視線

西野ゆう

第1話

 私の彼は、まっすぐな人だ。

 私を見る目もまっすぐ。それに対して、私もまっすぐ彼を見つめていた。

 出会ったばかりの頃はさすがに、多少照れたりもしたけれど。ああ、この人は何に対しても、まっすぐ向かい合う人なのだなあと、彼を見る私の目は眩しさに時折細くなっていた。

 その自分の顔が笑顔なのだと彼に気付かされた時には、彼という深く温かい海にどっぷりと沈んでいた。

「曇りのない瞳とか、まなこ、とか。……うん。そんな言葉の見本として、貴方の目を撮っておきたい」

 本心だ。心の底からそう思ったからこそ、自然と言葉になって彼の耳に届いた。誰のために撮っておくのかを言わなかったからだろうか。彼は「撮る」を採取することの「取る」と聞き違えたようだ。

「意外とサイコホラーな思考に行くんだね」

 曇りのないままに見開いた目に、私はそれも良いかもなどと思ってしまう。私のために取っておく。独り残される私のために。

 だが、そんなことはできるはずもないし、彼に「ホラー好き」と勘違いされるのも嫌なので、正解を話した。

「違うよ、そういう意味じゃ。写真にね、撮っておきたいなと思って。もしこのまま別れても、『こんな目をした人を好きになってたんだよ』って、次の彼に説明できるでしょ?」

「そんな説明する必要ある?」

 彼はそう言って声を上げて笑った。別れる可能性は否定しないままに。

 私も子供じゃないから、その可能性は感じている。だけれども、今は「大丈夫だよ」と言って欲しい。

「大丈夫だよ。少なくともオレはね」

 私の瞳も、彼のものに負けず劣らず素直な表情を曇りなく映しているのだろうか。完全に私の目が彼に欲した言葉を伝えていたようだ。

 自然にお互いの顔が近づき、唇がかさなった。

「じゃあ、そろそろ向かおうか」

 二人のお気に入りの、リーズナブルなランチがあるフレンチレストラン。最後だからと、ほんの少しワインも飲んで、二人の時間にも酔っていたのかもしれない。たまには良いでしょ? と、誰にともなく公の場でのキスに許しを求めた。

 夢に対しても、まっすぐに向かっていた彼。

 この日この時が来るまで、私の心の中に、彼を引き留めるという選択肢はなかった。そしてこれから先も、それを決して後悔しないという自信もある。

 私は、私たちは、これからのことを冗談まじりに話した。搭乗案内のアナウンスが、別の意味に聞こえて私が空を見上げるまで、いつも通りまっすぐ見つめ合って。

 それからしばらくの月日が流れても、結局ふたりはふたりのままだ。画面越しではあるけれど、相変わらずお互いの顔を見つめ合っている。

 それでも距離は残酷である。決して触れられない。画面が消えると、瞬時に彼の気配は消えてなくなる。

 彼は今、何を見つめているのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

視線 西野ゆう @ukizm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ