第6話 飛び散った欠片
翌日も、翌々日も、仕事が終わると自宅で酒を飲み続けた。こんなに気持ちが荒れたのはいつぶりだろう。飲むお酒がなくなると、すぐに近所のコンビニへ買い出しにいく。テーブルの上に並んだ空き缶や瓶がむなしく転がって床に落ちた。
翌週末、北村からもう一度三人で飲まないかと誘われたけれど、一週間小遣いをお酒に費やしたため、その日は断った。けれど、どうしても北村に会いたかった私は、待ち合わせだと言われた時間に例の創作料理屋に向かった。
物陰からこっそり二人が中に入るのを見送って、近くの公園で3時間ぼーっと過ごした。若者たちが、公園で飲みながらはしゃいでいる。自分が何をしているのか、何をしたいのかなんてこの時はすでに分からなくなっていた。これが夢なのか現実なのかさえ区別がつかないほど、この一週間で心は打ち砕かれた。
夜が更けて、ようやく二人がお店から出てきた。途端、スイッチが入ったかのように私の足はふらふらと二人のもとへと向かう。先週と同じで、北村は泥酔し、早坂は北村を支えるようにして歩いていた。二人に何を話すのかと決めているわけでもない私は、想い合う幸せなカップルに近づく。コロン、と何かが爪先に当たった。公園でお酒を飲んでいた若者たちが捨てていった空き瓶だと気づいた。私はそれを手に取って、二人のもとに駆け寄る。あの女の頭を目掛けて、空き瓶を振りかざした。「きゃあ」という悲鳴と「どうして」という叫び声が響く。
どうして、男のあなたが私を狙うのか。
頭を抱えながら振り返った早坂の顔がそう語っていた。
◆◇
ドンドンドン!
「ドアを開けなさい。警察だ」
玄関のドアのけたたましい音で、私は目を覚ました。頭が熱い。ぐわんぐわんと視界が揺れていて、今自分がどこにいるのか一瞬分からなかった。が、かたわらに眠る北村の死に顔を見て思い出す。そうだ。私は一週間仕事を休んだ。彼を縛って動けなくしたあと、ゆっくりと死に追い込んだのだ。それなのに、いまの夢は彼ではなく、早坂の方を殺す夢だった。本当は私は、どちらに消えて欲しかったんだろう。早坂か、北村か。分からない。でも一つだけ分かっていることは、男性しか愛せない男の俺が、本気で恋したのが北村だった。
「早坂さんを、写真のモデルにしたかったんだ……。恋愛感情なんかない。風景ばかり撮ってきた僕の新しいチャレンジだったんだ。本当だよ」
死に際に彼が呟いた言葉を、私は信じていないわけではなかった。確かに彼は早坂のことを、「慣れていない」と言った。それは恋愛に、ということではなく、写真のモデルに、という意味にもとれる。
一瞬、彼を殺すのをためらった。でも、それ以上に私は嫉妬心で狂ってしまっていた。たとえ写真のモデルとしてしか早坂のことを意識していなかったとしても、彼女の方にはその気があったかもしれないのだ。
「私は——俺は、あなたを愛してたんだ」
彼に伝えたいと思う言葉があるとすればそれだった。私にとって一世一代の告白に、心臓がうるさいほど音を立てた。告白の返答次第では、彼を解放しようとさえ思っていたのだけれど。
「……気持ち悪い」
北村は獣を見るような目で私のことを睨みつけた。その目が私を鬼へとかえした。身動きの取れなくなった北村に、最後の一撃を食らわせた。テーブルの上に置いてあった空の酒瓶を大きく振りかざすと、彼の命と一緒にガラスの欠片が飛び散った。夢の中で早坂を殴った時の感触と同じだ。息絶えた彼の周りには、持て余した愛の欠片がそこかしこに散らばっていた。私はついにそれを拾うことができなかった。
バン、とドアが開く音が聞こえる。力づくで警察がドアを開けたのだ。ドタドタと警察が上がり込む。ベッドの上の布団をめくり、そこに眠る彼の様子を確認する。袋の鼠、というわけか。
「天野夕さん、警察です。北村健一殺人容疑の件で署までご同行願えますか」
冷酷な瞳を揺らした警察が、ベッドの上に寝転がされた北村の死体を確認する。
身体を押さえつけられ、腕に手錠をかけられた。もう逃げ場なんかない。警察に身体を引きずられながら見た虚ろに開く北村の瞳が、私に笑いかけているようだった。
【終わり】
愛の欠片 葉方萌生 @moeri_185515
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