第15話
「あ、何食べよう」
グラスを見つめていた優はグラスから目を外して、机の上に視線を滑らせる。メニューらしきものが見当たらないので、今度は店内を見渡す。
「あー、黒沼さん。この店、フードメニューないんだ」
湊が声をかける。
「え、そうなの?」
優は目を丸くする。
「そう。千賀さんに食べたいものを言って、あれば作ってくれるんだ。変わってるだろ? あ、千賀さん。俺ハンバーグ」
湊は千賀の方に振り返ってから、そう注文した。
千賀は首を振りながら「あー、ハンバーグは出張中」と答えた。
「出張中?」
優は何が何だか分からないと言うふうに湊と花の二人の顔を交互に見つめた。
「つまり、今日はハンバーグはやってないってこと」そう言って湊が笑う。
「えーっと、どうしようかなあ、ハンバーグがないとすると……オムライスは?」
「あるよ」と千賀は頷いた。
「じゃあ、それで」
「おっけー。花ちゃんは?」
千賀に問われた花は、小声で、私も同じものと答えた。
千賀は笑顔で頷いたのち、優の方に視線を向けた。
「あの、ナポリタン、ありますか?」
千賀は大きく胸をはると「ここはどこか知ってる? 山犬軒だよ」と言った。
意図を理解できていない様子の優に湊が助け舟を出す。
「つまり、あるってこと」
優は「ああ」と言って頷く。
「じゃあ、ナポリタンをお願いします」
「おっけー、二人がオムライス、お嬢さんはナポリタンね。飲み物は?」
「あー、俺いらないや。水で」
花も優も湊に続き、首を振った。
「了解。じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言って、千賀はカウンターの奥へと消えていった。
湊は水を一口飲んでから一息つくと「黒沼さん、大変じゃない?」と会話の口火を切る。
「えっと、何が?」
「いや、引っ越しとか。俺らしたことないし。新しいクラスに馴染むのとか大変なんじゃないかと思って」
「ああ、うん。でも、花ちゃんがお友達になってくれたから」
そう言って、優は花を見つめた。
花は居心地悪そうに身を捩って、水を一口飲み、曖昧な返事をする。
「そっか。いつから仲良くなったんだ?」
湊は花に問いかけた。
花は、仲良くなった覚えはない。優が花に執着するきっかけがなんだったのかすらわからない。
答えに窮していると、優が代わりに答えた。
「最初からだよね?」
優が花に同意を求めるように見つめてくる。
「最初から? じゃあ、転校してきたその日にってことか」
「ううん。そうじゃないの」
優は首を振る。
――最初っからなんだよ。
あの霧雨のような声が店内に響く。
店内の温度が数度下がったように感じる。
湊は、無意識に左腕をさすった。
「この町に引っ越してきた時、車の中で花ちゃんと目があったの」
花の全身に寒気が走る。
あの時なのか。あの時にはもう、目をつけられていたのか。
「私びっくりしちゃった。あのね、私、前の学校に親友がいたの」
優は嬉しそうに笑う。
――似てるんだよ。その子に。
花は、あの時の一瞬驚いたような彼女の顔を思い出す。
「それ、だけ……?」
湊は混乱しているようだった。
「どういうこと?」
さらに店内の温度が下がる。
優の笑顔は失われている。
あの、深い穴のような真っ暗な瞳。そして、人形のような無表情。
湊は明らかに動揺する。
「い、いや、ごめん。友達になるきっかけなんてそんなもんか」
違う。
花は心の中で湊に語りかける。
気がついて。この女はおかしいの。
「そうだよ。花ちゃんと私は友達なんだから。ね?」
花は、頷くしかできなかった。
そのタイミングでナポリタンを持った千賀がやってきた。
「お嬢さん、お待ちどうさま」
ナポリタンの皿を優の前に置く。
先ほどまで無表情だった優の顔に笑顔が戻る。
「わあ、美味しそう」
千賀は「美味しいよ。もちろん」とわらって、キッチンへと戻っていった。
優は、ナポリタンを嬉しそうに眺めながら、湊と花のオムライスがくるのを待っていた。
三人の間に気まずい沈黙が流れる。
この空気をなんとかしようと、湊が「ナポリタン、好きなの?」と聞いた。
優はゆっくり顔を上げると首を振った。
「ううん。大っ嫌い。でもね……」
――その子が好きだったんだ。
誰も手をつけていないグラスを見てから嗤った。
やさしい町 肉級 @nikukyunoaida
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