ドリームドランカー~夢破れ続けた三十路ダメ男の最後の挑戦~

44年の童貞地獄

夢破れ続けた三十路ダメ男の最後の挑戦



俺のサクセスストーリーがようやく始まる。


2008年10月1日、岡崎正英は西新宿にある昭和に建てられたと思しき古びたマンション・ハイツリンデン西新宿の前に来ていた。


ここハイツリンデン西新宿の1014号室で俺は化ける。

今度こそ本当に世の中から注目される「ビッグな人間」に生まれ変わるんだ。


山陰地方からはるばる上京して以来14年、2008年のこの年33歳になった岡崎はこれまで散々繰り返してきた挫折を思い返していた。


もうダメ人間であり続けた人生はここで終わるだろう、いや、終わらせて見せる!

岡崎はそんな決意を胸に開いたマンションのエレベーターに踏み込み、勇んで10階のボタンを押した。



〇夢しか見ない男



島根県益田市で生まれ育った岡崎正英は幼少の頃からアニメが好きで、アニメ内のキャラクターになりたいと夢想することすらあった。

中学、高校と進んでもそれは変わらなかったが、次第にキャラの中の人である声優にあこがれるようになった彼は高校卒業後、上京して渋谷区にある声優専門学校に入学する。


両親はどちらも堅い職業の公務員であったためにその進路先にあまりいい顔をしなかったが、息子が大学に行けるわけがない学業成績であり、家でブラブラされるよりはと渋々承諾してしまったようだ。


だが、これが以降繰り返されることになる挫折の始まりだった。


あこがれしか抱かずに入学した岡崎は思っていたよりも退屈でつまらないレッスンに嫌気がさして学校に行かなくなり、半年余りで退学してしまったのだ。


少なくない学費を出していた両親は怒ったが、岡崎自身はまだ十代だったためにさほど悲壮感を感じていなかった。

むしろ声優は自分に向いていないばかりか、狭き門の上に将来性に乏しいことがわかったと楽観的に割り切り、やはり技術を身につけた方がいいと次に選んだのはゲームクリエーター専門学校。

彼はゲームも好きで、今度は作る側になろうと考えたのだ。


しかし、甘い考えで入ったそこでも授業についていけなかった。

C言語だのプログラミングだの、ゲームをプレイする以外の機械の操作は苦手だった上に勉強が大嫌いな岡崎は初っ端から自分にはITだのプログラミングだのパソコンをいじる才能はないとあきらめてしまったのである。


その後アニメ好きつながりでアニメーター養成学校やら、フィギュア専門学校やデザイナー学院などに入ったが、手先が不器用で根気もない岡崎は卒業すらできずに次々退学。

気が付いてみたら年齢は23歳になっていた。


岡崎の両親は共働きの公務員で安定した収入とそこそこの蓄えがあり、息子の夢に寛容すぎるところがあったので小言を言いながらもそれまで学費や生活費を出していたが、さすがに「もういい加減働け」と今度はマジシャン養成学校に行きたいと電話口で熱っぽく抱負を語るバカ息子の頼みを拒絶。

確かに岡崎自身もう学校に通っている年齢ではないと薄々悟り始めていたこともあって、嫌々ながら本格的に仕事を探すことにした。


新聞配達、飲食店店員、訪問販売員、建設作業員、ライン作業員などなど。

手に職がなく学歴も高卒で、普通免許すら持っていない岡崎にできる仕事といえば限られていたが、彼はそれらの仕事に就くつもりは毛頭なかった。


声優のようにもっと面白そうで、それをやっていると皆に注目される仕事でなければだめなのだ。

そして、両親の仕事である市役所職員を含め、どこでも見かけるような仕事とそれに従事している人間を馬鹿にしていた。

「普通の仕事なんてゴミだ。代わりがいくらでもいるじゃねえか」と。


岡崎が進路を選ぶ際にはいつもそういった傾向があったが、そのおかげでこれだけ挫折を繰り返してもそれは変わっていなかったのだ。


そんな彼が応募したのは、よりによってホストクラブだった。


見た目もファッションセンスもむさくるしく、口下手な岡崎はあまりモテる方ではない。

どころか23歳になっても女と付き合ったことすらない童貞。


にもかかわらずホストになろうと思ったのは、ヒゲを剃る時など鏡で自分の顔を見るたびに、よく見れば美男子だと思い込んでいたからだ。

確かにモテたこともカノジョがいたこともないが、自分はどちらかと言えば整った童顔で高校生くらいに見えないこともなく、汚れを知らないピュアな感じがするから黙っていても中年女性あたりの母性本能をくすぐるのではないだろうか。


早くも売れっ子ホストになって大金を稼ぐ自分の姿を妄想しながら履歴書を出したが、当然そんな思い上がりはあまりにも女性とホスト業界をナメていた。


有名店はもちろん、他の中小のホストクラブでも面接ではねられ、やっと面接にこぎつけて採用されたのは有名店から独立したホストが数年前に開店した店。

そこはよっぽど人が集まらなかったんだろう。


前もって自前で安物のスーツを買い、自分でブリーチをかけて失敗してまだら模様になった髪をいびつに立てた岡崎は出勤初日からホスト業界の過酷な洗礼を受けた。

未経験者で最初から使えそうにない奴と見抜かれていたために当然初日は接客に回してもらえず、仕事はグラス洗いやボーイだったのだが、不器用で物覚えの悪い岡崎はそれらの仕事でも天然ボケを連発。

そのたびに年下の内勤や先輩ホストは客の前だろうが何だろうが岡崎の胸倉や髪をつかんで怒声を浴びせた。


元来気が弱くて荒事も苦手な岡崎はすっかりおびえたし、客である女性も「なんでアンタの店こんなウザい奴雇ってるワケ?」などと聞かせるように担当のホストに言い放ったりと冷淡だったりしたため、その日のうちに「自分はホストには向かない」と、またしても逃げた。


現実社会の洗礼をちょっと浴びただけで逃げ続けてきた岡崎だったが、信じられないことにまだ学ばなかったようである。

これまで挫折したのは自分に向かなかった道だからであり、向いた道ならば苦痛を感じることなくスイスイ習得して頭角をあらわすことができるはずで、いつの日かそういった機会に巡り合えるに違いないと前向きに考えていたのだ。


もはや自分に都合の良いことしか信じない破滅型の楽観主義者と言っても過言ではない。

おまけに岡崎は大した考えもなく一発逆転を狙う性分でもあった。


その後も一攫千金を目指してマルチ商法に手を出して少なくない金と少ない友人を失ったり、声優オーディション詐欺に引っかかって「最後のお願いだから」と両親に送金してもらった大金をだまし取られるなど、何をやっても大失敗に終わる出来事が重なる。


さしもの岡崎も思い切った行動をするのが怖くなってきたが、それでも「いつの日か」が来るのを心の中では盲信していたようだ。

反面、何かに向かって具体的な努力をするわけでもなく日々をぼんやりと過ごすようになり、無駄に年齢だけは重ねていった。



〇最後の挑戦



2008年、岡崎はもう33歳になっていたがまだ何者にもなれていない。


かといって全く働いていないわけでもなく、ホストを断念して以降は大手運送会社の物流センターで夜勤のアルバイトをしている。


岡崎が言うところの代わりがいくらでもいる仕事そのものだったが、背に腹は代えられなかったのだ。

何でもすぐに投げ出してしまう岡崎だが、作業が荷物の仕分けという誰でもできる単純作業であり、社員もさほどうるさくない居心地のいい職場だからもう十年近く働いていた。

また、その仕事以外できる仕事がなかったこともある。


だが、唯一の収入源となっているこの荷物仕分けのバイトは一時の糊口をしのぐための仮の姿と今も考えており、こんなものは自分の本来の仕事ではないと頑なだった。

自分は特別なことをやるための人間だと、何もせずに33歳になった今でも信じていたのだ。


それは態度にも表れ、自分は他の作業員と違って特別な存在であることをさりげなく周りにほのめかしている。

その根拠として色々な専門学校に通ったことがあったり、ホストなどの職歴があったりしてさまざまな世界を経験していることを挙げていたのだが、そんな岡崎を周りの作業員たちは「結局何やってもダメだっただけだろ」と裏では嘲笑していた。


また、マルチ商法をやっていた際はここで知り合った人間をセミナーに参加させようとしたりモノを売りつけようとして避けられるようにもなっており、オーディション詐欺に引っかかった時はオーディションの最終選考に通ったと信じ込まされていたから「大勢の中から選ばれた」だの「もうこんなところからおさらばだ」だのさんざん自慢して周っていたため、後に詐欺に遭ったことがバレた岡崎はバカにされてもいたのだ。


確かにその通りだ、何一つモノになっておらず失敗ばかりであることは認めざるを得ない。

さすがの岡崎も三十路を過ぎた今、「自分はひょっとしたらこのままなのではないか?」と少しずつ絶望し始めていたのは事実だ。


だが、最近人生を変える一発逆転を期待できそうな機会に巡り合えていた。

久々にこれこそ自分の道と確信できるものに出会えたのだ。


その情報をもたらしてくれたのは、フリーでライターをやりながら物流センターへバイトに来ている石原寿。


ちょっと年上の38歳の話しやすい人柄の男で、岡崎は石原と知り合って以来いろいろなことを打ち明けていた。

ヒトから一目置かれる人間になりたいと思っていたが、さんざん失敗を重ねてきたことを話し、これから何をやったらよいかわからないと嘆くと、石原は自分の知っている人物に会って人生を変えてみないかと提案したのだ。


ライターをやっている石原は、岡崎と違って見聞が実際に広くて様々な人脈を有しており、職業柄取材相手から話を聞き出すための話術に長けている。

その人物がやっていることを聞いて、指導を受ければ何らかの運命が開けるかもしれないと口のうまい石原にも言われ、岡崎はすっかりその気になったのだった。


その後石原の仲介でその人物、今井伸三と都内の喫茶店で直接会って面談。

今井はいかつい顔と体格のコワモテな男だったが、面談中終始にこやかに岡崎のこれまでの経歴を聞いてくれた。

いままで失敗を繰り返したことを自嘲するような岡崎の話をひととおり聞き終わった後、今井は岡崎のことを大いに気に入ったらしく、「君のような人間を探していたんだ」と破顔。

自分たちがやっていることをより詳しく説明してから、今後一か月間自分の指導を受けて一緒にやってみないかともちかけてきた。

しかも信じられないことに指導の費用は無料だ。


長いこと世の中からないがしろにされて挫折ばかりだった自分のことを分かってくれて、なおかつ導いてくれる人が現れたと感激した岡崎が快諾したのは言うまでもない。


そして指導初日である2008年10月1日、岡崎はハイツリンデン西新宿1014号室の前に立っている。

「(有)イマイプロダクション」という表札がかかったその1014号室こそが、これから始まる新しい挑戦の舞台となり、部屋の主の今井が自分の師匠となるのだ。


今度こそ本物だと俺の人生経験が告げている。

これなら本気を出せる!


この「イマイプロダクション」で有名AV男優になって見せる!!


今井伸三は「イマイプロダクション」の社長にしてAV監督であり、受ける指導とはAV男優になるための「実践を交えた」テクニックだったのだ。

先日の面談においては、一か月後のAV男優デビューも確約されている。

岡崎はこれだけ痛い目に遭っても何も学んでいないどころか、自分の「特別な何者かになりたい」という思いがこじれるあまり取り返しがつかないほど重症化していたことに気づいていなかった。


これから始まる指導に胸と下半身のやんごとなき部分を膨らませ、未来への希望とやる気にはち切れんばかりで1014号室の呼び鈴を押す。

ほどなくしてインターフォンから今井の「開いているよ。入って」という野太い声が聞こえ、岡崎は「失礼します!」と答えて意気揚々とドアを開けた。


その先に何が待っているかも知らず…。


岡崎はこの時点で今井について知らないことが多すぎた。


まず、彼はこれまでAVを頻繁にレンタルしていた方だが、首尾よく弟子入りに成功したにもかかわらず「イマイプロダクション」という会社名やAV監督の今井伸三という名前を聞いたこともその作品を観たこともなかったのだ。


もっとも、会社名や監督名でAVを選んでいるわけではないので特に気にはしておらず、面談で今井は自分が監督するAV作品は「レイプモノ」が主流だと語っており、それはまさに岡崎が一番好きなジャンルだったのだが、レイプはレイプでも岡崎の想像するものとはであることを今井が隠していたこともまだ知らなかった。

なおかつ通常のAVコーナーには並べることができないくらいのものであることも。


ライターの石原の方はこれらのことを知っていたが、今後面白そうな記事が書けそうな展開になると期待して岡崎には黙っていたのだ。


また、岡崎はもちろん、紹介した石原も知らないことがまだまだあった。


今井は現役の暴力団幹部という顔を持っており、AVは主要なシノギの一つであったこと。


さらに岡崎を指導するのではなく、自身の監督するアブノーマルな作品にいきなり主演させるつもりであり、今日がその撮影初日であること。


また、この1014号室からしょっちゅう若い男の悲鳴が聞こえるというハイツリンデン西新宿の住民の噂のことも…。


今井は以前から自分を何度か取材したことのあるライターの石原に「マゾの男が好みそうな逆レイプモノをまた撮るから、軟弱そうなダメ人間がいたら紹介してくれ」と依頼していた。

そして石原に紹介されてやって来た岡崎を面談した時、見るからにバカそうな上にいじめたくなる負け犬オーラ全開で、姿が大いに絵になりそうな逸材だと評価していたのだ。

すでに「ポチ岡崎」という芸名も用意しており、「男優」の岡崎に拒否された場合は有無を言わさず監禁して撮影を強行するために人相の悪い彼の子分兼撮影スタッフも複数名待機させている。


それはこれまでの作品の撮影でもしてきたことだ。


題名『ドS巨漢痴女~軟弱M男監禁ペニバン調教~』となる作品の撮影開始に備え、部屋内では撮影機材をチェックする今井とその子分の組員たち以外に、身長180㎝オーバーで体重100㎏はあろうかという「主演女優」の大女がロープと極太バイブを持ってもうすぐ部屋に入ってくる岡崎を待ち受けていた。

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