第44話 視える男、日常に戻る。

 ニコニコと僕の僕の隣に座る安心院さんと、その真正面に座るちょっと困惑したような花野先生とスミシー氏。


 喫茶店のカウンターでは葛城と鬼一が揃ってガタガタ震えている。


 カオスなありさまに、僕はそっとため息を吐いた。


 どうしてこうなった?


 葛城と鬼一に、死にたくないからいてくれって頼まれたからです。


 いや、安心院さんそんなことしないと思うけど。でも怯える二人を見ていると、何となく気分が良かった。だってこいつらには普段揶揄われてるし。


 けど二人に予想に反して、安心院さんは葛城と鬼一に百足退治の礼を告げた。


 曰く、本来なら自分か自分の跡継ぎに託されるべきことだったのに、と。


 安心院さんの家も、人手と後継者不足に悩んでいるそうだ。


 それはそれとして。


 安心院さんの本題は花野先生だって言う。


 花野先生は決して悪さをするような人ではないし、今のところ良くない物にもなっていない。彼女は自身の本が完成したら成仏するのだとも言っている。


 そんな花野先生に何の用が?


 単刀直入に安心院さんに尋ねれば、眉を八の字にしながら安心院さんは頬に手を当てて。




「お嬢さんの話を晴くんから聞いて、ちょっと調べてみたのだけれど……」


『はい』


「貴方、もしかしたら成仏できないかもしれないの」


「は?」


『へ?』


「え?」




 思わぬ言葉に僕も花野先生も声を上げる。スミシー氏も大きく目を見開いて驚いていた。


 けど、いち早く立ち直ると、震える唇で「それはどういう?」と、困り顔の安心院さんへと質問する。




「お嬢さんを見るまで、確証が持てなかったのだけれど……。貴方の魂に、そこのアランくん? 彼の魔力がぎちぎちに絡んで、なんと言うのかしら、眷属になってしまっているというのかしら?」


「はぁ!? 眷属って!?」


「そ、そんな!?」


『えー……マジですか……』




 僕はびっくりするし、スミシー氏も真っ青、花野先生は何か空気にそぐわぬのんびり具合だ。


 安心院さんが前に言っていた「気になること」というのはこれだったらしい。


 僕が思慧と隕石を掘り返していた頃、安心院さんは書庫の整理をしていた。そのときにおよそ二百年前に、とある男性が亡くなった後のことが書かれた本が出て来て。


 なんとその男性、花野先生とスミシー氏がした契約と同じようなことを、雪女との間に交わしたそうな。


 男性が寿命を迎えて魂が肉体から出たあと、一向に成仏する気配も誰かが迎えにくる気配もない。


 困った男性は安心院さんの御先祖に幽体のまま相談に行ったそうだ。


 安心院さんの御先祖の見立てによると、あまりに絆が深すぎて双方気付かないままに、死後魂を眷属化する契約を交わしてしまっていたらしい。つまり。




「スミシー氏が亡くならない限り、花野先生は成仏できない……?」


「そういうことになるかしら」




 僕のファイナルアンサーは正解だった。


 それに対して、スミシー氏がわっと泣き崩れる。花野先生を守れなかったばかりか、死後の安寧を奪った、と。


 しかし、一方の花野先生は。




『そっかそっか。アランとまだ一緒にいられるってことですね』


「花野先生?」


『いや、だって。別に離れたくて死んだわけじゃないですし、未練は本ですけど、それは成仏前提の話でしたから。置いていく側が「離れたくない」とか言えるわけないじゃないですか』


「え、や、そういう問題?」




 戸惑う僕に花野先生はにこっと笑う。


 特に問題はない。


 そういう感じの反応に、けれどスミシー氏が「問題しかない!」と叫んだ。




「私の眷属になったら、永遠に近い時を過ごさないといけないんだよ!? 親しい人はどんどん私を置いていく。眷属になればおみっちゃんもそうなるんだ!」


『そうね。でも先に置いて逝ったのは私だもの。本当なら、アランとももう二度と会えなかったのに。だけどこうして話してる。大事にしなきゃいけないのは、今のそういうところじゃないかな?』


「それは……」




 グスグスと顔のいい男が泣き、それを可愛い顔の少女めいた人が慰める。絵になるシーンだけど、僕としては話している内容に心が追い付かない。


 僕、ここにいて良いんだろうか?


 そう思っていると、安心院さんがおっとりしたような表情を引き締めて唇を解いた。




「お嬢さん、永遠のときって考えるより永いかもしれないわ? 耐えられる?」


『うーん、どうでしょう? 正直言うと、解りません』




 あっけらかんと、けれど凪の海のような揺るがない大きな雰囲気で、花野先生は告げた。




『でも耐え切れなくなったその時は、アランが一緒に逝ってくれます。だって私の後追いしようとするくらいだもの。ねぇ、アラン?』


「……君が望むなら、私の命なんていつでも差し出すよ」


『ですって』




 それでいいのか、僕にはよく解らない。


 でもスミシー氏が花野先生の後追いをするよりは、まだしもなんだろう。


 何故か鬼一と葛城が背後で拍手するのを聞きながら、僕は大きなため息を吐く。


 これでいいのだ、それでいいのだ。




 半年後。


 ありとあらゆる困難を乗り越えて、花野先生と僕が共同で作った花野先生最後の書籍が出版された。


 校正、挿絵のチェック、カバーデザインのチェック、ポップや広告その他色々、目を通すものは二人で目を通し、意見をすり合わせて。


 初稿の段階で吉野さんは「よくぞこれほど花野先生の文体に合わせてくださいました」と泣かれたけれど、本当のことが言えない以上凄く複雑な気分になってしまった。


 諸々が終わったあと、花野先生はスミシー氏と旅立った。


 生前行けなかった場所にスミシー氏と二人で旅行するんだそうな。


 また日本に戻って来るつもりだけれど、一年くらいは海外でのんびりするって。


 スミシー氏には旅行先で力が足りなくなるようなことがないように、血を決戦の時の倍は飲ませておいた。


 やっぱり感想は「青汁」でムカついたけど。


 葛城は今もあの場所でカフェを続けている。


 鬼一の身体はまだ完治した訳ではないし、かの決戦で古傷がぶり返したのもあって、今では思慧の鍼灸院の常連だ。


 並べて世はことも無し。


 と、言いたいところだけど。




「あの、しぃちゃん」


「うん?」


「なんか、しぃちゃんの荷物増えてないか?」


「おう。この半年アパート帰ってないから、家賃払うのもったいなくてな。引き払ってん」


「へぇ……」




 いや、「へぇ」じゃない。


 アパート引き払って、じゃあ住むところはどうすんの?


 ぼんやりとそう言えば、思慧がにっと笑う。




「そういう訳で、ルームシェアよろしく」




 差し出された手を反射的に握ると、ブンブン振り返される。




「え? あ? うん?」




 笑う思慧を見ていると、まあいいかという気分になるから不思議だ。


 振り回されても不快だとは思わない。


 結局のところ世界がどう変化しても、僕は少しも変わらない。


 この幼馴染に頭が上がらないとことか、この幼馴染が僕を受け入れてくれるとことか。


 僕が厭世的なこともそう。


 化け物だのあやかしだの怪異だのと遭遇すること、小説を書くこと、そして思慧と過ごすこと。


 それが僕の日常なのだ。


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これにて最終回です。

今までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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視える男の厭世的日常茶飯事 やしろ @karkinos0701

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