永遠の在処

よだか

永遠の在処

 桜が散るころになると、いつも彼女のことを思い出す。


 ちなみに僕の体感だと桜の花びらが散る速度は秒速1メートルくらいだ。

 まぁ、そんなことはどうでもいいや。

 大事なのは、僕たちが出会ったのもちょうど桜が散るころだったということだけだ。




 それは中学二年生になった春のことだった。


 そのころ僕は、世界のどこかにある(と信じていた)「答え」。言い換えれば、この世のすべての本質みたいなものを必死で探していた。


 この世界のどこかに切れ込みがあって、そこに爪を引っかけることさえ出来れば、シールを剥がすみたいにぺりぺりと一気に剥がすことができ、そしてその内に記された真実を教えてくれるものだと信じていた。


 


 そしてそれを理解している人間は、大人も子どもも関係なく、ほとんどいない。

 その手がかりを探そうとする人間は、日々を漫然と生きる多数とは違うマイノリティであり、分化された人間なのだ。


 周囲と上手く関わりを持てない人間にとって、そんな思いが唯一の拠り所となろうとしていたとき、僕は彼女と出会ったのだった。




 その日は雨が降っていた。


 昼休み、僕はいつものように、人の来ない実習室の廊下で窓の外を見て時間をやり過ごしていた。

 しとどに濡れる桜の花びらが、散るというよりは落ちていく様子をぼんやりと眺めていたときだった。


「花開けば風雨多し、人生別離たる」

 最初に話しかけてきた――というより、独りごちたのは彼女だった。


 いつからか彼女も実習室の廊下にいて、僕と同じように窓の外を眺めていた。

 僕は彼女を一瞥すると、再び窓の向こうへと視線を向ける。そして僕もまた、独りごつ。


「……さよならだけが人生だ」





――さよならだけが人生ならば、また来る春は何でしょう――





 彼女は僕と同じであり、そして僕は彼女と同じだった。

 セカイのイミを探そうとする共通の目的は、僕たちの距離を桜が散る速度よりも速く近づけていった。


 夏になると僕たちは深夜に家を抜け出しては田園の農道で落ち合うようになった。

 そして、二人で宇宙を見上げ、この世界に隠された秘密について語り合った。


 それは今にして思えば、天と地に横たわる巨大で漠然とした隔たり――人生とか将来とか呼ぶべきものから目を背けたただの逃避行でしかなかったのだが、その時の僕たちにとっては世界の理に手を延ばそうとする特別で神聖な、ある種の儀式とも呼べる行為だった。


 そしてそれを僕たちは永遠と名付け、分かち合っていた。

 その時の僕はまだ、純粋でそれ故に無責任な行為には代償が伴うことを分かっていなかったのだった。




 季節が一周し、再び春を迎えようとするころ。


 僕は世界の切れ込みを探すのではなく、世界に切れ込みを入れようとするようになっていった。

 そのことが自分を、そして彼女を傷つける結果となるとわかっていても、もはや僕自身にも止めることは出来なくなっていた。


 僕は自分が特別ではないという事実に気づき始めてしまったことに焦っていたのだと思う。

 僕に残された身を守る唯一の方法は、純真さという刃こぼれしたナイフで周りにあるものを手あたり次第に切りつけて、全てを遠ざけることだった。




 現実と折り合う知恵も、抗う術も持たない子供は、目を瞑り、耳を塞ぎ、口を閉じて大人になっていった。

 やがて『セカイのイミを探求する』という観念は目的を失い、その忘念だけが焦燥と情動となりさ迷い続けることになる。




――あれからずいぶんと長い時間が経った。




 あの夏の夜、僕たちが見上げたものはなんだったのか。僕を突き動かしていた衝動はなんだったのか。それすらもう、今は思い出せない。

 けれど、忘れることも出来ない。たぶん、そいつは僕が死ぬまでついてまわるのだ。


 世界の意味はやはり見出せないけれど、今にしてわかったこともある。


 我々が人生を謳歌する時間は桜が咲き誇るよりも短く、そして別れのスピードは桜が散るよりも速い。

 あの日見つけた永遠の在処。それは僕たちには決して手の届かない場所にあるのだ。




 僕たちに永遠はない。いつかは散り土へと還る。

 しかし――いや、だからこそ、今ここにある今日を紡いで生きているのだ。

 僕と君の二人で。

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永遠の在処 よだか @A1_eiichi

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