第33話 白銀の十字会(前編)


       ◇


 わたしは二度目の人生ということもあり、未来に起こることは大雑把に分かってもいる。

 そのため驚くなんてことはあまりない人生になるはずだった。


 でもそんなことなんてありえない。

 幾度人生をやり直そうとも、驚愕に値することはしばしば用意されているものだ。


 そして今日も、わたしは予想外の展開に心の底から驚いていたといっていい。


 不意打ちも不意打ち。

 わたしは動揺するのを顔に出さないようにするため、全身全霊の力を使ったくらいである。


 ではいったい何に驚いたのか。


 そんなものはわたしの前にしたり顔で座っているセレスティアの存在に他ならない。

 何でこの女がここにいる! と叫びたい気分でいっぱいだった。


 そもそも話はわたしがユーディットに招待の手紙をもらったことに遡る。

 中に入っていたのは案に反して、しっかりとした招待状。


 たかだか学内で会うだけなのに仰々しいと思いきや、ちょっと様子が異なっていた。


 よく見ればサロンへの招待状。

 しかも偽造防止の魔法処置の施した代物。


 なんだこれ、である。


 サロンというのは貴族連中の社交界のようなもので、平民とは無縁の世界だ。

 学院内にも貴族がこれだけいる以上、派閥みたいなものは当然自然に出来上がる。


 その象徴がどのサロンに属しているか。

 これが一番分かり易い。

 前世のわたしはそんな面倒なものに関わる気も無かったので、誘われても無視し、おかげで当初いじめられていたわけだけど。


 ああ、そうそう。

 前世でわたしをいじめてくれていた貴族連中、今回わたしがやり返しても罰は当たらないわよね?


 などと思っていたらこれだ。

 早速罰が当たったらしい。

 ちょっと仕返しを考えていただけなのに。


 ともあれだ。

 わたしが招待されて向かった先は、貴族専用の学生寮。

 なかなか立派なものである。


 この学院、平民は学費をほとんど払わずともすむけど、貴族はしっかり払っている。

 その分の差であり、当然の待遇ではあるけれど、平民からみれば思うところが無いはずもない豪華さだ。


 その学生寮にはいろんな部屋が用意されていて、あちこちにお茶会が開けるような広い部屋がある。

 その中でも最高グレードの部屋に、わたしはいた。


 中で待っていたのは二人だ。


 ユーディット・エル・バルシュミーデ。

 わたしを呼び出した張本人であり、公爵令嬢に相応しい部屋ともいえるけど、もう一人がいただけない。


 セレスティア・エル・レシュタル。

 上座に座っていたのはユーディットではなく、セレスティア。


 白銀の髪が本当に目立つ、清楚なくせにどこか派手な女である。

 真っ黒なわたしとは大違い。


 そんなひがみは置いておくとしても、セレスティアの身分は曖昧なところも多いが、公爵令嬢よりも一段上として認識されている。


 ユーディットですら席を譲るのだから、公式の共通見解なのだろう。

 そんな女がなぜここにいる、である。


「よくお越しくださいました……ネロヴィア様。そう、お呼びしても?」


 気さくに声かけられる。

 甘い声。

 心地いい声なのは認めるが、わたしにとってはまったく反対の印象しかない。


「お前でもそんな顔をするんだな」


 意外そうな声を上げたのは、ユーディット。

 わたしの驚いた顔を見て、ということならば、動揺は隠しきれていなかったということだ。


「……好きにすれば」


 わたしはようやくそうとだけ答えておく。


「まあ座れ」


 確かに席はもう一つ用意がある。

 わたしの分だろう。

 黙って腰を落ち着ける。


「無視されるかとも思ったが、意外に律儀だな?」

「クレーリアを寄越しておきながら、よく言うわ」


 ふん、と鼻をならす。


 不機嫌さが全面に出てしまうのは、セレスティアの存在のせい。

 それを不意打ちでくらったものだから、どうにも心が落ち着かない。


 とりあえず文句も言いたいし、殴りたくもあるし、踏みたくもあるし、魔法をぶっ放したくもあるし。


 そういう衝動を抑えるのに頑張っているせいで、愛想などに構っている余裕はないのだ。


「わたしは平民よ? こんな瀟洒な場所に呼んでくれて何だけど、似合うとも思えないわ」


 座ったわたしは足を組み、頬杖ついて、太々しい態度で牽制する。


「セレスティア。事前に話した通り、これはこういう性格だ。大目に見てやって欲しい」

「構いませんよ」


 ユーディットはわたしの性格を知っているし、セレスティアはこんな程度で動じるような奴でもない。


「で、何の用?」

「お前でも彼女のことは知っているだろう?」


 ちらり、とセレスティアを一瞥するわたし。


「知ってるわ」


 頷くと、その当人が立ち上がった。


「セレスティア・エル・レシュタルと申します。以後、お見知りおきを」


 丁寧な挨拶に、舌打ちしたくなるのを堪えつつ、返礼する。


「ネロヴィア・ラザールよ。もう知ってるみたいだったけど」

「貴女はちょっと有名人ですからね」


 くすり、と微笑むセレスティア。


 有名ね。

 どうせ悪名の方だろうけど。


「今回、ユーディット様にお願いしてネロヴィア様をお呼び立てしたのは、わたくしです」


 でしょうね。

 だから思いっきり警戒しているのだ。


 本来、わたしとセレスティアが直接顔を合わすのは、もっと先の話である。

 今の聖女が不慮の死を遂げて、新たな候補が集められるその時まで、わたしたちは会うことはない。


 もちろん同じ学院にいたわけだし、一方的にこちらが認識はしていたけれどね。

 でもこんなに早く、しかもセレスティアの方から接触してくるなんて、あまりに予想外だった。


「それはどうも。でもどうして? 理由を聞きたいわね」

「私から説明しよう」


 口を挟むユーディットに、わたしは視線を向ける。


「わたしが推したこともあるしな」


 何だかよく分からない事情があるらしい。


「ネロヴィア。白銀の十字会に入る気はないか?」

「は?」


 これまた予想だにしていなかった単語に、わたしは目をぱちくりさせる。


「お前が驚く顔を見れるのは、何だか気持ちがいいな」


 人の悪い笑みを浮かべるユーディットに、わたしはむすっとなる。


「なによそれ? 黄金の十字団なら聞いたことあるけど」


 聞き違いかと耳を疑ったのは、その白銀の十字会とやらが初めて聞く名前だったからだ。

 前世でも聞き覚えがない。


 代わりに知っていたのが黄金の十字団。

 いわゆる秘密結社のようなものだ。


 その教義は大陸の統一。

 十字は人間と魔族の統一を象徴しているとか何とか。

 けっこう過激な強硬派集団である。


 いろんな騎士や剣士、冒険者、魔法使い、政治家、商人、資産家などがこっそり参加していて、前世で魔族との戦争を煽ったのも、こいつらだったはず。


「あっちとは別物だ。目指すべきところはあれと同じだが、やり方が違う。白銀の十字会は平和的に大陸の統一を目指している」

「ふうん?」


 そんな秘密結社があるなんて知らなかった。

 そしてそこに、恐らくセレスティアが所属していたことも。


 本当にこの女は秘密主義で、前世のわたしが知り得ていないことは、それこそ無数にあるような気がしてくる。

 というか、セレスティアがいる時点でまっとうな組織とも思えない。


 しかも前世のわたしですら把握していなかった組織となると、いよいよセレスティアの暗躍は複数犯どころか組織的な行動であった可能性が出てきた。

 これはかなり根深い気がする。


「わたくしたちは、広く人材を集めています」


 セレスティアが言う。


「そこでお前だ」

「だから何で?」

「性根はともかく、その実力は驚異的だ。とても十三歳とは思えない」


 一言余計である。


「正直敵に回したくないし、今のうちに囲っておくのもいいかと思ってな。それにセレスティアの傍にいれば、その性根も少しは治るだろう」


 治るか。

 余計に悪くなるだけである。


 願い下げであるし、断る気満々だったけど、冷静な部分の自分が待ったをかけていた。


 これって前世でも知らなかった、セレスティアの裏の顔の一部ではないのか?

 だとしたら、それを無視してしまうのもどうかと思う。


 たとえばこのユーディットもその一派であるなんて、夢にも思っていなかった。

 有事の際、公爵家を敵に回すのは如何にも面倒だし。


「ふふ、そんなに警戒なさらないで下さい。結社だなんて大仰ですが、実際には有志の方々と語り合うだけの場――このサロンの延長のようなものに過ぎませんから。志を同じくする方々と知り合い、時々語り合って愚痴などを零す、そんな程度です」


 なるほど今はそうかもしれない。

 でも将来は?


 有望な人間を集めているのなら、そういった人材は各地でそれなりのポストにつく可能性が高い。

 そういった連中がひとつの意思の元、何かしらの方向性に向かって舵を切るように僅かとはいえ仕向けていったら?


 そう考えると、前世ではこういった裏の見えない力なんかも働いて、あの戦争に発展していったのかもしれないわけだ。


 創立者が誰かは知らないけど、その中心の近いところにセレスティアがすでにいるのであれば、末恐ろしい女である。

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