誤植を駆除(物理)する話
星見守灯也
誤植を駆除(物理)する話
「誤植だ! 誤植がでたぞ!」
「手持ちの原稿を避難させろ! 急げ!」
「なに、誤植だと!? 消誤植剤はあるか? 校正さんは?」
「それが大量発生していて……手に負えません!」
ということがあったのだそうだ。なるほど、いつもどおりの仕事だった。
「どうも、誤植駆除者のファーネです。こっちはリード」
「おまかせください」
我々は誤字脱字、いわゆる誤植を駆除する業者だ。
活版がほぼ消えた今でも五色と呼ばれている。
ん? ……やっぱり誤植が発生しているようだ。
誤植は文字から生まれる。
手で書いたり打ち込んでから印刷されるまで……その情報(データ)から生まれる。
人の目の届かない瞬間にそれらは生まれ、増えていく。
客にとっては頭の痛い話だろう。増えると校正でも手がつけられなくなる。
「では消誤植をしてから外に出てください。誤植を広げないように」
リードが消誤植剤をふりかけている間、ファーネは誤植の山と化した部屋を見回した。
「とりあえずパソコンのネット回線は切ってもらった」
「発生原因は……パソコンですか? 誤植のある書籍から移ったものですかね?」
ふむ、とファーネは置いてある本の束を見た。あれから原稿に飛んだか?
「さてな。とりあえず防誤植剤をまこう。これ以上、増えられると面倒だ」
部屋の隅から隅までに防誤植剤を噴射していく。
これは誤植を消すことは出来ないが、被害を抑えることができる。
残った原稿にもふきかけ、これ以上の誤植がでないようにする。
「『忠犬死ね』? ……ああ、『忠犬死ぬ』の誤植か」
原稿に防誤植剤を散布する間、どうしても誤植が目についてしまう。
「『イカに座って本を読んでいた』……イカ? ああ、イスか」
ファーネはパソコン上のデータにも防誤植ワクチンを入れていった。
「『もろちんだ』。……そんな堂々と言われても」
「リード、誤植を読むな」
「はい」
こっちは「いじめ推進条例」。推進するな。
「いじめ防止対策推進条例」の「防止対策」が落ちたらしい。
文字がある限り、絶対に誤植は生まれる。
けれど、増えすぎると何が本当かわからなくなる。
数字や固有名詞の誤植は致命的にもなるのだ。
「寄生虫の事故……帰省中だろうな、これ」
「わかりやすい誤植なら助かるさ」
パソコンの原稿を見ながらファーネが答えた。
「おそらく、このデータの誤植が増えたんだろう。印刷されて紙にも移った」
「紙からデジタルデータには移りにくいですものね」
「私はパソコン全てに消誤植ワクチンをいれる。おまえは吸って減らしておけ」
「はいはい」
ファーネが作業している間、リードはハンディ掃除機のようなものを誤植に向けた。
これで多くを吸い取る。ずぞぞぞぞぞ……。
原稿から黒いインク染みみたいなのが出てくる。これが誤植だ。
吸った後の原稿を見れば、あちこちに抜けができていた。
この空白、全部誤植だったのか。
「パソコンはおわり。消誤植剤をたいたら全部おしまい」
部屋を締め切ってもくもくと消誤植剤をたく。
「ああ、ありがとうございます。助かります」
部屋の外に出たファーネとリードに声をかけてきたのは依頼主だ。
「ニ階のこの部屋だけでいいですかね?」
「……失礼、誤植が」
「なにを……」
「それはカタカナの『ニ』だ!」
ファーネが叩くなり、セリフから『ニ』が飛び出してきた。
「逃げた!」
「リード走るな! 誤植が舞いあがる!」
「え!? どうすれば……」
リードが立ち止まると、誤植も止まった。そのまま床に張りついている。
「ああ……廊下には、ねばねばのシートが敷いてあったんですね」
「そう、誤植ホイホイだ。他の部屋に飛ばないうちに駆除するぞ!」
「はい、今日のお仕事終わりー」
ファーネが大きく伸びをした。
「結局、外部のライターさんがデータとして持ち込んだみたいですね」
「んーまあ、どこでも出るからね、あれ。仕事がなくならないようでなにより」
誤植を駆除(物理)する話 星見守灯也 @hoshimi_motoya
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