冗談の通じる絡繰

 てなわけで、修平は早速お栗ちゃんを連れて帰って、しばらく姿を見せなくなった。心配して何人かが彼の家の前まで様子を伺いに行ったが、中からは昼も夜も修平がブツブツと何やら一心不乱に呟いている声が聞こえるばかり。悪霊に取り憑かれたとか、怪しい葉っぱでも吸ったんちゃうかとか、人々は周平のことをたいそう気味悪がった。挙句、近所の子供たちは「修平さんのおうちには近づいたらあかんよ」と教え込まれる有様。おかげで一ヶ月も経った頃には、修平の家は子供達が夜中にこっそり訪れる、人気心霊スポットになっていた。


 そんなある日のこと、修平がひょっこり創助の家に顔を出した。


「創助、久しぶり」


「うわあ、誰かと思えば幽霊屋敷の主人やないかい」


「おう。そうや。最近は夜な夜な、幽霊目当ての不埒者どもが提灯持って家まで押しかけてくるようになってしもてな、入場料でも取れば儲かるんちゃうかと思ってたところなんや。どう思う?」


「どう思うも何も、そりゃめちゃくちゃ儲かるやろうけど。そんなことよりお前、いつ行っても何かブツブツ唱えとったけど、今まで一体何しとったんや? それから、お栗はどないなってん」


「今日はそのことで、見せたいもんがあんねん」


 修平はそういうが早いか、創助を連れて町中へ。やってきたのは寄せ場。落語家が腕によりをかけた冗談を皆様にお披露目する場所です。戸惑う創助を掴んで、彼はずんずんと寄せ場の最前席まで進んで、シュッと座った。最前列まで連れてこられてしまったからには、もう創助も腰を落ち着けるしかない。


 二人が座ったところで、舞台に一人の女性が現れた。彼女は美しい所作で正座した。


「女性の落語家さんとは珍しいな・・・・・・あぁ!?」

 創助は思わず大きな声を上げた。

「おい修平。なんでお栗が舞台におるんや!」


 修平はイタズラっぽく笑って、静かにせいと言う。

「まあ、見ててみい」


 さて、舞台に上がった絡繰女中。ついこの間まで、創助のしょうもない冗談を真に受けるほどの堅物だったとは思えないほど、見事な落語を披露した。彼女は瞬く間に客席の心を掴んみ、最初から最後までドッカンドッカンと笑いを掻っ攫った。


 創助も涙を流して笑いながら、修平に問いかけた。


「一体、どんな手を使って、あの絡繰女中をこんな冗談のプロに育てたんや?」


「この一ヶ月、俺はお栗ちゃんに、ありとあらゆる冗談、落語、漫才を読み聞かせとったんや。人間と違って、絡繰は一度覚えたことは本体が壊れん限り忘れんやろ。だから、この世のあらゆる冗談を教えて覚えさせてしまえば、どんな冗談でも分かるようになるんちゃうかと思ったんや。いわゆる、ブルートフォースというやつやな」


「なるほどな。じゃあ、お前が昼も夜も家の中で何かつぶやいとったんは、悪霊でも怪しい葉っぱの幻覚でもなくて、この世のあらゆる冗談やったというわけやな」


「そういうこっちゃ。ま、これでお栗ちゃんも、お前がなんかしょうもないこと言うても、いちいち真に受けんと朝飯作ってくれるようになったやろ」


「ほんまやな。恩に着るわ」




 無事に舞台を終えたお栗を、創助と修平はいそいそとお迎えに行った。


「いやあ、さっきは笑わしてもろたわ。笑いすぎて腹痛いで」

 修平の言葉に、創助もうんうんと頷いた。

「人間の落語家、顔負けやったな。さすが、俺が作った絡繰やで」


 それを聞いたお栗は、まるで人間の少女のようににっこり笑う。

「ありがとう、二人とも」


 創助は意気揚々と、お栗に手を差し出した。

「さあ、帰ろうか。それから家の掃除と、今日の夕飯の支度、お願いするわ」


「え、嫌です」


「え?!」


 創助は思いがけないお栗の反応に、のけぞらんばかりに衝撃を受けた。


「なんでや、お栗。それ冗談やとしたらスベってんで」


 お栗はツンとして答えた。


「今の私は修平さんのおかげで、立派な冗談の専門家です。口が滑ってもスベるような冗談言いませんよ。真面目な話、私は創助さんの家には帰りません」


「じゃあ、俺ん家来るか?」


 すかさず己を指差す修平も、お栗は一蹴した。


「そういう問題ではありません。私、あなた方の家に帰ったら、絡繰女中として家事をこなさないとあきませんのでしょう。そんな生活、全然おもろないですわ。せっかくこんなに、立派な落語ができるようになったんです。私、これからは独り立ちして、落語家として生計立てていきます。では、そういうことで」


「え、ええええええ?! そんなん、ありかいな」


 まるで嫁さんに逃げられたかのように崩れ落ちる二人に、お栗はごきげんようと挨拶して、スタスタと去っていたそうな。


 このあとお栗は、世にも珍しい絡繰落語家として大活躍し、国中をあちこち飛び回って、みんなに笑いを届けたそうです。




 さて一方、せっかく作った絡繰女中に逃げられた創助はどうしているかと、修平が再び彼の家を訪ねると、お栗ちゃんに似た風貌の女性がスンと廊下に座っていたそうです。


「あれ、お栗ちゃん、帰ってきたんか?」

という修平の問いかけに、創助は首を振った。


「いいや。仕方ないから、この子は第2号として新しく作ったんや」


「おお、じゃあお栗ちゃんの妹やな。名前は甘口醤油でどうや」


「お前のその醤油に対する執着心はどこから湧いてくるんや。そんな名前つけたら、醤油の話してんのか絡繰の話してんのか、すぐごっちゃになって紛らわしいがな」


「そんで、妹ちゃんの方は上手く動くんかいな?」


「いや。こっちも頭が硬くてな、昨日なんかの拍子に『廊下にすわろうか』って駄洒落のつもりでいうてしまって、それきり廊下から動かんのや」


「ほう。そんなら、また俺が一ヶ月みっちり冗談を教え込んだるわ。どれ、妹ちゃん、俺に貸してみ」


「冗談じゃない」





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絡繰女中 world is snow@低浮上の極み @world_is_snow

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