オレの妹は自分のスキル『メシマズ(鬼)』に気付かない。(短編)

ぷり

第1話 オレの妹は自分のスキル『メシマズ(鬼)』に気付かない。(短編)


「皆様!! 私、クッキーを焼いてきましたの」



 ――その場の空気は固まった。



 その場――生徒会室の空気が固まった原因は、空気を読めない独特の行動でもなければ、今その発言をした彼女が好かれていないわけでもない。



 ――『クッキーを焼いてきました』



 その一言である。



※※※


 オレはジュリオ=フローレンス。

 王都でレストランをいくつか経営しているフローレンス子爵家の跡取りだ。

 そして、クッキーの籠をもつ少女の名前はマルチナ=フローレンス。


 ――オレの妹。

 ふわふわの金髪に、青い瞳の元気いっぱいの笑顔を浮かべている。


 彼女自身に自覚はないが、彼女はこの世界のヒロインである。

 皆知らないがこの場にいる彼女の兄であるオレだけは知っている。

 何故ならオレは、異世界転生者だからだ。

 前世では特に可もなく不可もなく普通に生きて寿命だけ短めで死んだ気がする。


 "――この世界のことは良くわからないが、おそらく前世でよく聞く、異世界転生というヤツだな"


 オレは前世を思い出した日、そうぼんやりと思った。

 その時は、まだ幼かったが、それでもオレは半透明の『窓』を空間に出現させる事ができた。

 この『窓』は、この世の人間一人一人にあり、文字が書き込んである。


 最初、オレはその現象を不思議に思っていたが、しばらくして――ああ、これはゲーム情報画面だ、と思い当たった。

 試しに手近にいた、よちよち歩きの妹の『窓』を開いてみる。


 妹の『窓』には、たくさんの文字が書き込まれており、一行目にはこの世界のヒロイン、と書かれていた。


 ――ヒロイン。 

 うちの妹がヒロイン? これはどういうゲームのヒロインなんだ。

 しかし、それよりも彼女のスキル欄にとんでもないものを見つけた。


 ――パッシブスキル     【メシマズ『鬼』】


 ちょっと待ってほしい。なにそれ。

 彼はまだよちよち歩きの妹を見ながら驚愕した。

 どういう世界のどういうヒロインだよ!?

 このゲームはいったい何を目指して作られていたゲームなんだ!?

 だいたいヒロインならチート能力で逆に【メシウマ】とかじゃないのか!?


 しかし!

 たしか、うちはレストランをいくつか経営していたはずだ。

 これは、やばいのでは? 一族を滅ぼすのではないか?


 ……そうだ、オレのスキルはどうなってる?


 彼はそこではじめて自分のスキル欄を確認した。


 ――パッシブスキル    【メシウマ『超』】



 よし、鬼より超のが上だ! これなら帳消しできるかもしくはもっと美味くできるだろう!!

 オレがやらねば、一家が路頭に迷う!!


 これは……オレがフォローを入れるしか無い。


 いち早くそう思ったオレだったが。

 成長する妹は料理を好きになっていき、オレはそのフォローについて回っていたため、周りの人間には超シスコンだと思われるようになってしまった。


 まあ、いいのだが。



※※※


さて、冒頭のクッキー配給へと話はもどる。


「僕も今は仕事中だから……」

 攻略対象の一人。生徒会書紀で後輩キャラ、ジョルウェルがやんわり断ろうとする。

「モゴォ!!」

 ヒロインである妹マルチナが問答無用でクッキーを詰め込む。


「もう☆ 遠慮なさらないでくださいよ!! クッキー一枚ぐらいが仕事の邪魔になるはずないじゃないですか!!」


「モゴォ!!」

 同時に、生徒副会長のエルナンドの口にも殺人クッキー……じゃなかった、妹がつくったおいしくないクッキーが詰め込まれる。


「ああああ、ありがとう……でも僕は王宮料理人が作ったもの以外は食べてはならないと言われていて――モゴォ!!!」

 この国の応じで生徒会長のヘラルド殿下の口にも、強引にモゴォ! とクッキーが詰め込まれる。


 全員がモゴォ! 完了。


 生徒会長と生徒副会長と書紀がぶっ倒れる。


 間に合わなかった……というか、オレはこいつらに関しては妹の料理をフォローしないことにしているんだが。


 そして、会計であるオレは、クッキーを彼女が持っている籠から一つつまみ上げた。


「あ……お兄様。クッキー食べてくださるんですか?」

「勝手に取って悪い」

「い、いえ! そんな……!」


 頬を染めてニッコリ微笑む。さすがヒロイン。可愛いな。果てしなくメシマズだが。

 オレはこっそりクッキーにオレのスキル『メシウマ』を使って食えるものにし、美味いクッキーを食う。


「美味い。お前は本当に調理が上手だな。ほらみろ、殿下たちも美味すぎて気絶しているようだぞ。お前もほら食べろ」

 オレは妹を褒め、妹の分もメシウマにしたクッキーを渡す。

 オレがいる限り、妹には自分まずいものを作っているなどと気づかせはしない。

 妹には笑顔でいてほしい。


「まあ、お兄様ったら。お兄様の料理には敵いません」

 クッキーを受け取り頬張る妹。可愛い。オレの妹可愛い。


 オレは、倒れている殿下たちとチラ見する。

 こいつらの『窓』に、書かれている文字。――『攻略対象』。


 オレは、この学園でその文字を見てやっとこの世界が乙女ゲームの世界ではないか、と考えが至った。


 なるほど、こいつらがオレの妹の相手役たち、ということか。

 しかし、どいつもこいつも気に入らない。


 こいつらが妹がいない時に話していたのをこっそり聞いてしまった。

 マルチナを誰を手に入れるか、とか。マルチナは可愛いが料理が……いや、結婚後はつくらせなければいいだろうとか……。


 マルチナが作る料理を食べさせられる彼らの気持ちも、わからないでもない。

 オレも一度食べたが、あれはダークマターだ。暗黒だ。

 人間の食べ物ではない。……つまりたまったものではないからだ。


 だが、オレの妹をネタにそんな風に語るのは許せない。

 お前らは殺人料理の餌食となるがいい。


 大体妹の相手は……。

 少なくともオレが修正しない妹の手料理を食べて気絶せず、美味いと言えるやつでなければ……いや、無理だな。妹の料理は殺人料理といって良い。

 ただ、それを知っても妹を心から愛してくれるヤツでなければ、お兄ちゃん許さないから。


 たまに思う。何故兄妹で生まれてしまったのか。

 妹じゃなければオレが結婚したい。




※※※




 そんなある日、海外からの留学生が妹のクラスへ編入した。

 乙女ゲーだからまあ……男だ。

 妹はすぐ仲良くなったらしく、昼休みオレがランチしている席へそいつを連れてきた。


 オレはそいつの『窓』を開いて確認した。


 名前はレアン=トルレス。

 これは先程紹介を受けたから知っている。――さて、どんなスキルを持っている。


 文字の中に『攻略対象』 スキル『メシウマ(極)』と書いてあった。

 ご、極!? すげえ。


 極って言えば、スキルの中でも頂点だ……。


「海外で、数々のレストランを経営しているおうちなんですって!」

 妹が楽しそうに話す。

「この国の料理を学びに来たんだ。マルチナ、君をうちのレストランに招待したいよ」

 レアンも妹に優しい瞳で語りかける。


 これはオレも認めざるを得ない男だ。

 オレはスキルを意識して使っているが、この世界の住人は持っているスキルを無意識に使う。

 つまり、この男は料理というものを自分の口に運ぶとき、他人に食べさせる時全て――超絶美味い料理に変えるはずだ。


 そして念のため、婚約者や恋人がいないかを含めた身元調査をこっそり行った。

 とてもクリーンな男だ。

 なんという最良物件。 

 うん、これなら妹を任せられる。


 オレはこの二人をなんとかくっつけたいと思った。


 オレはレアンを我が家のレストランに招待したり、屋敷に招いて調理パーティを開いたりした。

 思った通り、妹の激まず料理を超絶美味い料理に変えてくれる。


「レアン様の料理、とってもお美味しいです。レアン様のレストランを訪れたお客様は幸せです!」

 妹が感動している。

「君の料理も美味しいよ。とても……温かみがあるというか。優しい味だ」

 レアンが妹の料理を絶賛している。彼はまあ、自分で自分の食べやすい味に変換しているのだけれども。



 前世のゲームでいう好感度。

 そういうものが、二人の間でガンガン上がっていくのを感じる。

 さて。

 3人で仲良く街へ繰り出す事が多かったが――そろそろ頃合いか。オレは抜けよう。


 胸がチクリとした。

 ああ、可愛い妹を、とうとうオレから巣立たせる時が……!


 オレはその日、3人でいく待ち合わせ場所へはいけない、二人で行ってくれ、とレアンに言付けて一人で家に帰った。


 そしてその日からなにかにつけて、オレは行けない、と二人でデートさせる事にした。



※※※


「お兄様!! 最近ひどいです!! 私、もう我慢の限界ですっ」

 レアンとのデートから帰ってきたマルチナが、オレの部屋へ乗り込んできた。


「なにが?」


「約束しても、一緒にお出かけしてくれないじゃないですか!! ドタキャン続きですよ!?」

「いや、すまない。 色々と忙しくなってしまって」


「うそ! 侍女に聞いたんだから!! お兄様約束の日、家にとっとと帰ってきてボーッとしてるって!」


 侍女!!

 しまった、そこまで嘘を貫かなければならなかったか!?


「あ、いや。ちょっと考え事が」

「なんですか? 私とレアン様と出かけるのを断ってまで考える大事な事って」


 うーむ。

 これはちょっと真面目に答えないといけないか。

 己の脇の甘さを反省する。



「あー……なあ、マルチナ。おまえはレアンのことはどう思う?」


「え? レアン様ですか? 真面目で素敵な方だと思いますが……」


「レアンもお前とずっと……誘いを断る事なく出掛けてくれるだろ?」


「はい、良い人ですね。一緒にいると楽しいですし」


「おまえさえ良ければレアンとの婚約を父さんにセッティングしてもらえるよう頼んでやるけど、どうだ?」

「え……」


「いや、デリケートな問題だけど、レアンも結構モテそうだし。早めに……」

 そこまで言いかけた所で。


 バチン!!!!!


 オレは生まれて初めて妹にビンタされた。


「……え」


 目の前にはボロボロと涙を流すマルチナ。


「お兄様のバカ……」

「え、な。どうした……? レアンじゃだめだったか?」

「ダメ……です……」


「私は! お兄様が好きなのに!!!!」


 ばちーーーーーーーーーーん!!


 妹は再びオレの頬をすごい力でひっぱたいた後、自分の部屋へ駆け込んだ。



「……? ? ?」


 え、いや、だって。

 お前は妹で、オレは兄。

 血の繋がった兄妹だぞ、それは無理だマルチナ。

 オレだってお前のことは好きだ……正直、血が繋がってなければ、と思うことだってある。

 だが、それは駄目だ。


 オレは打たれた頬に手を当てながら、一人部屋で立ち尽くした。

 これは一体どうしたらいいんだ。

 由々しき事態だ、ヒロインが実の兄を好きになってしまったぞ!?


 ピコーン!


 その時、オレの『窓』が自動で立ち上がった。


「な、なんだ?」


 今までオレの『窓』のオレの説明欄には、ヒロインの兄、子爵家の嫡男……とか、ありきたりのことしか書かれておらず、スカスカな窓だった。

 そこにうっすら光る文字が追加されていく。


 隠しルート : 『実は養女でしたけど兄と幸せになります☆』の攻略対象。



「……は?」



 オレはその文字を二度見した後、父親の部屋へ駆け込んだ。




※※※




「マルチナ」


 オレはマルチナの部屋のドアをノックした。


「入っても良いか?」


 反応はない。


 しばらく迷ったが、オレは了承無くドアを開けて中へ入った。



 夕日が落ちて、部屋はうす暗かった。

 その中ですすり泣く声が聞こえる。


 見ると、ソファに座って泣いている。

 オレは、その横に座った。



「マルチナ」

 オレは遠慮がちに肩に手を置いた。

 手を払われる。


「悪かった、勝手にレアンとくっつけようとして」

「……」


「だけど、お前が泣いている一番の原因はそこじゃないよな?」

「き、聞きたくないです、お兄様なんてもう嫌いです。もう部屋から出てってください。大体部屋に入って良いなんて言ってないです!!」


 あの一瞬の出来事で嫌われてしまったか。

 いや、それはつい口から出てるだけなのは、わかる。


「勝手に入ったのは謝る。でも、オレはこの件を解決したいんだ。そして嫌いになられるのは困る」

「解決なんて、できません。ごめんなさい、勝手に私がお兄様を好きになってしまっただけです。忘れてください、お兄様」


 オレはマルチナの手を取ってキスをした。

 マルチナは少し頬を染めた。


 ――なんで今まで気が付かなかった。


 マルチナが家族の誰にも似ていないこと。

 いつしかマルチナのオレを見る目が、熱を帯びていたこと。


 いや、血が繋がっているからと、気付かないふりをしていた。


「忘れる事はできない。大切な妹だ。――そして、先程盛大にぶん殴られた不甲斐ない兄だったが、その兄をオレはいまから辞めようと思う」

「はい?」

「結婚しよう、マルチナ。あ、いや、まずは婚約してくれ」


「……。無理です。私達は血の繋がった……」

「繋がってない。お前はレストランで働いていた従業員夫婦の娘だ。お前の両親は事故で亡くなって……それで我が家で養女にすることにした、と父親にさっき聞いてきた」


「え、ええ……じゃあ、私、お兄様の妹じゃないのですか!? そっちはそっちでショックですけど……でも……でもそれじゃあ、今度は血筋が……私、平民の子ってことですよね……、お兄様に釣り合いません……」


「じゃあ、オレはお前に振られるのか?」

「え、いえ、その……」


「そういえば、さっき、嫌いになったと言われたな」

「あ……う……。実は嫌いじゃないです……でも、でも」


「マルチナ。オレとレストランやりたいって言ってたじゃないか。将来、一緒にやろう」

「でも」

「でも、だっては、ここからもう禁止だ」

 オレはそう言って、マルチナを抱きしめた。


「あ……」

 マルチナは、しばし戸惑った様子で身を固くしていたが、しばらくしたら、ぎゅっと抱き返してきた。


「一緒にレストランやりたいです! お兄様が大好きです!!」

 目に涙をいっぱい貯めて。頬を真っ赤にしてマルチナはそう、言った。


 うむ、もう誰にもやらん。


 オレは妹を失って婚約者を手に入れた。






 そして。

 学園を卒業した後、オレたちは結婚した。

 今では一緒にレストラン経営をしている。



 マルチナが厨房に立ちたがったので、オレが一緒に入れる時だけなら、とシフトを入れてやった。

 家でも使用人にまかせることなく、毎日ちゃんと家庭料理を作る。

 好きなだけ、やりたいだけやるといい。



 そしてそんなこいつのメシマズの秘密はオレが一生隠し通すのである。




                                終わり。


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