第34話 白銀の十字会(後編)
「わたしのメリットは何かあるのかしら」
そう考えると、安易に断るのは下策だとも思うようになってきた。
関わり合いになんかになりたくないけど、でも、という心境。
この結社が前世でのわたしのあんな最期に至ったことに対し、何かしらの因果関係を持つのであれば、放っておくことなどできない。
というか復讐の対象だ。
場合によっては所属しているメンバーなど、みんな破滅させてやる。
「あるとも」
のってきたと思ったのか、ユーディットが頷いた。
「まず私たちの関係だ。あまり身分のことを持ち出したくはないが、平民のお前にとって、貴族とコネができるのは悪い話じゃない」
「まあ一面ではね。でも裏切られてぽい、は嫌よ?」
この前の殺人事件がまさにそれだ。
皮肉にユーディットは渋い顔になる。
「あれは私の不徳だ。その反省もある。それにネロヴィア、お前は裏切られて泣き寝入りするタイプではないからな。そういった意味では自分への戒めにもなるだろう」
わたしのグレーテへの仕打ちを目の当たりにしているユーディットにしてみれば、確かにそう簡単にわたしをはめたりするとは考えにくい。
「他には?」
「表向きはこのままこのサロンのメンバーになれる。一応、このサロンの主催者は私であるから、私を敵に回す覚悟が無い者は、お前にも手を出さないだろう。ネロヴィアの性格だと敵を作り易そうだしな」
確かに煩わしさは減るかもしれない。
ユーディットはその身分と実力に加え、武断的な性格だ。
正当性があれば、平民の頭を落とすことだって厭わないしね。
ちょっと騙され易そうではあるけれど。
「あと、いろいろと便宜を図ってやるとも」
なるほど。
なかなかの厚遇ともいえなくないか。
表面上だけでみるならば、学院での生活は格段に向上するだろう。
コネ万歳、である。
「ま、悪くないか」
とはいえセレスティアという猛毒の存在が無ければ、だけど。
それでもこれはあれだ。
竜穴に入らずんば竜子を得ず、みたいな。
中から探った方が手っ取り早いだろうしね。
あ、そういえばヘル、元気にしてるかな。
今度ちょっと召喚してみよう。
「ただひとつ、条件がある」
「条件?」
無条件では入れない、ということかな。
「今度の騎士選抜試験の予備大会に参加しろ」
「はあ?」
意図が分からなくて、首をかしげるわたし。
「どうしてよ?」
「誰の目で見ても分かる実績が欲しい、ということだ。私はお前の実力の一部を知っているし、推薦もしているし、セレスティアも認めているが、メンバーは他にもいる。ネロヴィアの場合はその実力を推しているわけだし、実績は何よりの証明になるだろう。優勝しろ」
「優勝って」
分かっているのだろうか。
この予備大会は学院の生徒ならば、基本誰でも参加できる。
そして学年など関係無しに行われる。
優勝するには上級生をことごとく倒していかねばならず、一年生では勝ち上がること自体、まず無理なのだ。
それを優勝しろとは。
「ユーディットだって出るんでしょ?」
「当然だ」
優勝候補の一人だものね。
「それってあなたにも勝てってことなんだけど」
「まあ負けるつもりはないがな」
わたしの入会を勧めているのか落とそうとしているのか、分からないわよね。
「それに、約束したな? 私と立ち合えと。いつでも問題ないと言ったのはネロヴィアだ」
「言ったけど、何も大会じゃなくていいじゃないの。そんなに恥をかきたいの?」
わたしは素直に心配して言ってあげたのに、ユーディットは表情をぴくつかせておでこを押さえていた。
「お前は息をするかのように、挑発してくるな……」
「そんなつもりは無かったけど」
純粋な善意である。
「まったく生意気で傲慢な下級生だ」
「自覚はあるわ。わたしの美徳ね」
「欠点だろう」
はあ、とユーディットは溜息をついてくれた。
「それではご参加なさるのですね?」
とセレスティア。
今度はわたしのこめかみがぴくつく。
「約束だし、出ろって言うのなら出るしかないけど……。でもわたし、魔法使い目指してるのよ? 騎士じゃないし」
あの大会で魔法はご法度。
純粋に剣技を競う。
「ネロヴィアなら剣無しでも勝ち上がれそうだが」
「もちろん、素手で殴り倒していく自信はあるけど、それで本当にいいの?」
「……いや。よくないな」
絵面を想像したのか、ユーディットも少しだけ苦い顔になった。
「剣で参加しろ」
「それだと本当に相手を殺しちゃいそうでまずいわね……」
剣の技量がそれほどでもない分、加減も下手なのだ。
「……本当に物騒な奴だな」
「そう? 割と常識人よ?」
だから参加方法でう~んと悩んでいるわけだし。
「どうだか」
でも信じてもらえないようだった。
「ま、何とかするわ。殺さなきゃいいんでしょうし」
そんな発言をするわたしに、じとっとした視線を向けてくるユーディット。
一方、セレスティアの様子はいつもと変わらず、穏やかなものだ。
ああ、胡散臭い。
「そうだ」
そこでぽん、と私は手を打った。
「名案を思い付いたわ」
閃いた、とばかりに顔を輝かせるわたし。
「聞いて?」
「いや、お前の名案はろくなものじゃないだろう」
数日前の経験のせいか、ユーディットは顔を引きつらせる。
が、無視だ。
「ねえセレスティア。あなたは出るの?」
初めてわたしは彼女へと語りかける。
「いえ。わたくしは魔法使いですので」
「剣も扱えるでしょ?」
セレスティアは万能だ。
魔法を主にはしているけど、剣も扱える。
そしてそこらの騎士よりも強い。
明らかに魔導騎士の素質を備えているといえるだろう。
クレーリアがセレスティアに憧れるのはその辺りが理由でもある。
「実はさほどでもないのです」
「ふうん。でも魔法は得意でしょ? 特に回復魔法」
「え? はい。それは……苦手ではありませんが」
「じゃあわたしのセコンドになってよ?」
突然の申し出に、セレスティアはぱちくりとさせた。
「出場者は魔法使えないでしょ? わたしの対戦相手って、たぶんひどい目に遭うから、すぐに回復させてくれる有能な魔法使いがいてくれればいいかなって思って」
「……それはセコンドとは呼ばないのではないか?」
などとユーディットが突っ込んでくるけど、知ったことじゃない。
「あとお前はいったい何をする気だ」
「普通にボコるだけよ?」
「いや、手加減してやれ……」
手加減しても危なそうだから、念のためにセレスティアを利用するのだ。
この女、回復魔法の類はそれこそ右に出るものがいないくらい。
わたしよりもうまかったし、わたしもけっこう回復してもらったからよく知っている。
「……大会の規定としては問題ないのでしょうか?」
さすがのセレスティアもちょっぴり困惑した様子だ。
「こういう大会だから、運営の方に何人も腕のいい魔法使いは用意されている。本戦なんかは特にだな。そのスタッフの一人という扱いにすれば、規定上、問題ないとも思うが……」
「ユーディットだって、もしかしたら死んじゃうかもしれないし。あ、もし死んでも恨むならセレスティアを恨んでね? ちゃんと回復してくれなかったセレスティアが悪いんだから」
「……責任重大ですね」
神妙な顔になるセレスティア。
ユーディットの方は引きつっていたけど。
「よし。なら参加しようかな」
そうと決まればどういうスタイルでいくかよね。
剣はやっぱり危ないかな。
別に騎士になるつもりもないし、要は勝てばいいのだし。
それならわたしの理想を体現させてもらおう。
にんまり笑うわたしを見て。
「……悪魔のような方ですね」
ほんわかと、セレスティアなどは平気で失礼なことを言うし、ユーディットも、
「はやまったかもしれないな、これは」
などと後悔する始末。
まあ知ったことじゃないし、わたしを焚き付けた以上、どうなろうが責任はちゃんととってもらえればそれでいいのだけどね。
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