九月の燃ゆる校舎!!!

立花 優

第1話 九月の燃ゆる校舎

「だったら、立花さん、女の子の秘密なとこ、見て見たくない?」と、彼女は、衝撃の言葉を、この私に放ったのだ。



◆  ◆  ◆



 さて、この話は、私の愚作の『八月の光る砂』の続編に当たる。この『八月の光る砂』は、文章の上手い下手は別として、ほぼ完全な実話だった。




 では、これから述べる話も、完全な実話なのかどうか?




 それは、ここでは明記しない。ただただ、読まれた読者の方々の想像に任せる事にしよう。



◆  ◆  ◆



 時は、高校三年生の時、九月中旬の事。夕方の六時過ぎ頃、イヤ、六時半だったかもしれないが……。つい先ほどまで、校舎は、真っ赤な夕日で燃えているように見えていたのだ。



 何しろ、冒頭の衝撃の言葉を吐かれた、この私は完全に脳天に一撃を食らっていたのだ。バットで後頭部を殴られたような感じだった。自分を一瞬、失った。



 その頃、私は、運動会用の大きなマスコットを作成する係を、自ら買って出ていた。そうでないと、まだ晩夏の暑い中、



 グランドに出て行って、太陽の直射日光を浴びて、



 学ランを着て、



「フレー、フレー」の掛け声をかけて、太鼓を打ち鳴らす練習に参加させられるからだ。



 自称、青白き文学青年を吹聴しているこの私には、とてもとても、バカバカしくてできない。 



 しかし、我が高校上げての大運動会用のマスコットの大きさも、半端無かったのだ。



 ベニヤ板で畳十畳はあるほどの大きさであった。




 勿論、そのマスコットは、紅組、白組用のものであって、高校を二分しての、全員参加の大会だから、ちゃちな物では、決して無かったのだ。




 逆に、他の男子学生は、この役を、皆、嫌がった。




 まず、ある程度以上漫画が描けなければ、この大役は、誰でもできるものでも無いのだ。




 幸い、この私は美大進学も考えていた程で、この高校入学後、直ぐにやめたとは言え、元美術クラブ員でもあった。




 私が、この大マスコットの制作係に手を上げると、皆、全員賛成である。




 ここで、両者の利害が一致。




 私は、意気揚々と、この制作に取りかかった。ベニヤ板にペンキで、漫画の主人公を描けば、後の設営等は、フレーフレーの応援団員がしてくれる事になっていた。




 何、細工は流々。


 要は、描くべきマスコットを決めて、主人公の漫画の絵を、まずはがき大程度の大きさの紙に描き、それを九等分して、個々の部分を、一枚づつのベニヤ板に描いていけば、それで完成の筈だった。九月から、即、取りかかった。



 の筈だったが、ここで、私は、重大な点を見落としていた。



 マスコットの輪郭は直ぐに描けた。



 しかし、そのママでは大マスコットに為らないのだ。主人公の顔の部分は、人肌に塗らねばならないし、主人公は、学生漫画からの転用だったので、学ラン部分は黒ペンキ、ワイシャツ部分は白ペンキを、ベタ塗りしなければならなかったからだ。



 これが、予想外に時間が取られたのである。




 運動会の日は、九月下旬と決まっており、大雨でも無い限り、順延はあり得無い。




 さすがに、九月の中旬、遂に私は、仲の良かったと言うか、頼んで返事を貰えそうな同級生の女子三人に声をかけて、ベタ塗りの応援を頼んだ。




 私を、含めれば、計四人だから、それからは、急激に、ペンキ塗りは進んだ。わずか三日程で、ほぼ、完成までに辿り着いた。




 で、三人の内、二人は、来年の大学入試の受験勉強のため、先に帰って行った。




 残されたのは、私と、冒頭の発言をした彼女の二人だけであった。




 私の愚作の『八月の光る砂』にも出て来る、美人の奥井さんであった。




 ところで、この奥井さんについては、若干の補足説明が必要だろう。



 全く、何の関係も何も無い筈の同級生の女の子が、いきなり、かような過激な発言を急に発する訳は、絶対、無いからだ。




 この奥井さんとは、同じ中学の三年生の時に、同級生になったのだが、この時も、彼女は突然の宣言をして周囲を驚かせたのだった。




 彼女は、中学二年生の時に、生徒会長に立候補して、見事、当選。それだけ、口も達者で度胸もあったのだ。




 その彼女が、中学三年生の時の、クラス替え発表の時、各クラス事の、男子生徒・女子生徒の名前が書かれた黒板の前で、




「ワー、嬉しい。立花さんと同じクラスになれて良かったわ。やはり、校長先生には言ってみるもんね!」




 こういう大胆な発言をして、クラスの全員を驚かせた。つまり、クラス替えの時に、この私に向かって、皆の前で、告白したに等しいのだ。




 何故、この私に目を向けたのか?は、私の勝手な想像だが、中学一年生から二年生にかけて、常に学年上位(良くて学年トップ、悪くても学年三位)で、他の学生からも、一目も二目も置かれていた事が、大きな理由だったのだろう。




 自分で言うのも何なのだが、それ程、イケメンだとも思っていないし、身長も165センチ程度しかない。外見上からは、持てる要素はほとんど無い。スポーツよりも読書好き。

 ただ、勉強だけはできたので、これが彼女が私を好きになった最大の理由だったのだろう、と、その時は思ったものだ。




 彼女は、もう、ともかく大胆であった。




 私の通っていた中学は、商店街の奥のほうにあり、そこから約100メートル程の坂道を上って行かなければならない。



 すると、



「立花さーん」と言う大きな声で彼女が走って駆け寄って来る。




「今日の、数学の宿題解いてくるの忘れたから、ノート見せてくれる?」




「ああ、問題と解答は、頭に入っているから、教室へ行ったら、貸してあげるよ」



 こういうたわいの無い話をしながら、校舎まで、並んで通った。




 何を、子供じみた事をと言われるかもしれないが、今から50数年以上も前の、しかも、北陸の超ド田舎の中学校である。




 せいぜい、仲の良いカップルがいたとしても、手紙か交換日記のやり取りが関の山であったのだ。




 現代のように、中学生で、平気で、Hやパパ活をしている子はいなかった。




 イヤ、不思議な噂話を聞いた事が一度だけあった。



 私が、中学一年生の時、違うクラスの女の子が、親戚のオジサンに変な事をされたと友人に相談したらしい。



 どうも、それが原因なのか、妊娠したと言う噂になって、結局、転校して行ったのは覚えている。




 こう言う時代背景であったが、彼女は、堂々と休み時間でも話しかけてくる。



 こうなると、クラス公認で、もう誰にも、止められ無い。



 私はと言うと、美人だし、ともかく明るくて可愛い感じの彼女に、そこまでされて断る理由は微塵も無い。



 例え、高校の進学先は違って来るにしても、電話もあれば、文通も出来るのだ。



 まして、彼女の家まで既に案内されており、中には入らなかったものの住所も、電話番号も、調べれば、皆、分かるのである。



◆  ◆  ◆



 しかし、好事魔多し、とは正にこの事だと、後に、思った。



 四月下旬だったか、五月初旬だったかは、ハッキリ覚えていないが、中学三年生全員の修学旅行が行われた。



 私は、団体行動や、宿泊は、した事が無かった。



 確か、二泊三日で、奈良、京都、そこから新幹線で東京までの旅行であった。




 この時、興奮して良く眠れ無かった。睡眠時間は、多分、一日、三時間程か?




 これがやがて、ひ弱な私の体に響いた。修学旅行後の五月中旬に中間試験がある。



 この時、試験前に、少し熱が出た。



 いつもなら、超慎重派の私は、即、病院へ駆け込み注射を打って寝ていただろう。



 しかし、中間試験が迫っていたので、市販の風邪薬を飲んで対処した。



 これが、裏目に出た。



 中間試験後、血尿が出たのである。付いた病名は、急性腎炎であった。



 その後、国立病院に入院となる。



 さすがに来年は、高校受験なのに、国立病院に入院とは、何と、運の無い人生だろう。



 私は、ガックリきて、大学ノートに、コマ割りでの漫画を書き始めた。ラフ画が主であったが……。



 題名は、『来るべき世界への反逆』である。



 コンピュータが、恋愛も進学も就職も結婚も、全て取り仕切るディストピア世界。で、この世界に疑問を持つ、主人公と恋人、二組が、手製の爆弾を携帯して、中央コンピュータセンターの破壊に行くと言う粗筋であった。



 しかし、そこで見た物は、巨大なフラスコに入った直径一メートルはあろうかと言う巨大な人間の脳と、無数に接続されたリード線、人工心肺装置……。



 かっての総理大臣の巨大な脳による独裁政治だったのである。



 まあそれはそれとして、だが、何よりガックリ来たのは、肝心要かなめの、あの奥井さんが、待てども待てども、お見舞いに来てくれない事だったである。



「何だ、あれほど、クラスの皆に宣言しておいて、この私の見舞いにも来ないとは!!!」



 逆恨みも良い所だが、私は、彼女の心を信用出来なくなって行った。



 やがて、彼女がクラスメート数名と、お見舞いに来てくれたのは、入院後、一月半後であった。



 私の、心は、もはや完全に覚めていたのである。



 私は、別に、果物とか何かを持って来て欲しかったのでは無い。



 ただ、彼女の顔が見たかっただけなのだ。



 国立病院に入院後、七月頃になって、私の受け持ちの看護婦さんが、ともかく、入院後から七月末までの勉強を、私に強く勧めた。



 どうせ、今から勉強してもどうにもならないであろうが、国算社理英のテキストと参考書を、病院のベッドで寝っ転がって本を読んだ。勉強期間、約1ヶ月。



 しかし、不思議な事に、ほとんど一発で頭に入った。瞬間記憶に近かった。




 中学三年生の二学期の最初の校内模試で、学年二位であった。



◆  ◆  ◆



 この経験から、別に、進学校へ進学しなくても、自分さえシッカリ勉強すれば、楽に医学部にでも行けると、思い込んだのだ。



 これが、実は全く、違った。



 各高校には、校風と言うものがある。私の高校では、普通科と商業科があったが、共に、勉強しようとする雰囲気は、全く無かったのである。



 これが、後に、私の愚作『八月の光る砂』に書かれたような、凄惨な、校内暴力へと繋がって行ったのだ。



◆  ◆  ◆



 さて、ここで、冒頭の彼女の言葉に戻る。



 何故、彼女が、急にあのような過激な(現代の中高生なら、極、普通の事だろうが……)言葉を、話したのであろう。



 それは、この三日間のマスコットのインク塗りの最中に、私が、ポロリと、



「奥井さん、僕が中学三年生の時に入院したね。その時、直ぐにお見舞いに来てくれなかったろう。それでね、頭に来て、二学期から、貴方と急激に距離を置くようになったんだよ。



 大人げなかったね、ゴメンよ」と、謝った事が、その第一の原因かもしれない。



 これで、彼女は、急に私が冷たくなった理由を理解したみたいなのだ。



「じゃ、まだ、私の事、好き?」



「あの中学生時代ほどでは無いけど、気持ちは今でも全く変わっていないよ」



「そ、そう、それなら良かった」高校入学後、ずっと暗い顔をしていた彼女の頬が赤みを帯びた。



 そして、ペンキ塗りの最後の日。



「あっと、何でも聞いてみるけど、この前、男子学生だけで、視聴覚室に行った事があったでしょう?私達の間では、性教育の一つだと、もっぱらの評判だったわよ」



「ケっ、あれは、酷い授業だった。性教育も何でも無いよ。



 梅毒や性病で、グチャグチャになった、女性のアソコを見せられてもねえ、気分が悪いだけだったよ」



 正に、この直後の事である。冒頭の彼女が、飛び出して来たのだった。



◆  ◆  ◆



「だったら、立花さん、女の子の秘密なとこ、見て見たくない?」と、彼女は、衝撃の言葉を、この私に放ったのだ。



「な、何を、急に言いだすんだ」



「私の事、まだ、好きなら、見せてあげてもいいわよ」



「貴方が、度胸のある事は、中学校以来、良く知っている。



 でも、そう言う事を言って、僕の理性のヒューズが切れて、突然、襲いかかったらどうするんだ?」



「だから、これも準備済み。このチャンスを待っていたの」



 彼女が持っていたのは、今では、どこにも売っていない避妊具の箱。



 当時、市販の薬局の横には、数百円も出せば、誰でも買える、避妊具の自販機が置いてあったように記憶しているが……。それとも、薬局か何処かでか?



 彼女は、何はともあれ、何処かでソレを買ってきたのには違い無いのだ。



 彼女の瞳は、熱を帯びて燃えているように見えた。



 こちらは、多分、人生最大のチャンスと決断を迫られていたのだ。同じ年の、同じクラスの女の子にだ。




「もう、ホント意気地無しね。だったら、少しだけサービスするわよね」



 彼女は、何と、そこら辺に転がっていた椅子に腰掛けて、スカートをたくし上げ、真っ白い下着の左側部分を、自らの右手の人差し指で、少しづつ、一番大事な所へとずらしていく。このままほっておけば、下手をすれば丸見えになってしまうのだ。



 おお、神よ。見るべきか、目を瞑るべきか?



 おお、神よ。入れるべきか、逃げるべきか?



 先ほどの、夕焼けに燃える校舎が、頭に、激しく浮かんだ。



 心と下半身が異常に熱い!!!



 さて、結局、私の取った行動とは……?



◆  ◆  ◆



 時は流れて、私が50歳の時、中学校の同窓会が市内の某宴会場であった。



 私は、高校の同窓会へは生涯一度も出た事が無かったが、中学の同窓会は、5年に一度開催され、地元の有志が役員となり、私は役員だったが故に、どうしても出席をしない訳には行かなかったのだ。



 宴会場で、同窓会が、始まったら、直ぐに、彼女が私の元にやってきた。



 名札の名字が変わっている。関西地方にお嫁に行ったと、風の便りで聞いていた。



 彼女は、次のように聞いた。



「何故、高校三年生のあの時、私から急に逃げ出したの?」



 続けて、



「私は、させて上げる気、満満だったのよ」



「ああ、その気持ちは、僕にも良く十分に分かっていた。



 でも、若くて、Hに自信も無く、万一、ゴムでも破れて妊娠でもしたら、責任も取れそうにも無かったからなあ……」



「じゃあ、万一やけど、あの時、あのまま最後まで行っていたとしたら?」



「うん、100%、夫婦になって、ここにいただろね……」



「そうだよね、夫婦になっていたのよね……残念ね。青春は、遠く、なりにけり、か」



 私は、中学三年生の時にクラス全員の前で告白し、高校三年生の時には避妊具まで用意してくれた、彼女に、一杯の日本酒を注いだ。



 それは、神式の結婚式で行われる、三三九度の形で、だった。



 彼女がそこでニヤリと笑った。



「今からでも遅く無いわよ。私と今晩する?」



「イヤ、妻も子供も自宅に待っている。僕は、今でも、弱気な男だよ」



「だよね。あれだけ誘惑していても、急に逃げ出すような人だもんね……でも、その気になったら、ここに連絡していいよ」と、彼女は、当時から急激に流行し始めた、携帯電話(現在で言うガラケー)番号を、私に、教えてくれたのだった。




 私の青春の第一幕の高校生時代は、こうして、幕を下ろしたのだった。








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