白線上の地縛霊子ちゃん
月音うみ
白線上の地縛霊子ちゃん
「おーい、早くこっちこいよ」
「ぐずぐず、すんな!」
「暑い。重い、、なんでいつも僕なんだ。。。」
蝉の声が聞こえる。もう、また夏がやってきたみたいだ。
君たちは白線ゲームといったものを知っているだろうか。
これは僕が幼い時に出会ったとある少女との物語。
「「「「じゃんけんぽん!!」」」
「へへっ俺1抜けー!!」
「「「じゃんけんぽん」」」
「よっしゃ!!」
「決まった!おい!こうた、これ持てよ!」
「給食着引きずるなよ!」
どうやらまた僕が荷物持ちらしい、しかも白線ゲームの仲間はずれだ。
小3のときからいつもそうだ、帰り道が同じ同級生の3人からよく絡まれる。
田舎だからか集団下校なのだが、きまってこの3人が始める白線ゲームを後ろから眺める毎日だ。僕はあいつらが嫌いだ。転校生の僕は最初話しかけてきたあいつらとは友達になれると思ったのだが、どうやらあいつらはただの荷物持ちが欲しかったらしい。
白線ゲームとは白線から落ちた者は奈落に落ちて死ぬと言うものである。僕が前居た町では、マグマに落ちるだのサメに喰われるなど多種多様だ。この町では奈落行きらしい。
僕だって最初はゲームに参加したさ、でも僕にはどうやら運がないらしい。じゃんけんの才能がないと言った方がいいのかことごとく負ける。
あいつらのルーティンにはじゃんけんをして負けた人に荷物を持たせた後、白線ゲームをしながら帰るというものがある。自動的に僕はゲームに荷物を運びながら参加することになる。
だから僕はルールは守りつつ後ろから自分の分と3人分のランドセルを持って白線を歩く。
誰も本当の僕を見てくれないのか。
夏休みになり僕は夏休みの課題を進めるために図書館に行った。課題は僕が苦手な数学だ、小学4年にもなると少し難しくなってくる。
よく本を借りに行くせいかカウンターの人とは顔見知りになっていて、少し気恥ずかしい。
課題を終わらせた後、おばあちゃんが営んでいる駄菓子屋の店の前を通り、十字路の交差点の横断歩道を渡ろうとしたその時だった。
「危ない!!!!」と後ろから呼び止める声がして僕が振り返ると、そこには白いワンピースに身を包み、長く黒い髪の少女が立っていた。
「どうしたの?」僕が聞くと、「ちゃんと信号見ないとダメだよ、赤じゃん」と少女は言う。
「本当だね、気が付いてなかったよ。ありがとう。」と話した事が全ての始まりだった。
次の日、僕はまた図書館に行くために十字路で信号を待っていると、昨日助けてくれた少女が向かい側に立っていた。
信号が変わり近くまで来ると目が合った。
「昨日はありがとう、ここで何してるの?ここら辺じゃ見かけた事ないけどどこからきたの?」と僕は言った。
「ううん、またちゃんと信号見て渡るかなって思って心配してきたの。」と言う。少し変わった子だなと僕は思った。
「君こそどこに行くの?」
「僕は図書館に借りた本を返しに行くんだよ。」というと、「ふ〜ん、そうなんだ、本好きなんだね。そうだ!そこの駄菓子屋で何か買ってくれない??昨日の礼も込めてさ!」と言ってくる。
僕は急に馴れ馴れしい態度に少し驚いたが、確かに命の恩人だしなと思い、2人で駄菓子屋に行く事にした。
駄菓子屋で彼女が選んだのは10円のパッキンアイスだった。僕は風船ガムを選んだ。
会計を済ませた後、おばあちゃんから渡されたパッキンアイスを渡そうとすると、少女は「ううん、さっきのは冗談だよ。君が暑そうだったから冷たいもの食べないと熱中症になると思って。」と言い受け取ってくれなかった。
僕は仕方がないから何なんだと思いつつアイスを割り食べる。
「どう?美味しい??」と少し自慢げに彼女が言ってくる。
「うん、美味しいよ。僕だけ食べて本当に良かったの?」と聞くと、「いいんだよ、私何もしてないし、食べてるの見てるだけで涼しくなるから。」と笑う。
僕がアイスを食べ終わると「じゃあまたね」と彼女は元来た道を帰って行った。
また次の日、図書館に行くために僕が十字路の前を通った時はいなかったのだが、帰り道駄菓子屋の前に彼女はいた。
「何してるの?」僕が聞くと、「おばあちゃん、毎日同じ時間にラジオを聞くんだよ、その時凄く優しそうな表情をするんだ。」
そうなんだ、、と思いつつ僕はその時何も返す事ができなかった。あまりにもそのおばあちゃんを見つめる彼女の目が優しかったからだ。
「そうだ!今日はどんな本を読んだの?」と彼女が聞いてくる。
「最近は推理ものに興味があって、この前テレビでアニメ化された本を読んだんだ」。
「登場人物の親友が雪山のコテージで殺害されて、密室殺人の謎を解くんだけどその犯人がまさかの人物で…」と話すうちにいつもの交差点に着いた。
横断歩道を渡る前にじゃあと言って別れた。
僕の話をここまで真剣に聞いてくれる人は初めてかもしれないなと思いながら横断歩道を渡り後ろを振り返ると、そこには彼女はもういなかった。
交差点で会うのがいつもの日課になり図書館へ行く道、僕は彼女に沢山好きな本の話をした。
彼女は僕の話が終わった後、よく歩きながら楽しそうに歌を歌ってくれた。
僕は聞いた事がない歌だったから一緒に歌うことはできなかったが、聞いているだけで楽しかった。
そんな日々が続いて夏休みが終わる5日前にいつもは図書館から帰る時にはいないが、その日はなぜか図書館の前に少女は待っていた。あの日以来だ。
5時のチャイムがとっくの前になり終わり、茜色の空がだんだんと紺色に変わる頃だった。
どうしたんだろうと思いながらも歩き出すと、彼女は「あのね、言わないといけない事があるの」と言った。
「どうしたの?」と僕が聞く。
「私、実は元人間なんだよね。いつかは話さないとって思ってたんだけど。びっくりした?」
と彼女は聞いてきた。
僕が「うん、知ってた。」と答えると彼女は「あははは、やっぱり気づくよね」と少し笑った。
「いつから気づいてたの?」と聞いてくるので、「出会った時からかな」と答えた。
そう彼女は真夏の陽炎が浮かぶようなコンクリートの道の上で熱がりもせず裸足だったのだ。気づかないわけがないだろうと思った。
「そっか、私ね多分地縛霊みたいなんだよね。しかも白線の上でしか立っていられないという縛り付きの。可笑しいでしょ」と言う。僕は何も答えず、確かに思い返すといつも道路側の白線の上を歩いていたなと思い出す。
話を聞くと、どうやら彼女が地縛霊になってしまった原因には彼女の心残りが関わっているらしい。
彼女は死ぬ直前、ピアノが上手だったお姉さんから教えてもらった曲を学校で弾き友達に聴いてもらうことが出来ず、あの交差点で事故に巻き込まれて死んでしまったという。
1人で以前通っていた小学校に行こうとしたが、学校の前で工事が行われていてその工事現場には何やら「看板おじさん」という怪物がいて近づけなかったと話した。
看板おじさんとは工事現場にある案内掲示板から出てきて、彷徨う魂を捕まえそのまま引き摺り込んでしまう怪物で、その捕まった魂はその後どうなるかは彼女もわからないと言った。
少女の心残りを晴らすために僕は彼女に協力することにした。
彼女が通っていた小学校は幸い自分の通う学校ということもあり、校舎の下調べは必要なかったため次の日の夜に忍び込むことにした。
彼女の話通り、校門前で工事がされている。
人は居ないのだが看板が設置されているのが見える。
あの看板から「看板おじさん」が出てくるようには思えないが、彼女がいうので何が起きても可笑しくないのだろうと思い音を立てないように移動する。
その時だった、後ろから自転車が走ってきていたのである思わず「あっ!」と僕が叫んでしまい、それに驚いた彼女も声を出してしまった。
するとさっきまでは普通に点滅していた看板から誘導棒を持ち、反射板をつけ黄色いヘルメットを被った、いかにも工事の人のような何かがメキメキと音を立てながらでてきた。
その表情はまるで人間がする表情とは似ても似つかない、感情のないプラスチックな表情だった。
瞼がない見開きっきりの目がギョロリとこちらを凝視する。
次の瞬間「看板おじさん」は誘導棒を看板の方に回しながら関節を曲げずに物凄いスピードで煤渡りのように這い走ってきた。
プラスチックが衝突するような音をガタガタと立て、近づいてくる様子からやはり生き物ではない何かであることがわかる。
僕は全速力で校門の方向から踵を返し走る、彼女も走ろうとするも恐怖で足が絡れ転んでしまう。
「こうた!!嫌だ!嫌だ!助けて!!」と彼女は言う。僕が彼女が転んだ事に気づき振り返ったときには、看板おじさんが彼女の右足を掴んでいた。
僕は彼女のもとに駆け寄り必死に引っ張った。
しかし僕が近づいた途端物凄い力で引っ張られ看板おじさんの顔が近づく、恐怖で息が止まりそうになった瞬間、誘導棒で殴られてしまい僕は気絶する。
朦朧とする意識の中彼女が看板の中へと引き摺り込まれるのがわかった。
目が覚めると僕は校舎の植木の中に放り込まれていた。膝を擦りむき、体が軋む。
周りを見渡すともう朝のようだった。
通勤中のサラリーマンが心配し帰る途中声をかけてきたが僕には何も聞こえなかった。
彼女を失った僕は自分の非力さと彼女を守れなかった事への後悔で今にも心が崩れてしまいそうだった。
気がつくと僕は彼女と出会った交差点にまた立っていた。
信号は赤だ、彼女があの時この場所で僕に声をかけてくれなかったら死んでいただろうと思うとぞっとする。
おもむろに彼女とよく歩いた道を歩き出す、駄菓子屋の前まで来ると、彼女がいたずらげに笑い、なんだこいつと僕は思いながらも楽しかった思い出が蘇る。涙が溢れてくる。
僕は俯いた、そして彼女が歌っていた歌を思い出す。
所々うすら覚えではあるが歌ってみる。
音楽の授業で歌はあまり得意ではないが、そんな恥ずかしさなんて無かった。
「歩き出した日々、君と笑った時間、それがかけがえのない宝物、わたしを繋ぐものは…」
歌いながら白線を記憶の中の彼女を真似て手を広げ歩く、すると白線のみが浮き上がり他の地面は宇宙のように美しくも飲み込まれそうな暗闇の世界が足元に広がっていた。僕は思わずその場にしゃがみ込んだ。
彼女が見ていた世界はこんなにも美しくも恐ろしい世界だったのかと僕は気づいた。
そう、彼女は僕と出会った時からずっと終わりのない白線ゲームをやっていたのである。
歌を歌い終えるといつもの見慣れた風景が戻ってきた。
僕は安堵から地面に寝転んでしまった。
目が覚めると駄菓子屋のおばあちゃんの家にいた、どうやらもう夕方みたいだった。
「こうちゃん、目が覚めたかい?驚いたよ、お店の少し離れたところで寝てたんだから。何かあったのかもしれないけど、ゆっくりしておいで」と言ってくれた。
そしておばあちゃんは僕におにぎりを作ってくれた、シャケと昆布に海苔を巻いたシンプルなものだ。
僕は涙でしょっぱいのか味付けがしょっぱいのかわからないまま、頬張って食べた。
おばあちゃんはそれを何も言わずに見ていた。
「おばあちゃん、この少し前の交差点で交通事故があったのは知ってる?」と僕は聞いた。
「ああ、知ってるよ。凄く覚えているさ。
トラックと信号無視した自動車が衝突した酷い事故でねよく来てくれていた女の子がたまたま巻き込まれたんだよ。」
「その子の名前わかる??僕その子の事もっと知りたいんだ。」
「みきちゃんのことかい??わたしゃ良くは知らないよ。みきちゃんはよくパッキンアイスを買って友達と半分こしてたのは覚えているんじゃが。あぁ、一回だけこんな風に来てラジオを一緒に聴いたのは覚えているよ音楽が好きなんだって話してくれたさ、お姉さんがピアノ上手なんだって私の自慢だって嬉しそうに話すもんだから可愛い子じゃったよ。事故について調べるんじゃったら、図書館で調べたら何か見つかるかもしれんな。」
「おばあちゃん、ありがとう!行ってみるよ!おにぎり美味しかった!ご馳走様!」
「こうちゃん、あんまり無茶しちゃいかんよ〜!!」
僕は駄菓子屋のおばあちゃんにお礼を言い図書館へ向かった。
カウンターの人に古い新聞を見せてもらった。
「あった。2002年7月24日16時43分〇〇県〇〇市須恵町トラック追突事故。須恵町15番線付近に股がる十字路の交差点で信号無視の57歳会社員の男性が運転する軽量自動車がトラックに衝突。トラックの運転手は軽症で済むものの、横断歩道を横断中の須恵小学校に通う白崎みきを巻き込み、児童重症。」
僕は急いで地図を取り出し、交差点周辺の学校の校区を割り出した。
同じ交差点を利用するとある程度まで絞り込む事ができた。
推理物を読んでいたおかげかすらすらと探し物が見つかった。
もしかしたら彼女のお姉さんに話が聞けるかもしれないと思いつつ一度家に帰った。
次の日少し早起きをして、僕は昨日絞り込んだ校区の家々の改札を見て回った。
なんとか1日で見つかったがいきなり白崎さんのお宅ですかと伺うのに勇気が必要だった。
どうしようかと迷っていると玄関が開きジョウロを持った女性が花に水やりをしている。
おそらく彼女の母親かお姉さんだと僕は思った。
「すみません、白崎さんのお宅で間違いないでしょうか?。白崎みきちゃんと友達で、お姉さんに用事があって伺いました。」と言うと。
一瞬驚いたような顔をして、そうなのね、ちょっと待ってねと家の中に招いてくれた。
「オレンジジュースがいい?お茶がいい?」と聞かれる、ジョウロを持った女性は母親だったらしい。
「オレンジでお願いします。」僕は答える。
「かなはもうすぐ帰ってくるから」と母親は言う。
「ただいま!」かなさんが帰ってきたようだった。
最初は小学生が家に訪ねてきてみきの友達だというものだから驚いた様子をみせたが、懐かしそうにと心穏やかに話してくれた。
かなさんは県内にある私立の音楽大学に通う大学生で1年生らしい。
かなさんとみきちゃんとは4歳の差があるらしく今生きていたら14歳だと話してくれた。
みきちゃんが事故に遭ったのは小学生の4年頃で僕と同じ10歳だったようだった。
その日はかなさんが学校にいた時に警察から電話があり、飛んで病院に駆けつけるも息を引き取った後だったと話してくれた。
僕はみきちゃんが大好きだったかなさんのピアノと歌の話を聞いた。
どうやらかなさんが中学生の時初めて作った曲がみきちゃんが好きだった曲で、歌の続きを教えてもらった。
そっかそんなに好きだったんだとかなさんは嬉しそうに懐かしむようにその歌を口づさんだ。
そして最後にみきの事覚えていてくれてありがとう。また遊びにおいでと言ってくれた。
深々とお礼を言い、帰り道交差点の横を横切った、あんなに悲惨な事故がここであったのが信じられないと思いつつ赤い点灯を見つめる。
とても長い時間がたったように思えた。
信号が変わり歩き出す。
そして彼女が以前立っていた所から歌を歌いながら白線の上を歩き出した。
すると白線だけが浮き上がりあの宇宙のような美しくも恐ろしい世界に変わった。
また僕は立っていられず思わずしゃがんでしまう。
以前の僕はここで尻込み全く動けなかったが、僕は歌を歌い続けた。
目を凝らし星の様に見える光の一つ一つを見てみると、そこに映るのは彼女から見た僕の姿であった。
星の様に見えたのは彼女の記憶だったのである。
歌を全て歌ってしまうといつもの風景が戻ってきた。
僕は白線ゲームのルールを思い出す。
<<奈落に落ちると死>>という言葉が頭をよぎったが、僕は再び歌を歌い始め光目掛けて飛び込んでいた。
光の中は何も見えずわけもわからず彼女の姿だけ追いかけてもがいた。
目を開けるとご機嫌そうに手を広げ歌い歩く彼女がいた。タイムリープしたのだ。
今までのことを僕は彼女に話すと、「そんな事があったの!?」と身を震わせながら僕に「ありがとう、ありがとう」と言った。
二人は再び学校の音楽室を目指した。
幸運にも看板おじさんは校門前から場所が変わり、裏のうさぎ小屋に近い垣根の高い道路の場所に変わっていた。
音を大きく立てたら気づかれる危険があるため油断はできなかった。
道路から校庭に入るために僕は体育倉庫からライン引きを出してきた。
しかし、体育倉庫のドアのたてつきが悪かったのか、静かな校庭に金属音が鳴り響いた。
やばい!!!と思ったのも束の間、垣根から看板おじさんがひょこっと顔を出し、僕を取り越して彼女を見る。
僕は出せる限りのスピードで彼女の元に走った。
怖がる彼女の手を引こうとした時、以前は触れられなかったのにその時は手を引けたのである。
僕はライン引きで白線を引きながら走った。
ガタガタと音がなる。後ろなど振り返る余裕すらない。
うしろから看板おじさんの不気味なプラスチック音が少しずつ近づいてくるのがわかる。もうダメかと思った瞬間、なんとか校舎に入りドアに鍵をかける事ができた。
看板おじさんは警備範囲ギリギリまで追いかけてきた。
ガラス張りのドアから瞼がない目でしっかりこちらを凝視する看板おじさんと目が合う。
僕は目を逸らさずに睨み返した。
すると看板おじさんは手に持つ誘導棒の光を消し背を向け帰っていく。
僕はその姿が見えなくなるまで睨みつづけた。
2人は顔を見合わせる。
緊張がほどけたせいか二人はケラケラと笑って、手をつなげていることに気づく。
誤魔化すように手をはなし、「行こうか」と言いラインを引き始める。
彼女は静かに頷く。
階段のところまで来ると、ここからはどうしようかと不安気に彼女は見つめてくる。
僕は何も言わず、ライン引きの粉を自分のポケットの中一杯に突っ込み彼女をおぶって階段を上がった。
音楽室に行くまでの道には少年のクラスである4年1組の前を通る。
僕は彼女に自分の過去を話した。
白線ゲームのこと、ランドセルのこと、人を信用出来なかったこと、それが変わった事。
彼女は何も言わず、僕の話を静かに聞いていた。
音楽室の前に来ると胸の鼓動が速くなるのが自分でもわかった。それは彼女も同じようであった。
音楽室に着き少年はポケットに詰め込んでいた粉を思いっきりピアノにふりかけた。
黒いピアノが真っ白になった。
彼女は嬉しそうにピアノに座り鍵盤に手をかけた。
彼女が初めの音を奏でた瞬間、辺りの音がスッと消えていくのがわかった。
ピアノの音色が夜の学校に響く。
「歩き出した日々、君と笑った時間、それがかけがえのない宝物、わたしを繋ぐものはこの歌と記憶の夜空、白い道の先で君を待つ」
歌が終わり彼女が鍵盤から手を離す。
僕は目から熱いものが溢れそうになったが、それをぐっと堪え「とても素敵な歌だね。」と言うと。
「この曲を最後に聴かせられたのが君でよかった。」と彼女は笑った。
少しずつ光になって消えていく彼女を僕は強く抱きしめた。
暖かな光が空に解けていくのがわかった。
気がつくと学校のチャイムが鳴り、真っ白になったピアノと仁王立ちした担任の先生と同じクラスの人たちの不安気な顔が見えた。
きっとそんな事を思い出すのはこの夏の暑さのせいだと思いながら、僕は今日も工事現場で白線を引く。
僕は彼女との道を作り続けているのだ。
(彼女との出会いが少年を心の白線から自由にし、その思い出を忘れないために)
白線上の地縛霊子ちゃん 月音うみ @tukineumi
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