことにどこか気恥ずかしさを覚えながら話しているとアベルが出来立てのログハウスの階段を降りてくる。
「お、どうやら仲直りが出来たようだな。重畳重畳。」
掘り起こした大量の切株の一つに腰を据え、話を始めた。
「ロザリオの事だったな。出来れば神力を扱えるようになってからしたかったが、まぁこれも修行には必要なものだ。ガルドも気になっている事だし。」
「そうですアベル様。ヨルからもこのロザリオを何故アリア様がお持ちなのかまでは聞いておりません。」
グイッと身を乗り出しアベルに詰め寄るガルド。というか大きすぎて喋りづらいから小さくなってほしいところだ。
あの封印を解いた時から、ロザリオに巻かれた鎖は一本減っている。母も神につながる大事なものだと言っていた、きっと何かがあるのだろう。
「待て待て、アリアは神器が何かすら分かっていないんだ。それを教えてやらねばならん。」
「それは、そうですが...。」
アベルは私に向き直り、首にかけたロザリオを指差し話を続ける。
「そのロザリオは神器と呼ばれる道具だ。神々がその力を奮う時の武具、あるいはその神としての特性が反映したものをそう呼ぶ。この指輪も神器の一つ。最も、例にあげるには少々俺のは特殊だがな。」
私は黙って耳を傾ける。ずっとわからなかったこのロザリオの謎が聞けるのだ、一言一句漏らすわけにはいかない。
「そしてそのロザリオの本来の持ち主、もう何となくわかっているんじゃないか?」
試す様な問い掛け。アベルは度々こうして私に質問を投げかける。今回の問い掛けは、とても簡単なものだった。
「私の神だよね。たぶん。」
掌にロザリオを拾い、鎖一本分軽くなったそれをまじまじと眺める。
「その通りだ。あいつがいつも首から下げていたものと同じ...鎖はついていなかったけどな。一応聞いておくがアリアは何故ローズル家にロザリオが継承されているかは知らない、という認識で合っているか?」
「うん、神に繋がる手掛かりだから無くしてはいけないってお母さんと約束しただけ。それ以外は...。」
残念ながらという風に首を横に振る。自分で調べたことはもちろんある、けれど何もわからなかったのだ。
「だ、そうだぞガルド。今聞いた通りロザリオは継承され受け継がれた神器、盗んだり奪ったりしたものじゃない。俺もそれ以上はわからん。」
「我はアリア様がそのロザリオを使い、アベル様の封印を解いたと聞いた時点でもう納得をしています。むしろ神の子たるアリア様までロザリオが無事継承されていることを喜ぶべきでしょうね。」
怒鳴り散らかして熱くなっていた割に、意外と冷静な判断をするものだ。それだけ私の神への敬意が深いということか。
「お前が納得できたならそれでいいさ。」
ガルドはアベルに一礼し、再び静かに目を閉じた。あれはヨルと話しているのだろうか、傍目にはわからない。
「さて肝心の神器の使い方だが、簡単だぞ。神力を流して設定されたキーワードを言うだけだ。...そうだな、見た方が早いだろう。」
立ち上がり、開拓した修行場の中央まで歩いていくアベル。距離をとった彼はその手に光を宿し、そのキーワードを唱えた。
「勝利を我が手に。『起動』《アウェイクン》!」
そう言った瞬間、“世界”が軋む。アベルを中心に風が吹き荒れ、力の波動広がっていく。その手に宿っていた金色の光は全身へ広がっていた。これだけ離れていても感じる圧倒的な力。
「すごい...!」
口から出た感想はたったそれだけ。それ以上の言葉は私には見つからなかった。
「大体の神器には神力を貯蓄する能力があってな、普段垂れ流している神力を集め、増幅する。そして神器を使用することでその神力を所有者に還元し、様々な特異な能力が使えるというわけだ。」
光を収め、話しながら戻ってくる。私は返事をすることもできず立ち尽くしていた。
「ま、今の俺はそのほとんどが使えない。“世界”も本来は神器を介した術なんだが...。」
顎に手を当て考え事をするようにまた切株へ座る。呆然としている場合じゃない、聞く事を聞かなければ。
「ねぇ!私もコレ使えるようにな、いたっ!?」
同じ神器というのであれば、私もあんな風になれるのだろうか、そんな期待に心が踊った。しかし返された答えは脳天へのチョップだった。
「だから本当はまだ言いたくなかったんだ。まずは神力を扱える様になるのが先だからな、でなければ使えるものも使えはしない。焦るなよアリア。」
「痛い...。でも...。」
あんなものを見せられたら、当然気になるというものだ。頬を膨らまし、視線でアベルに訴える。
「きっと使えるさ。努力さえ怠らなければな!」
あーっはっはっはと笑うアベルに釣られ、私も笑ってしまう。どちらにせよ修行は必至、よりやる気が出るというものだ。
「よし、いい面構えだ。では早速修行と行こうじゃないか!」
「うん!よろしくお願いしますっ!」
初めて、人から戦い方を教わる。私は楽しみで仕方がなかった。修行場へ移動し、その日の訓練が始まった。
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