第32話 招待状
「あたしは出るわよ!」
ダリアはもうそんな感じよね。
「私は……ちょっと悩んでるけど、経験にもなるかって」
オリアーナもやる気らしい。
この学院に平民で入学できた時点で、一定の実技能力があるのは間違いない。
言ってしまえばここにいる生徒たちは、みんな腕に覚えがあるのだ。
もっとも高学年との力の差は歴然であるから、一年生にとってみれば、参加することに意義があるといったところだろうけど。
実際、参加はした方がいいとわたし個人は思っている。
でないと高学年とのレベルの差を痛感できないし、それを踏まえているかいないかでは、この先の成長にやはり差が出てくるしね。
とはいえ、入学して最初のお祭りみたいな側面も否めない。
「貴族連中になんか、負けたくないもの」
率直な意見をダリアが言う。
平民が貴族を見返すには、それこそ技量で示す以外何もない。
そして徐々に身分の差が深まっていくのがこの学院。
さらに例の事件のように、無残に殺されてしまうのも大抵は平民だ。
あんな事件が早々に起こってしまったこともあり、平民の生徒たちの士気は、やや追い詰められた感も無きにしも非ずだけど、高かった。
「いい意気ね。まあ相手が誰だろうと、邪魔者はぶっ飛ばせばいいのよ」
「過激よね……ネロヴィアさんて」
殺傷力の高い剣を振り回したり、危険性の高い魔法をぶっ放したりできるようなこの学院で、何を今更とは思うけどね。
「頑張って。応援はするわ」
「やっぱり出ないの?」
「出ないって」
「ネロヴィアさんの格好いいとこ見たかったのに」
それは残念。
わたしは今回、高みの見物だ。
前世ではやはり魔法よりに全ての行動が偏っていたから、騎士絡みの人間関係の把握や何やらは、意外に疎かったりする。
今回はそっち方面もしっかり把握しておこうという算段だ。
将来、何に役立つか知れないしね。
「――ごめんなさい。お邪魔しますね」
そこで不意に声をかけられた。
平民用の食堂ではまず姿を見ることができない貴族が、いつもの穏やかな笑みを浮かべて立っていたのである。
「クレーリア?」
「はい」
意外に思ってわたしはその名を呼ぶ。
ダリアとオリアーナの二人は、突然現れた伯爵令嬢相手に緊張したように固まった。
何だかんだいっても、貴族相手に平民が委縮してしまうのは避けられないことなのだろう。
「どうしたの? めずらしいわね。あなたがこっちなんて」
「本当はお昼もネロヴィア様とご一緒できたら嬉しいのですけど……いろいろお付き合いもありまして」
ちょっと困ったように、クレーリアは苦笑する。
それはそうだろう。
彼女は伯爵家の長女であり、聞いた話では男子がいないため、このままだとクレーリアが伯爵家を継ぐことになる。
そのため他の貴族の次子以下の者たちに比べれば、各段に将来性のある存在だ。
何といっても未来の伯爵だしね。
そしてこの人間領において、伯爵家以上と名乗れる貴族は、国と呼べるだけの領地を有している。
言ってしまえばクレーリアは、ちょっとした小国のお姫様のようなもの。
しかも将来は女王、とかそんな感じのおまけつきの。
というわけで、実は凄い友達なのだ。
この前知り合ったユーディットなんかも公爵令嬢ってことで、貴族としての希少性はクレーリアよりも格上だけど、彼女は三女。
そうなると将来性を含めてどっちが上か、という判断は難しくなってくる。
ユーディット自身、ああやって技量を磨いてレベルを上げ、騎士爵まで得ているのも、貴族の次男坊以下によくある行動だ。
後を継げない以上、せめて個人的な名誉を高めようとするのは、貴族の典型的な人生だろう。
まあうちのオルドジフのように、ゆうゆうと後を継げる立場だったのに、ダンジョンに挑んで死にかけたなんてこともあるから、人生いろいろだろうけどね。
ともあれクレーリアの貴族としての立場は、案外重要だ。
そして子爵や男爵の中には寄子としてレグレンツィ伯爵家に追随している者もいるだろうから、例え年長であってもクレーリアに対して疎かにできない生徒も、中にはいくらかいることだろう。
そういった者との付き合いの他、対等以上の貴族の子弟も当然いるわけで、いかにも面倒臭い貴族社会を、彼女も早速体験しているといったところかな。
そういうわけで、わたしがクレーリアと会えるのは、基本朝のみ。
いつも律儀に迎えに来てくれるからだ。
あとは時間が合えば、帰り道なども。
でも昼休みにやってくることはなかったと言っていい。
よほど緊急の用事だったのかな。
それにしてもこんな平民の溜まり場に一人で堂々とやってくるなんて、クレーリアの胆力もなかなかのものだ。
「実はこれをお渡しするようにと、頼まれまして」
クレーリアが差し出したのは、一通の手紙。
裏返し、封蝋を確認すれば、どこぞの貴族の印。
嫌な予感がした。
「見たくない」
「そうおっしゃられても」
「ちなみに誰から」
「ユーディット様です」
やっぱりね。
見覚えがあったわけじゃないけど、封蝋の印はバルシュミーデ公爵家の印璽たったというわけで、仰々しいからそんな気がしたのだ。
「夕刻、ネロヴィア様をご招待したいと」
だから昼間に来たのか。
クレーリアもメッセンジャーをさせられるとはご苦労なことである。
「ちょっと。何やらかしたのよ……?」
「前の事件のこと……?」
横で聞いていたダリアとオリアーナが心配してくれた。
確かにわたしとユーディットの関係は、例の事件絡みに限定されるものね。
「さあ?」
あれはあれで解決したはずなんだけど。
一応、事後の説明も受けたしね。
関係ないとは思いたい。
とはいえ平民が貴族に呼び出されるなんて、一般的にはあまり良いシチュエーションではないかな。
それを取り繕うために、公的なものだとアピールするために、こんな手紙まで用意したのかもしれないけど。
「クレーリア、何の用か聞いてる?」
「私はちょっと内容までは」
「ふぅん」
どうしようかな。
どうせロクなことじゃないとは思う。
でもこうやって一応の礼儀に則って招待された以上、無視するとこっちの品性が疑われてしまうし。
あと、仲介役になったクレーリアの顔を潰すことにもなる。
それはちょっと避けたい。
そのあたりを分かっていてクレーリアを使ったというのなら、ユーディットもさすがは貴族というとことなんだろうけど。
でも何だからしくないとも思ってしまうのだ。
わたしのユーディットの印象は、体育会系の剣術お姉さん、だし。
まあまだ一面しか彼女のことは知らないから、完全なる偏見ではある。
「仕方ないわね」
行くしかないか。
「それは良かったです」
にこりと微笑むクレーリアとは対照的に、
「よくもまあ貴族様のお誘いを、そこまで偉そうに渋れるものね」
「さすがはネロヴィアさん」
と、二人は多少呆れたような感想を洩らしてくれていた。
まったく友人甲斐の無い友達どもだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます