第71話 相談相手には気をつけよう
(ヌガルベルクの扉って何!?)
それが、最初にルシアが思ったことだった。ルシアの戸惑いなど関係なく、クララがニコニコとした表情で立っている。
同じクラスメイトだということは知っている。だけど、それ以上の情報は知らない。どこか謎めいた少女で、どの貴族も彼女についての情報を知らないようだった。
……断ろう。
そうルシアは決断した。真面目でお堅いルシアはプライベートの悩みを妄りに話すタイプではないから。
ルシアが退こうとする瞬間――
「ご存知ですかぁ? 悩みは人に話すとスッキリするんですよ? 特に他人ほど相応しいと言われています。だって、その他人とは『それだけ』の付き合いですから、後に引かないんですよね」
まるで、心でも読んでいたかのように踏み込んできた。
「う、うう……」
だけど、その踏み込みはルシアの心に響いた。シリウスとのことで心が揺れ動いていたのだ。誰かに話したい気持ちは確かにある。そして、この学校のどの知り合いにもできる内容ではない。
(確かに、この子なら……)
後腐れはないのかもしれない。今、胸にわだかまっているものを口にするにはちょうどいいのかもしれない。
「そ、そうね……少し場所を変えましょう」
「はい、喜んで」
にこりと微笑むクララとともに校庭に出て、端にあるベンチに座った。周りには誰もいないので、聞き咎められることもないだろう。
「どうぞお話しくださいぃ」
「ええと……」
少し考えてから、ルシアが切り出す。
「これは、私の友達から相談されたことなんだけど――」
ルシアは古典的な方法で己の相談ではないと主張、話を始めた。
「憎たらしい相手なんだけど、必ずしも憎みきれない……気になる人がいるらしいの」
「微妙な心理状態ですね」
「……そうね。憎み切れる相手ならいいんだけど」
「憎みきれない理由はあるのですか?」
「……うーん……優しいところもあるから……」
「自分の中では認められる存在だと受け入れているわけですか?」
「そうなる、かな……?」
「なるほど。少なくともご自分の心に答えは出ているわけですね。だとすると、何が問題なのでしょう?」
「え? どういうこと?」
「自分の心の方向が決まっているのなら、悩む必要がないのでは?」
「そ、そうね……ただ、彼は人気のある人で距離の近い女性が他にもいるの。自分はどうすればいいのか悩んでいて……」
「それは確かに、心が乱れますね。心中お察しします」
「ありがとう」
少し考えてから、クララが首を捻った。
「ところで、その男性のお名前は?」
「……うう……」
名前を口にすることに抵抗があったが、ルシアは仕方なく、その名を告げることにした。気にしている人物の設定は、あくまでも自分ではなく友人なので。
「シ、シリウス・ディンバート……」
「ああ、あの。お噂はかねがね伺っております!」
「ど、どんな噂なの……?」
「私の意見ではありませんが、一般的には、貴族の歴史上で最低最悪の男だと伺っております。あくまでも、私の意見ではありませんよ」
2度も強調されたが、確かにクララの意見ではないことをルシアは知っている。ほとんどの貴族の認識はそれで合っている。
「そ、そうね。少し、その……誤解されやすい人かもしれない……」
「誤解なんですか?」
「い、いいところもあるから!」
「ルシアさんはそう思っていると?」
「そうね――」
そこまで答えて、ルシアがハッとなった。
「違う! 私じゃなくて、私の友達が! 私は……その……あ、あんな男なんて、絶対に、ない……と思っているんだけど……」
つい言葉がしどろもどろになってしまう。
自己保身で言っているので、どうにも歯切れが悪い。ルシアの真面目さが悪い方面で出ている。内心で、いやいや、そんなことないし? 少しお世話になっているところもあるし? と思っている。
どうにも、心が混乱している。
「ええと……ルシアさんの悩みとしては、その友人の恋をどう応援するのかで悩んでいる感じですか?」
「そ、そうね……ライバルが多くて成就するかわからないし、そもそも評判の悪い人だから近づかないことも含めて選択に迷う感じ、かな」
「ふむふむ、なるほど……」
クララがポンと両手を叩いた。
「今、ヌガルベルクの扉が開きました!」
「え、何それ?」
「名案です。私もルシアさんとシリウス様のパーティーに入れてもらえませんか?」
「……あなたを……?」
「はい。ルシアさんの根本的な現状の問題は、同じ空間を共有している相談者がいないことです。私が帯同し、シリウス様の本質と、距離を詰めるべきかどうかを一緒に考えましょう」
「……」
それは名案のような気がした。なぜなら、2つことが一挙に解決するからだ。一方は、今クララが言ったこと。確かに身近な相談役がいないことは事実だ。部外者の観察によるフラットな意見は聞いてみたい気がする。
――事実、ルシア本人も怖いのだ。シリウスという人間に近づくことが。彼には恩を感じているが、果たして、その感情が正しいのかまだ判断できていない。
この問題に対する回答であると同時、もう1つの問題も解決する。
それは、回復役である神官の参加だ。
――回復役がいると助かるのだが、誰かいないでしょうか?
オスカーからの依頼に応えることができる。信頼できる人物という条件がついていたので知り合いから探そうとしてクララには声をかけなかった。
(だけど、もう当てはない……)
最低最悪の人間と評判のシリウスと手を結ぼうという貴族はいない。一定の妥協は必要だろう。
「いいアイディアだと思う」
「本当ですか?」
「明日、オスカーに会いましょう」
「オスカー?」
「シリウス様の執事。彼がパーティー集めの管理をしているの」
「ああ、なるほど……」
こてんと首をかしげてから、クララが続けた。
「できれば、オスカーさんだけではなく、シリウス様と一緒にいるときに紹介してもらえませんか?」
「どうして?」
「最終的な決定権があるのはシリウス様ですよね? であれば、オスカーさんを最初に通すのはあまり意味がないかと。あとで覆されると、とても悲しい気持ちになります」
それもそうか、とルシアは深く考えなかった。そして、傲慢なシリウスはオスカーの意見など気にせず勝手に不採用にしたりもする。
そもそも、シリウスとオスカーはかなりの頻度で一緒にいるので、別々のタイミングを狙うのもあまり得策ではない。
「そうね、じゃあ、それで進めましょう」
「ありがとうございます」
にこりとクララが笑みを浮かべて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日も、俺はシリウスとともに高級貴族専用のサロンに向かった。
そこには、いつも通り、オリアナとベラの2人がいた。
……? ルシアがいない?
ルシアは真面目な性格のためか、集会があるときは早い段階で顔を合わせるのだけど。
まあ、ルシアにも用事があるのだろう。
そんなことを思っていると、程なくしてルシアが現れた。
「遅れて申し訳ございません」
そんなことを言いながら、部屋に入ってくる。
2つの影が。
……え、2つ?
ルシアの背後に、小柄な人物が付き従っていた。顔を見て、内心で冷や汗をかく。
クララ・グリム……?
なぜ、クララがルシアと一緒にここに?
シリウスの不躾な言葉が飛ぶ。
「なんだ、そいつは?」
「クラスメイトのクララさんです。神官職なので、仲間にちょうどいいのではないかと思いまして」
「クララ・グリムと申します。家柄は男爵家です」
言うなり、クララは自分の手を広げてテーブルに、ばん、と叩きつけた。シリウスが疑問の声を出すより早く、逆の手に持っていたペンを自分の手に叩きつけた。
鈍い音がして、ペンの先端がクララの小さな手の肉に沈んでいく。引き抜くと、そこから血が溢れた。
クララはペンをテーブルに置き、シリウスに傷ついた己の手の甲を見せる。
「……なんだ?」
それには答えずクララが、逆側の手で傷を押さえる。
クララが何かをつぶやくと、傷が消えていた。
「回復魔法を使いました。お眼鏡にはかないますか?」
「は、その程度で! だが、度胸は買ってやろう。そんなに、この俺の仲間になりたいか? 何が望みだ?」
「何もありません。すべてはヌガルベルクの扉を開くためです」
「なんだそれは、おかしなやつだな!」
シリウスが笑い捨てる。
「修行をするという意味か?」
「そうですね、功徳を積むという意味でもあります。シリウス様も一緒に開いてみませんか、ヌガルベルクの扉を?」
「一人でやってろ」
そして、視線をオリアナたちに向ける。
「こいつを仲間に加える。異論はあるか?」
「シリウスがいいなら、いいんじゃない?」
「私も特に」
オリアナとベラが答える。俺としては反対したいが、主君であるシリウスが認めている以上、発言の権利はない。
……やってくれたな、クララ。まさかルシアを抱き込んで、シリウスに接近してくるとは。
「いいだろう、とりあえず、仲間に加えてやる」
「ありがとうございます」
「だが、忘れるなよ? 貴様が使えないと判断すれば、即切り捨てる。ダンジョンに置いていっても恨むなよ?」
「ご随意に」
クララが皆を振り返る。
「それではよろしくお願いします。皆様に、ヌガルベルクの扉のご加護がありますように」
シリウスの命を狙う暗殺者ベラ・ナハトと、シリウスのラスボス化に関わる司祭クララ・グリム――
両名をどうにか排除したかったが、それはならなかった。
シナリオの強制力というやつだろうか。
……何か対応策を考えないとな。
ラスボス悪役貴族を裏で操る参謀は執事の俺 三船十矢 @mtoya
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