結ぶ

 先輩が男子に告白された。

 あんなに綺麗な人を男子が放っておかないことくらい、わかっていたはずなのに。


 11月の文化祭の後夜祭イコール告白イベントだとは知っていた。夏休みが明けた頃から、告白に悩む男女がチラホラしていた。


 わかっていたはずなのに、わかってなかった。

 気がついたら校門を飛び出していた。

 家に帰って制服のままベッドに飛び込んで、グチャグチャだった頭がようやく冷えた。


「……サイテー」


 先輩のことを何も知らない男が、どうして好きだなんて言えるのか。本当に最低だ。


 オシャレでスイーツが大好きで、よく笑う。手先は器用だけど料理は下手。綺麗なものも好きだけど、可愛いものはもっと好き。クールな雰囲気のせいで頭脳明晰だと思われているけども、東京の服飾専門学校への進学がかかっていなければ勉強したくない程度には勉強嫌いで、それはつまり夢のために頑張れる努力家ということ。その努力の結果、学校推薦で第一志望に合格。

 合格祝いは、先輩の部屋で二人でパジャマパーティー。初めてのお泊りだった。先輩の部屋は、誰がどう見ても女の子の部屋だった。先輩へのお祝いなのに、なぜか先輩手作りのウサギのぬいぐるみをプレゼントされた。

 枕元のパステルグリーンのウサギを手探りで抱きしめながら、仰向けに寝返る。

 先輩のベッドには、パステルピンクのウサギがいる。

 まだ進学とか真剣に考えられないとこぼしたすずに、先輩はとりあえず上京を勧めてきた。「ルームシェアしたい」と言うから、漠然とだけど東京の大学に進学しようと決めた。

 先輩とルームシェア、想像するだけで心が踊る。


 けれども、先輩もいつか彼氏ができるんだろうか。

 今は、すず以外の人と交流関係を深める気がない先輩のことだから、今日の告白を受けないと確信している。けれども、けれども、これから先は――


 先輩がまだ見ぬ彼氏とキスすることもあるのだと考えると、鳥肌が立つ。

 嫌だ。そんなの嫌だ。他の誰かが先輩の特別になるなんて考えたくない。


「あ、わたし、先輩に恋してるんだ」


 ブレザーのボタンを繋ぎ止めてる赤い糸から指先を離せなくなった。





 一度自覚してしまった想いを勘違いじゃないかと悩んだりもした。友人は少なくないけれども、お泊りするほどの親密な人は初めてだ。だから、何度も自問自答した。LGBT関係の検索ワードを毎日のように打ち込んだ。ネットに答えはなかった。先輩のことは誰にも相談できないし、したくない。

 波風立てずに穏便に生きてきたすずにとって、想いを打ち明けて自分だけの先輩でなくなるのが何よりも恐ろしかった。

 友愛以上の想いを抱えながら、結局、秘密の友達の関係を続けた。先輩の部屋でまったりしたり、ショッピングモールで可愛いもの素敵なものを探したり、それだけで充分じゃないかと言い聞かせた。実際、充分楽しくて幸せだった。

 このままでいいと、この恋心はずっと打ち明けずにいよう。そう決めていた、はずだった。


「アキ先輩、好きです」


 卒業式も無事終わり、いよいよ明日先輩が引っ越す前日の別れ際の駅のホーム。

 言ってしまった。


「えーっと、それってどういう……」

「……キスとかしたいって意味です」


 誤魔化そうとも思ったけど、やっぱり自分の気持ちを誤魔化したくなかった。

 本当に情けない。嫌われるかもしれないと怖くて口にできなかった想いを、こんなタイミングでしかぶちまけるなんて。

 どちらの電車が到着するまで数分もある。

 いたたまれない空気を破ったのは先輩だった。顔を真っ赤にしてうつむくすずの手をつかんで引き寄せた先輩は、とても神妙な面持ちで尋ねる。


「それ本当?」

「……はい」

「キスだけ?」

「え?」


 何を言われたかすぐにわからなかったけれども、数回瞬きしている間にその意味に気がつき、ますます顔が赤くなる。


「わたしは、キスだけじゃ嫌だよ」

「ふぇ?」

「だから、わたし、すずちゃんとキスなんかしたら、我慢できなくなるって言ってるの」

「!!」


 よく大きな声がでなかったなと、頭のどこか冷静な自分が呆れつつも褒めてくれた。ひどい顔をしているすずに、先輩は真剣そのものだった。


「わたしも好きだよ。愛してる」


 でもと、先輩は続ける。


「まだ会って一年も経っていないすずちゃんの人生にこれ以上関わるのはよくないんじゃないかって思ったの。わたし、もう二度とこっちに戻ってくるつもりないし。ババアみたいに、すずちゃんの人生を決めつけたらって考えると怖くて……」

「全然、そんなことないです。わたしが自分から先輩のこと好きになったんです。先輩が他の男……ううん、女でも他人とキスするって想像しただけで胸糞悪くなる女なんです、わたしは」


 だから、気の迷いとか勘違いなんて言わせない。

 沈黙。

 電車がホームに滑り込んできた。わたしが乗るはずの電車。

 先輩の悩みもわからないでもない。自分がもし先輩の立場だったら、同じように悩むだろう。

 電車が走り去って、先輩はようやく笑った。


「そっか。じゃあ東京に来てくれる?」

「絶対行きます。同棲しましょう」

「同棲か。じゃあ、キスはすずちゃんが東京に来てからにしよっか」

「約束ですよ」


 これからまだまだ悩むかもしれない。でも、勢いだけの若気の至りではないと確かめる必要があるのは間違いない。

 とうとう先輩を乗せる電車がやってきた。


「東京で待ってるから」


 唇が触れそうなほどの距離でささやくと、手を振って先輩は電車に乗り込んだ。

 完全に電車が走り去ってから、ようやく恋が実ったのだと実感する。ふらふらとおぼつかない足取りでベンチに座り込む。


「バイト探さなきゃ」


 先輩はすずの進学のことのつもりかもしれないけれども、今からバイトを始めれば、ゴールデンウィークに行ける。


 そのときに問い詰めてみよう。

 あのときの赤い糸は本当はなにか意味があったんじゃないかと。

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切れて、紡いで、手繰って、結ぶ 笛吹ヒサコ @rosemary_h

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