第35話 非情の武器クラッシャーもしくは撲殺の魔女
◇
騎士選抜試験予備大会の約二週間前より、いわゆる予選が開始される。
わたしのような何の実績も無い一年生は、この予選から勝ち上がっていかねばならない。
ユーディットあたりだと、当たり前のように予選免除だ。
というか彼女、すでに王国騎士団に入れるだけの実力と名声を得ているのだから、後進に譲って辞退しろと言いたい。
学生の中でも飛び抜けて強いしね。
「な、なんでネロヴィアといきなり当たっちゃうわけ……?」
そんな予選会場にて。
わたしの初回の対戦者は、何とダリアだったりした。
「運がいいじゃない。わたし一年生よ?」
学年など関係無しに行われるから、普通、同学年同士での対戦となることは、一般的に運がいいと言えるだろう。
「悪いわよ!」
何か逆切れされたし。
「こ、殺さないでよ?」
「そんなつもりないけど……いったいわたしってどういう風に見られているわけ?」
一応の友達にもこんなことを言われる始末だ。
ちょっと人間不審に陥りそう。
「それにほら? 剣は使わないから安心して?」
「なによその凶悪な武器!」
「杖だけど?」
わたしが掲げてみせるのは、いわゆる扁拐タイプの魔法の杖。
材質はカシナラという固い木材を魔法で焼成して加工し、硬度と耐久性を向上させた火ノ木の棒を杖状にしたものだ。
形こそ魔法使いの杖に見立ててあるけれど、かなり重くて大きく、取り回しは難しいものの耐久性が高く、殴打武器としては悪くない武器だ。
でも固いとはいえ金属に敵うはずもなく、それなりの熟練者であるならば、剣でこれを両断することもできるだろう。
一方で靭性では遥かに勝るため、剣の横っ面で受けようものなら多分、圧し折れる。
あと殴打武器だけに、鎧で防御していても打撃を通すことができるのも魅力的だ。
「これって騎士の試合なんだけど!」
「武器は自由でしょ?」
槍でも斧でも別になんでもいい。
騎士は必ずしも剣だけで戦うものでもないしね。
だったら杖だって大丈夫のはずだ。
一応、狂乱の杖は使わないつもりだから、わたしなりに配慮しているし。
「というかどう見ても騎士として挑んでいるように見えないし!」
「そう?」
わたしは改めて自分の格好を見返してみる。
装備は基本的に自由。
財力に余裕のある者は、しっかりとした鎧を着こんでくる場合もあるし、身軽な軽装で挑む者もいる。
わたしは面倒だから制服のままで、その上に以前デュラフォアからもらった黒のケープと帽子を被っているというスタイルだ。
どう見ても魔法使いのコスプレである。
騎士の大会に喧嘩を売っているとしか思えない恰好だ。
「前から言ってるでしょ? 魔法使いの杖で騎士をぶっ叩くのが夢なんだって」
「あたし本当に命大丈夫なの!?」
ダリアはもはや悲鳴に近い声を上げている。
大げさよね。
「じゃ、そろそろ始めない? 後がつかえているし」
「うう……お父さん、お母さん……あたし駄目かもしれない……!」
涙目になって何かに祈りを捧げていたダリアを律儀に待ってあげる。
そしてついに、意を決したのか剣を振りかぶり、わたしへと踏み込んできた。
うん。やっぱり素人じゃないわね。
ここに来るまでどういう人生だったのかは知らないけど、すでに基本ができている。
これでレベルが高ければそれなりの剣士と呼べただろう。
でも今のダリアではレベルは10も無いだろうし、歳相応だ。
振り下ろされる一撃を、わたしは極力優しく打ち払う。
あっさりと手を離れて飛んでいく剣。
壊さずにすんで良かった。
「あ――」
振り上げた杖を、今度は振り下ろす。
ダリアの脳天目指して。
こんなものを打ち付けられたら、人間の頭蓋などぱっくりだ。
なので当然寸止め。
「ひゃ……!」
可愛い悲鳴を上げてうずくまるダリア。
「……続きする?」
戦意が残っているのなら、もう一度立ち合ってもいいかと思って確認してみる。
「降参! 負けよ負け! こんなの勝てるわけないじゃない――!」
あ、泣いちゃった。
「こ、怖かったよぉ……!」
そして号泣。
おかしいわね。
こんなに優しくしてあげたのに、どうして泣くのだろう。
解せないとはこのことだ。
◇
こんな感じで予選の日程を、わたしは次々に消化していった。
予選から暴れても仕方がないので、基本的に相手の武器を破壊して終わらせる。
ダリアは友達だったから手加減したけど、他の連中にそんなことする必要は無い。
とにかく戦意を挫く程度に、対戦相手の武器を壊していった。
おかげでけっこう泣かれちゃったわけで。
高学年が相手の場合はともかく、一、二年生くらいが相手だと、ショックでみんな涙するのだ。
可愛いものである。
そういうわけで予備大会が始まる頃には、わたしは非情の武器クラッシャーの異名を奉られることになっていた。
嬉しくない。
ともあれようやく大会開始である。
「あれほど手加減できるのでしたら、わたくしは不要な気もするのですけど」
そう言うのは約束通りわたしのセコンドとしてついてきたセレスティアだ。
「何言ってるのよ? これからはガンガンぶっ飛ばしていくわよ」
ぶるん、ぶるん、と杖を振り回すわたし。
「……ネロヴィア様って、魔法使いですよね?」
「そうよ?」
「バーサーカーに見えてきました」
この女も大概失礼な奴だ。
なんでこんなのが聖女候補になれるんだろう。
ここで脳天叩き割ってやろうか。
そんな誘惑を我慢しつつ、わたしたちは会場入りした。
会場もこれまでの学院内にあった仮設の試合場ではなく、王国騎士団所有の闘技場に移る。
場所も広く、ギャラリーも多い。
一回戦から出てくることは稀だけど、王国騎士の連中やらも顔を見せたりする頃合いだ。
日程は一週間。
存分に暴れようと心に決めたのである。
◇
一回戦の相手は六年生。
フレデリク・エル・マレシャル。
マレシャル子爵の次男とかで、学院内での剣の評価は高い。
ユーディットほどではないけど、地方騎士程度のレベルは十分にある。
この先修練すれば、王国騎士団も夢ではないだろう。
そんな相手をわたしは一撃で粉砕した。
例の杖をフルスイング。
武器破壊だけなんていう、お上品なことはもうしない。
咄嗟に攻撃を切り替えて、剣で防御しようとしたのはご立派。
でも剣ごと吹き飛んで、広い闘技場の壁まで平行に移動し、ぶち当たってずるずると落ちていく。
静まり返る会場。
審判もぽかんとなっていた。
「わたしの勝ち? まだなら追い打ちするけど」
「しょ、勝者、ネロヴィア・ラザール!」
「はいどうも」
ひょい、と杖を肩に担ぎ、試合場から後へ。
足早に駆け寄って来るセレスティアが、溜息をついていた。
「本当に手加減なさらないのですね」
「したわよ? でも骨盤とか粉々になってるから、念入りに治してあげておいて」
「悪魔ですね」
「うるさいわね。あと内臓破裂も」
「はあ」
軽い小言の応酬の上、セレスティアはフレデリクの倒れている所に向かっていった。
将来を見据えているであろうセレスティアならば、ここで何としても完治させてみせるだろう。
ご苦労なことだけど、利用させてもらう。
わたしの気分はせいぜい頑張って聖女面することね、だ。
こんな感じで二回戦、三回戦を順調に勝ち進む。
どちらも結果はほぼ同じ。
真っ黒な魔法使いにしか見えない一年生が、杖で無双。
相手は一撃で戦闘不能。
再起不能に陥らないのは、即座に行われる治癒のおかげだ。
さすがはセレスティア、といったところか。
やっぱりこの歳でかなり魔法に精通しているし、熟練もしている。
果たしてどれほどのレベルなのか、たぶんわたしの想像の斜め上くらいはあるだろう。
そう思うと怖い女でもある。
ともあれ真っ黒なわたしの暴力無比な非道な勝ち方と、それを完全に癒してしまう真っ白な聖女のようなセレスティア。
それがセットで大会に現れるものだから、わたしたちは否応なく目立った。
とにかくセレスティアの人気が急上昇。
元々出自に優れていた女でもある。
そこに人気が加わればなるほど最強だ。
とはいえ思わぬところで目立ってどうも迷惑しているようだったけど。
ざまぁみろだ。
そして一方のわたしはというと。
なぜか一部で妙な人気が出ているとのことだった。熱狂的なファンがいるとかいないとか。
こんなわたしの性格や行動に惹かれるなんて、趣味の悪い連中である。
お近づきにはなりたくないな。
ちなみに情報源はダリアたち。
とはいえ大半には凄まじく敬遠されているようだけどね。
それが自然な反応である。
あと小耳に挟んだところによると、今度は撲殺の魔女なんていう渾名もつけられているとか。
今さらだからいいけどね。
さて四回戦。
言い換えれば準決勝。
実はここでユーディットと対戦することになっている。
彼女も順調に勝ち進んでいた。
当然である。
わたしの見たところ、学院内で剣士として彼女に匹敵し得るのは、六年生に一人いるくらいだ。
彼は平民でたぶんレベルはユーディットと同じくらい。
素直に大したものだと思う。
でも彼は今回大会に出ていない。
理由は知らないけど。
ともあれようやくユーディットが望んだ勝負ができそうだ。
わたしも真面目に取り組むことにしよう。
魔女堕ち聖女の悪役令嬢式世界征服術 たれたれを @taretarewo
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