見上げれば降るかもしれない

長月瓦礫

見上げれば降るかもしれない


少し歩けば、陽気なクリスマスソング。

少し見上げれば、派手に彩られた様々なオブジェ。

そして、少し隣に浮かれた表情のカップル。


見ているだけで嫌になってくる。おなかの虫が鳴く。

町はキラキラで美味しいものがいっぱいあるのに、手が届かない。


「空から降ってこないかな……」


私は顔を上げた。何かのまちがいでプレゼントが落ちてこないかな。

そんなことを思って何もない夜空を見上げた。


ビルのキラキラとした光はどこか冷たい。

そんなものを見ていても仕方がないのに、私は目を離せなかった。

だんだんと声が近づいてきて、それは大きな音を立てて私の前に落ちたからだ。


ゆっくりと目を開けると、男の人が倒れていた。

高いところはないはずなのに、どこから落ちてきたのだろう。

私以外、誰も気づいていないのはなぜだろう。


私は何もできずに突っ立っていると、男の人はゆっくりと起き上がった。


「……全身痛い」


一言だけ呟いた。血が出るどころか傷一つない。

この人は何者なのだろうか。


「さすがに骨も折れたかー……? つか、ここどこだ」


私のほうを振り返って、じっと見る。

沈黙が下りる。


「見てた?」


「大丈夫ですか?」


いろんな意味で、という言葉をぐっと飲みこんだ。

空から落ちてきたのに、傷一つない。

それどころか、すごく元気だ。

しばらく頭をひねりながら、ぶつぶつと呟いていた。


「俺は大丈夫。骨は折れてないっぽいし。スマホもまあ、平気かな」


彼はへらへら笑いながら、ポケットからスマホを取り出した。

バラバラになっていてもおかしくないのに、画面に傷一つなかった。


「まあ、お互いに悪い夢でも見てたってことで。

クリスマスなんだし、こんなこともあるよ。多分きっとね」


「本当に大丈夫なんですか。救急車を呼びましょうか?」


「いや、ちょっとそれは非常に困るかも!」


「なんで?」


私もスマホを取り出した。

ママに買ってもらってから、何年経ったか分からない。

でも、新しいのが欲しいとは言えない。ママが悲しむのは嫌だから。


「なんでって……そう! 俺はソリから落ちたから!

ここにいるのがバレたら、さすがに怒られるっていうか、ね!」


「ソリ?」


「そう、俺はサンタクロースの息子なんだよね!

さっきまでクリスマスプレゼントを配ってたんだけど、運転があまりにひどいもんだから、俺はソリから落っこちた! そして、気づかれていない! これは困った!」


彼の動きはあまりにも大げさで、本当のことを言っているようには見えなかった。

とっさに考えた嘘なのはすぐに分かった。

だけど、私はそれを問い詰める気になれなかった。


「じゃあ、サンタさんが行く場所も分かるのね」


「え? もちろん、そりゃあね」


「急ぎましょう、クリスマスが終わっちゃう」


私も何かを期待して空を見上げていたわけじゃない。

声が聞こえてきたからだろうか。

まあ、サンタクロースの息子が降ってくるとは思わなかったけど。


「それで、どこに行くの?」


彼のスマホに地図と点が表示されただけだ。これでは何も分からない。

私のスマホなら、行きたい場所まで連れて行ってくれるのに。


「まあ、今いる場所は分かったし大丈夫でしょ。すぐに追いつくさ」


「そうなの?」


「世界中の子どもたちにプレゼントを配るんだから、地図くらい読めないとね」


自信満々に彼はそう言うから、私は後ろを歩いた。

スマホを片手にサクサクと歩いている。


「そうだ、お腹すかない?

俺さ、一日中働きっぱなしで飯も食ってないんだよねー」


「そうなの?」


「そう、世界中を駆け回ってるからね。忙しいんだ、何かとね」


彼はハンバーガー屋に入っていった。

オマケでおもちゃがもらえるセットがあって、それに憧れていた。

ママはこういうお店が好きじゃないみたいで、いつも避けていた。


でも、今日くらいはいいよね。クリスマスだもん。

私も続いて中に入った。人は誰もいない。


トレーに山のように積まれたハンバーガーを持って、彼は席に座った。

向かいに座った私に一つ手渡した。できたてはすごく暖かい。


「あれ、嫌いだった? まあ、炭水化物の塊みたいなもんだからね。

違うのにする? といっても、そんなに種類ないけど」


次から次へとハンバーガーを食べていく。

一体、いくつ買ったんだろう。


「……いただきます」


私も紙を開けて、一口かじる。暖かくてシンプルな味が広がる。

ママは体に悪いと言って、絶対に食べなかった。

好き嫌いするなと言っているのに、なぜなのだろう。


ゆっくりと食べて、最後の一口は切なさと一緒に飲み込んだ。


「ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした。いやあ、食べた食べた。

さて、そろそろ行きますかね」


輝く夜の町を歩きだした。

私たち以外の人はぼんやりと光に紛れて、よく見えない。


「そうだ。俺はサンタクロース氏の息子だけど、何か聞きたいこととかある?

今なら何でも答えるよ」


「サンタさんのこと、聞いていいの?」


「いいよ、今日だけ特別」


「サンタさんはいつ寝てるの?」


「暇さえあればぐうすか寝てるよ」


「サンタさんもプレゼントをもらうの?」


「プレゼントを開けた時のみんなの笑顔がプレゼントみたいなもんだから、気にしなくていいよ~」


「サンタさんは何が好きなの?」


「有給休暇」


「嫌いなものは?」


「サービス残業」


どんなことでもリズムよく答えてくれた。

いつの間にか、プレゼントを配る子の家の前まで来ていた。

私の家の隣の子、顔も知らない女の子。

家の前もライトアップされていて、すごく綺麗だ。


「ねえ。プレゼントがもらえない子がいたら、どうするの?」


思わず聞いてしまった。

今日の夜、ママは帰ってこない。私は眠れなかったから外に出た。

彼はしばらく黙ったまま、肩をすくめた。


「……悲しいかな、サンタクロース氏の存在は平等でもプレゼントは誰にでも与えられるものじゃない。この世の摂理を知ってほしくなかったけど、仕方があるまいね」


つまり、私のところには来ないということか。

すぐ近くなのに来ないのか。


この人に何かを期待していたわけじゃない。

嘘をついているのは分かっていたはずなのに、今にもばらばらに壊れてしまいそうだ。


「まあまあ、そう落胆しないで。明日まで待ってくれないか? 

ちょっと考えておくからさ」


「明日?」


「そう、ここまで付き合ってくれたんだから、何かお礼をしないとね。

それじゃ、おやすみなさい」


私はそのまま自分の部屋に戻って、眠ってしまった。

一人の夜はいつものことなのに、なんだか寂しい。

少し前に食べたハンバーガーの味を思い出していると、朝になっていた。


さっきからずっとインターホンが鳴っている。


リビングに行っても、ママはいなかった。

家に帰らずに仕事に行ってしまったらしい。


何も飾り付けされていない殺風景な部屋、クリスマスなんて嘘みたいだ。

今日はきっと、何もない日なんだ。


玄関の扉を開けると、リボンが結ばれた箱を持った彼がいた。


「やあ、昨日はどうも」


彼はひらりと片手を上げた。


「……嘘じゃなかったの?」


「なんのこと?」


「なんでもない」


私は流れる涙をぬぐいながら、首を横に振った。

別に待っていたわけじゃないのに、涙がとまらない。


「ああ、そうだ。これを渡さないとね。メリークリスマス」


彼は箱を私に差し出した。

今日はクリスマスだ。

きっと楽しい1日になるに違いない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見上げれば降るかもしれない 長月瓦礫 @debrisbottle00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ