その青い鳥は活き方を探して旅に出た ~転生後は推し活やめて自分のために活きます!~

ねりを

第1話 プロローグ~ずっと好きだった~

草薙家の前には、レンガ造りの大きな洋館が建っていた。一体いつから建っているのか、誰の持ち物なのか、わからない。私は父方の農家をしている祖母と一緒に暮らしているのだけれど、ずっとここに住んでいる祖母に聞いても一体いつからあるのかわからないといっていた。

洋館の不思議なところは、それだけではない。

誰も住んでいないのに、朽ちたり雑草が生い茂って廃墟化しているということがないのだ。

春になれば、塀に見事に誘引されたバラが咲きだし、夏には青々とした芝生が庭一面に広がる。秋には赤く染まったかえでや銀杏の葉が見事にレンガの邸宅を彩り、冬は雪が静かに積もったサンタクロースの家のような風情を醸し出す。

おばぁちゃんの畑の仕事を手伝いながら、洋館の生活を思い描くのが好きだった。

きっと、なかには薪で焚く大きな暖炉があって、ふかふかの毛足の長い絨毯が敷いてあって…と、想像を膨らませていると

「莉緒、手が止まっとる。朝のうちにアスパラ摘まんと、かっちかっちになるで。一本も見逃すなよぅ」

とおばぁちゃんの現実しかない言葉で呼び戻されるのだった。


洋館に動きがあったのは夏休みだった。洋館を挟む道に次々にトラックが止まっていく。中から様々な家具や電化製品を運び出されて洋館に吸い込まれていく。

「誰かが住むのかなぁ?」

私が興味津々にその様子を観察していると、おばぁちゃんは

「そうだろうね」

といいながら、茄子やトマトの枝を短く切る。洋館の住人などまるで関係ない人物だといわんばかりに、ちっともトラックには目を向けない。



トラックが訪れて数日後

「こんにちは」

流暢な日本語で挨拶してきたのは、金髪碧眼、高身長、いかにもの感じの白人男性だった。傍らに黒髪ワンレングスのモデルのような女性が、紙袋から缶に入った高級な菓子を取り出して白人男性に渡した。

「つまらないものですが…」

すると白人男性はまるで日本人のようなイントネーションで頭を下げた。そして

「君たちもご挨拶しなさい」

と二人の後ろに隠れていた三人の子どもたちの背中を押した。

「こんにちは、コンセンス アリア 碧(みどり)です」

初めに長女らしき、女の子が水色のワンピースの裾をちょこんとつまんで挨拶した。母親似の細い黒髪と、手足の長さ、父親似の彫りの深い顔立ちをしている。

「よろしくお願いします。コンセンス シォドア 克(かつ)弥(み)です」

と次男が続いて挨拶をする。こちらは日本人のような涼しい表情で、出で立ちもどこか武士のように芯が通っている。最後に二人に隠れるように小さな声で

「コンニチワ。コンセンス アスラ 惺流(しずる)デス」

とちぐはぐなイントネーションの日本語で恥ずかし気にペコリと頭を下げた惺流の姿を私は忘れることができない。胸がドキドキと高鳴り、顔が熱くなった。

「はじめまして。草薙 莉(り)緒(お)です」

私の出した手を、惺流はしばらくきょとんとした顔で見つめた後、握り返した。青いビー玉のような眼が空みたいだと思った。

「リオ、アソボー」

握った手の白さに驚いた。毎日のようにおばぁちゃんと畑をいじっている私の手は爪の中が真っ黒で子どもながらにあちこちがガサガサで赤くひび割れていたが、惺流の手は白くつるりとした人形のような手だった。

惺流の構成する全てが完璧だと思えた。日に透かすと金色に光る髪の毛も、桃色の爪も、片言の日本語を作るその声も。

そう、私は一瞬で恋に落ちたのだ。



惺流はあまり外で遊ぶタイプではないらしく、常に家の中でゲームかアニメを見て過ごしていた。三姉弟でゲームをしていると、末っ子の惺流は操作が下手ですぐに負けてしまう。

何回も繰り返すと負けることが嫌になった惺流が癇癪を起す。私は、惺流が負けないように手加減をし、文字が読めない惺流にアドバイスをしながらゲームをした。

惺流は、日本語もできないが、英語も中途半端だ。私はおばぁちゃんのお手伝いでコツコツ溜めたお小遣いで子ども用の和英辞典を買い、なんとか惺流とコミュニケーションをとろうと頑張り、惺流がわからないアニメの解説もした。夏休みの間に惺流の日本語能力はほとんど上がらなかったが、私の英語能力は着々と上がっていった。


夏休みが明けて新学期になると、三姉弟は私の通う小学校に転入してきた。惺流は相変わらずの片言で挨拶をしたが、その顔の良さで女子受けが良く、男子にはやっかまれた。惺流は運動神経もあまりよくない。ドッジボールで男子から強い球を投げられ当てられたり、サッカーでパスしたボールに長い足を絡ませて転んで泣かされていた。


私が強くならないと決心した。早速、克弥の通っていた剣道場に入門し、体を鍛えた。

「そんなに惺流を甘やかすなよ」

と克弥は度々忠告していたが、もはや恋は、推しの領域にまで昇華し、聞く耳など持たなかった。惺流にやっかむいじめを成敗し私は彼を守るナイトになり、惺流を尊ぶ女子たちに同調しファンクラブの会長のように振舞った。



そんなこんなで、私の推し活は順調に高校生まで続いた。

惺流に合わせるために偏差値をギリギリまで落とした高校は、まぁそれなりに気に入っている。

一番上の姉の碧は中学卒業とともにモデルとしてスカウトされ上京し、惺流の両親は地方での仕事をひと段落終えたのか、惺流が高校に上がったくらいから東京や海外の拠点をあちこちしている。克弥は、洋館から通える国立大学に進学した。



「おはよう。克弥」

コーヒーを啜りながら、克弥は経済紙をタブレットで見ている。

「莉緒。おはよう」

私は、制服の上にエプロンを掛けた姿で、リビングや風呂場、まだ寝ている惺流の部屋を行ったり来たりして洗濯物をかき集めると、洗濯機を回し始める。

「朝ごはん、食べてくでしょ?」

と克弥に声を掛けると、

「あぁ。いつもありがとう」

という返事を待たずに、ご飯を炊き、卵を割る。

「お昼は?お弁当持ってく?」

と聞くと

「いや、今日はサークルのやつらと食堂でミーティングするから」

「そっか」

卵を二個で止めて、厚焼き玉子を作る。カニさんウィンナーと、ブロッコリーの塩ゆで、鶏つくねのお弁当を仕上げながら、味噌汁と焼き鮭、海苔とほうれん草のソテーの朝ごはんも同時進行する。

時間を見ると7時ちょうどだ。テーブルの上に二人分の朝食を作って

「朝ごはんできたよ」

克弥に声を掛ける。

「ありがとう」

ソファーを立つ脇を通り過ぎ、惺流の部屋に行く。スマホのアラームが鳴りっぱなしだが、目覚める気配はない。スマホのアラームを切り、寝る寸前までやっていただろうゲームを充電器に戻して、力の限り

「惺流!」

肩を上下に揺さぶり無理やり起こした。

ドタドタと勢いよく階段を下りる音、続いてシャワーの流れる音がするのを確認して、惺流の通学用のリュックサックに教科書を入れ替えして、そのままリビングに持ってくる。弁当箱を包んでしまうと、玄関の目立つ場所に置いておく。

「いただきます」

箸を取ると、すでに食べ終えた克弥が食器を流しに運んでいる。

「洗い物と、洗濯干しは俺がやっておくよ」

「助かる」

自分もさっさと食べ終え流しに運び、惺流の分の朝食をテーブルの上にセットすると、自転車で学校に向かった。



―一緒に登下校するのやめない?付き合ってるとか言われるのやでしょ?

この間、惺流言われた言葉が喉にチクチク刺さった。反論したくても考えてみればそんな資格は私にはない。傍から見ればただの世話焼きの幼馴染に過ぎない私に意見する言葉もなかった。



午前授業を終えると、午後は明日の文化祭の最終準備の時間に当てられた。自分のクラスは体育館での演劇にしたので前日の準備はほとんどない。

「実行委員会のほうに回っていいよ」

という言葉に甘えて、生徒会室に向かった。



―生徒会長になりたいんだけど…

惺流がそう言いだした去年の夏には何とかして受からせてあげなきゃという思いと、生徒会長に務まる器なのだろうかという葛藤で揺れ動いていた。

確かに惺流はビジュアルが良く、女子の人気もある。だが、受かった後にさまざまな行事の準備や仕切り、アクシデントの対応が出来るのかは疑問だ。自分も一緒に生徒会に入り、サポートをするしかない。

選挙掲示板に惺流の写真を大きく載せたポスターを作り、隅に自分の自己紹介文を載せた。派手なパフォーマンス染みた演説を惺流に書いて読ませ、自分は真面目な印象のアピール文を読んだ。

選挙結果は、生徒会長にコンセンス イアン 惺流、副生徒会長に坂口 愛楽という美男美女のコンビとなり、私はすれすれで書記4の役回りを獲得した。

生徒会メンバーは、生徒会長と副会長が広報的な役割をし、その他のメンバーが雑務や演説文の制作、計画を練ることになり、裏方作業ばかりをさせられるメンバーからは不満が漏れた。当然だ。苦労ばかりを押し付けられて、いいところ取りをさせられて良い気分になる人間などいるわけがない。出来るだけ、不満が溜まらないように雑用を率先して引き受け惺流に出来るだけ意識が向かないように努めた。



文化祭の本部にもなっている生徒会室に残っているのは、決算に間に合わなかった人たちの留守番要員だけだった。

「会長は?」

「副会長と、明日のイベントの準備だと…」

「わかった。決算は代わろうか?」

「すみません。クラスの準備を手伝わないと行けなかったので」

制服を規定通りに着る模範的な生徒は、生徒会室を出て行った。



ある程度予算には余裕を持って組んだものの、期限を過ぎることに対して一喝するのも役員の努めである。

「予算は期限内に報告してくれないと本来は承認できません」

承認印を押しながら事務的に告げると、

「予定通りに行かないことだってあるでしょ」

と、ぼそりと反論されてしまう。大体にして遅れて決算を通そうとするクラスや部活は適当である。年に一度のお祭りなのだから多少のことは目を瞑ってくれという自論ばかりを持ち出す人種だ。聞こえなかった振りをして、請求書と、所在、適正な費用かなどをすばやく確認した。

最終締め切りの時間が近づくと、さすがに訪ねてくる生徒もおらず、生徒会の窓から、運動場のパフォーマンスステージを眺める。明日のメインイベント、仮装ミスター&ミスコンの打ち合わせをやっている。司会は惺流と、副生徒会長の坂口愛楽だ。アイドルの衣装のような服を着た二人は美男美女カップルにしか見えない。台本を噛んだのか照れる惺流に、坂口愛楽がからかっている。

首を振ってエクセルシートに打ち込みをして最終の計算が合っているのか確認し、ノートパソコンを閉じた。まだ、風紀委委員との安全確認のための周回が残っている。



「そこの木の看板ですが、画鋲で支えているだけでは不安定ですので、外すか代替案で掲示するようにしてください」

警告書を渡すと、

「はい」

と代表者が受け取る。後ろではベニア板なんだからよくない?とちくりといわれる。

「今年は、草薙さんがいてくれて助かったよ」

風紀委員長のたすきをかけたメガネの男子がいう。

聞こえなかった振りをして次の教室を回る。自ら嫌われ者の役を引き受けて私は一体何を望んでいるのだろう。ポケットの中のスマホが鳴った。

―今日は文化祭実行委員と、ファミレスで食べてくるから夕食いらない

と、惺流からのメッセージ。本当に何をやっているんだろう。



文化祭が終わると、恒例のキャンプファイヤーが行われる。文化祭の掲示物で使ったベニヤ板などを燃やしながら、ステージでは軽音楽部や、ダンス部などの演目が行われるいわゆる後夜祭だ。暗闇の中、パチパチと燃える火を囲みながら、運動場ではグループやカップルが今この時を楽しんでいる。

私は一人、生徒会室に籠り、別に急がなくてもいい資料作りをしていた。

生徒会で規律を作るために周囲の人間と壁が出来ている。正しくあろう、強くなろうとした自分の固さが、いつの間にか孤立している現実を呼んだ。

自分で望んだはずだった。

この立ち位置を。

ふと、目を動かすと、惺流の姿があった。仮装コンテストのドラキュラの姿をした彼の頭には、金色の王冠と本日の主役というタスキがかかっている。隣には坂口愛楽が天使の衣装を着て銀色のティアラを付け本日の主役というタスキをかけている。

遠目でも二人はお似合いだった。

ふと、愛楽が惺流の耳元に近づいて何かを伝えた。

二人の影が重なった。



そのとき私は胸の中にぐるぐると渦巻く不快な感情をはっきりと確認した。

二人の関係に私は口を出すことなんてできない。

そんな資格ない。私が望んでやってきたことの結果なのだから。

裏切られたなんて思う自分が気持ち悪い。

フラフラと椅子から立ち上がると、階段を降り、眩しく騒がしいグランドを避け、裏門から出ると、私は走り出した。

胸の中の粘つくどす黒い気持ちを振り切ろうと、手足をばたばたと振り回す。

視界が涙で靄がかっている。

喉が嗚咽で詰まり息ができない。

勝手に期待していただけなのに報われないなんていう資格は私にはない。

こんな気持ちになるんだったら、何もかもするべきじゃなかった。

こうしていれば…いつか振り返ってくれるだろうって甘い気持ちが気持ち悪い。

そのとき、左側から大きな黒い影が現れて私を飲み込んだ。

バァァーーン

大きく響くクラクションが一足遅れて鼓膜に届いた。

人形のように投げ出された足に痛みはなかった。

あぁ…これが走馬灯ってやつか。

現実を映さなくなった私の瞳に初めて出会った天使のような幼い惺流が笑いかけた。

好きだといっていたら、結果は変わっていただろうか。

いや…そもそも好きな人のために生きるなんて生き方を選んだのが間違いだった。

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