夢の中の魔法使い
RIKO
夢の中の魔法使い
大晦日の日、村の広場に旅の一座がやってきました。
「さあさあ、集まれ! 子どもたち。ここにあるのは魔法の木の実。3粒食べればあら不思議、歌も上手くなって、動物と心も通じ合う。今日は特別に安くしとくよ」
その男の声を聞いて、子どもたちが、わいわいと集まって来ました。
一座のメンバーは、若い女と男、そして少年と小犬です。その日、彼らは、山で採った木の実を、魔法の木の実だと嘘をついて、子どもたちに売りつける商売をしていました。
長い鳥の尾のついた帽子や、カラフルな民族衣装。見たこともない彼らの姿がとても珍しくて、子どもたちは目を輝かせました。
若い男の合図で、若い女がギターを弾きました。それは、心をわくわくさせるような美しい音色でした。
若い女の隣にいた少年は、ギターに合わせて歌いました。
ぼくは魔法使いの弟子だよ
魔法の呪文を唱えるよ
魔法の秘密を知っていて
魔法の仲間と一緒に旅をしてるんだよ
それは、とてもよく通る声で、子どもたちは、その歌にうっとりとしてしまいました。少年が膝に抱いた小犬までが、その歌に続いて元気に吠えました。
わんわんわんわん
(魔法使いの弟子だって?)
わんわんわんわん
(魔法の呪文を唱えるの?)
わんわんわんわん
(魔法の秘密を知っているの?)
わんわんわんわん わんわん わんわん
(魔法の仲間と一緒にいるの?)
小犬の声はまるでそんな風に少年の歌に応えているかのようでした。歌を聞いていた小さな女の子は、身を乗り出さずにはいられませんでした。
「その魔法の木の実を私にちょうだい!」
女の子と村の子どもたちは、魔法の木の実に興味を持ち、おこずかいをはたいて、それを買ってしまいました。
うふふと笑みを浮かべると、若い男は子どもたちにいいました。
「ただし、魔法の木の実は一度に食べてはいけないよ。新年の朝、昼、夜と一粒ずつ食べないと魔法の力が現れないから」
* *
年が明けて、日が昇り、それが西の山へ沈んだ夜のことです。
旅の一座の少年は、荷馬車の中でつまらなさそうに、ごろんと横になりました。
少年の名前はキャリコ。この名前は三毛猫という意味ですが、キャリコは横で寝そべっている小犬とは大の仲良しでした。キャリコは小犬の頭を撫でると、ふぅとため息をつきました。
「あーあ、ぼくが、ちゃんと魔法が使えたら、子どもたちをだまさなくても済むのになぁ」
じつは、キャリコは魔法使いの弟子をしていたことが、本当にあったのです。けれども、全く魔法が使えずに、師匠から破門されてしまったのです。
行くあてのないキャリコを拾って助けてくれたのが、旅の一座の若い男と女でした。
「お前さん、俺たちの仲間にならないか。俺たちは、荷馬車に乗って街から街を渡り続ける旅人さ。言いたいことを言って、やりたいことをやって、行きたいところに行く。俺たちは自由なんだ」
歌を歌ったり、楽器を弾いたり、寸劇を見せたり、手作りのお菓子を売ったり、仲間になった彼らは優しくて愉快で、自由きままな旅は素敵でした。
けれども、やっぱり、魔法の木の実だと嘘をついて、子どもたちをだますのは嫌でした。それでも、キャリコは仲間が好きでしたので、それを言い出すことができなかったのです。
うとうとと眠くなってしまったキャリコは、やがて、本当に眠ってしまいました。そして、昔、散々、失敗を繰り返した魔法の呪文をぶつぶつと寝言でつぶやきました。
* *
大晦日に広場に来ていた女の子は、魔法の木の実を買ったことを両親に内緒にしていました。ところが、新年の夜にこっそり最後の一粒を食べているところをお母さんに見つかってしまったのです。そして、お父さんにおこずかいの無駄使いだと叱られてしまいました。
「無駄使いじゃないもん! 今、最後の一粒を食べたから、これから私は、歌も上手くなって、動物とお話だってできるようになるんだからっ」
けれども、女の子に何の変化もありませんでした。魔法の木の実はただの木の実だったのです。
「うそつき、魔法使いの弟子だって、あの子はいってたのに」
女の子は、泣きながら眠ってしまいました。
* *
その夜、女の子は夢を見ました。小犬を連れた魔法使いの弟子の夢です。夢の中で女の子と出会った少年は、女の子を見て歓声をあげました。
「ありがとう。僕の夢を見てくれて! 僕の魔法は、誰かに僕の夢を見てもらわないと、力を出すことができないんだ」
その発動条件が難しすぎて、少年は今まで、上手く魔法を使うことができなかったのです。それが魔法使いの師匠に破門されてしまった理由でした。
少年は、女の子に向かって魔法の呪文を唱えました。
ぼくは魔法使いの弟子だよ
魔法の呪文を唱えるよ
魔法の秘密を知っているんだよ
すると、女の子の体がふわりと宙に浮きました。夢の中の少年は、女の子の手を取って空に連れて行ってくれました。
「あれぇ、うそみたい……私、空を飛んでる!」
「うそじゃないよ。僕の名前はキャリコ。魔法使いの弟子なんだ。でも、ぼくの魔法は夢の中でしかかけることができないんだよ」
空は青く晴れ渡っていて、女の子は雲の上で少年と歌を歌って、そこで待っていた小犬とお話しました。女の子は夢の中でにこにこと笑いました。
「ごめんよ。魔法の木の実は嘘だったんだ」
「いいの。魔法を使えるのは本当だったから」
女の子は幸せでした。たとえ、それが夢の中の出来事でも。
* *
翌朝、旅の一座はまた旅立ちました。若い男は眠そうに目をこすっている少年を見て不思議そうな声をだしました。
「キャリコ、あんなによく寝てたくせに、まだ眠たそうだな。それに疲れた顔もしてるし」
すると、若い女が心配そうに少年の顔を覗き込みました。
「あったかいヤギのミルクでも飲むかい? そういえば、昨日、たくさん寝言をいってたね。いったい、どんな夢を見たんだい?」
キャリコはその時、昨夜の夢を思い出して、まだ眠そうに目をこすりました。でも、心はとても明るく晴れていました。キャリコは仲間の若い男女に、笑顔を向けると、はつらつとしていいました。
「魔法の夢。でもね、夢なんだけど、その中でぼくが使った魔法は本物だったんだよ」
それを聞いた若い男女は意味が分からず、首を傾げるばかりでした。
かたかたと揺れる荷馬車の中で、キャリコは膝に乗せた小犬の耳にこっそりとつぶやきました。
「今年は、いいことがいっぱいありそうだね」
少年の仲良しの小犬は、元気に声をあげました。
「うん、きっとね!」
それを聞いて、キャリコは目を丸くしました。
「あれえ、小犬がしゃべってるよ!?」
それから、あははと楽しそうに笑いました。
* *
その日の夕方、旅の一座は小さな村に着きました。村の長老は、彼を歓迎して宿と食事を提供する代わりに、村の祭りに参加してほしいと頼みました。
祭りと聞いて、若い男と女は目を輝かせます。稼ぐためもありますが、やはり彼らは祭りに来る人々の笑顔を見るのが好きだったのです。キャリコは、小犬と一緒に彼らの準備を手伝いました。
祭りの夜、村では旅の一座が奏でる楽器に合わせて、村人が歌や踊りや芝居を楽しんでいました。
キャリコは、村の子供たちと仲良くなりました。偽物の魔法の木の実を売らなければならなかったのですが、もう、そんなことは忘れてしまいました。けれども、子どもたちに魔法を見せてほしいとせがまれて、困ってしまいました。
キャリコは、ちょっと考えると、夢の中で使った魔法を思い出して、子供たちに向かって魔法の呪文を唱えました。
ぼくは魔法使いの弟子だよ
魔法の呪文を唱えるよ
魔法の秘密を知っているんだよ
すると、子供たちの体がふわりと宙に浮いたのです。子供たちの歓声がわあっと、夜空に響きました。キャリコは、子供たちの手を取って夜空の星を見に連れて行ってあげました。
「すごい! ぼくたち、空を飛んでるの?!」
「うん。僕の名前はキャリコ。魔法はお手の物なんだ。ぼくは魔法使いの弟子だからね」
その時のキャリコの声は自信に満ちていました。
空は満月に照らされていて、キャリコは子供たちを地上の広場に降ろしてから、歌を歌いました。子どもたちは、そこで待っていた小犬とお話しました。もちろん、人間の言葉でです。
「こんばんは、いい夜だね。夜の空は楽しかったかい?」
「うんっ、すっごく!」
子どもたちは、嬉しくなって、小犬の頭を撫でました。
それを見たキャリコも、にこにこと微笑みました。
それは、もう夢の中の出来事では、ありませんでした。
キャリコは誰かに夢を見てもらわなくても、魔法が使えるようになったのです。
【夢の中の魔法使い】 ~ 完 ~
夢の中の魔法使い RIKO @kazanasi-rin
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