第25話 ホワイトアクセスマジック 25

「いつまでも邪魔をするのも悪いし、うちらだけで遊ぼうか。あの小学生の男の子も、遊びたがってたみたいだから一緒に」

 成美が司を誘う。

「えー、でもー」

 司は江山君をちらっと見た。

「……じゃ、江山君。東野と交代ね」

「え?」

 いきなり言われて戸惑いを見せる江山君に、成美はにっこりと微笑んだ。そう言えば、東野君はどうしてるんだろ。

「だって、あなたが出て来ないと、司が動きそうにないし。東野の奴はどうせ、朝のおめかしに余念がないんでしょ」

「ま、そんなとこだろうけど」

 江山君があたしの方に視線を落としてきた。

「いいよ、行って。ずっと看てもらってちゃ、悪いわ」

「そうかい? 大丈夫?」

「うんうん。折角だし、東野君にもちやほやしてもらって、女王様気分を味わおうかな、なんちゃって」

「女王様の使い方が間違ってる気がする」

 そんな江山君を寝床の中から押して、みんなと行くように促した。成美が出て行くとき、「東野に襲われそうになったら、大声を上げるのよ」とアドバイス?をくれて、笑わせてもらった。

 一人になると、当たり前だけど静かになって、頭が痛いのを思い出しちゃった反面、これでもうぶり返すことはないだろうと気が楽になる。それに、人目を憚ることなく、管理小屋の戸口をじっと見ていられる。

 布団から出て、窓に近寄り、首を傾けて、ねじってみた……見えない。角度が悪く、この部屋からはどうがんばっても無理そう。

 しょうがない、元気になったことにして、外に出てみようかな。

 そう考えた矢先、

「何だこりゃ――うわあぁ!」

 と、野太い声による悲鳴が轟いた。聞き間違えでなければ、あれは苫田さんの……。じゃ、犯行を防ぐことに成功したんだ、あたし達。

 でも、ここまで届くような叫び声を、大の男が上げるなんて、一体? まさか、今朝になって、犯人が犯行に及んだ?

 悪い予感を打ち消そうとしても、無理だった。苫田さんの声が、続いて聞こえてこないのも気になる。居ても立ってもいられず、部屋を出る。管理小屋が見通せる、ガラス張りのドアを目指して走った。

 ドアが見える位置まで来て、先客がいることに気付いた。呆然とした風に突っ立っているその後ろ姿は、瀬野さんに違いない。

 病人らしくした方がいいかなと判断し、スピードを緩めたあたしは、静かに近付いた。実際、走ったせいで顔が熱っぽくなってる。

 何が起きたのか、この目で見ようと、瀬野さんの後ろから覗こうとしたとき、つぶやきが聞こえた。

「――天罰ってあるんだな」

 やっと聞こえるほどのごく小さな声だった。もしかしたら、聞き間違いかもしれないんだけれど……。

「あの」

 声を掛けたのと、瀬野さんが一歩を踏み出したのとはほとんど同時だった。でも瀬野さんは立ち止まり、振り返ってくれた。

「何でしょう……おや、もう体調は戻りましたか?」

「横になってたら、苫田さんの悲鳴が聞こえて、気になって」

「ああ、それなら。ほら、ご覧なさい」

 何故か瀬野さんはにやりとしたかと思うと、ガラス越しに外を指差した。

 あたしは瀬野さんより前に出、ドアに手を当てる形になって外を見た。

「あ……苫田さんが転んで、尻餅をついてる」

 雪に囲まれた管理小屋、その戸口を出てすぐの地点で、苫田さんが両足を前に投げ出すようにしてへたり込んでいる。転倒した際に強く打ったのか、左の肘や手首の辺りをしきりにさする様子が見て取れた。

「ど、どうされたんでしょう」

 あたしは動揺を隠しながら聞いた。

「僕も瞬間を目撃したわけじゃありませんが、雪が積もってることに気付かず、不用意に踏み出したせいで、転んだんじゃないですか」

 当たり前の答が返って来る。誰が見てもそう考えるだろう。

 あたしが降らせた雪で、苫田さんを足を滑らせ、痛い目に遭ったんだわ。犯罪からは守ってみせたのに、これじゃあ……。

「彼を助けなければいけないので、これにて失礼します」

 瀬野さんが行こうとする。

 あたしは心に引っ掛かったことを取り去るために、急いで聞いた。

「あの! 瀬野さんがこのお仕事で苫田さんと顔を合わせたのは、昨日が初めてですか?」

「よく分かったね」

 瀬野さんは今までになく、ざっくばらんに言った。

「この役目、元々は別の者の担当だったのですが、事故でそいつが動けなくなりましてね。急遽代役に選ばれたのが、自分です。苫田さんとは事前に電話で言葉を交わしたくらいで、どんな人物が分からず、不安もありましたが」

 途中で言葉を区切ると、瀬野さんは再び外に目を見やった。

「まあ、どうにかうまくやって行けそうです」

 そう言うと、これまでの穏やかな表情に戻り、瀬野さんはガラスのドアを開けた。入り込む空気は、案外冷たくない。

 朝日がまぶしい景色の中、慎重だが大胆な足取りで、瀬野さんは雪の上を急いで行った。


――Period3.終

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アクセスマジック ~ 記録された魔女っ子の物語 ~ 小石原淳 @koIshiara-Jun

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