第31話 誰が一番か

       ◇


 もしこの王国内で最強の魔法使いとして名が上がるとすれば、やっぱりゼト・メールディングだろう。

 あの偏屈じいさんの右に出る者はなかなかいない。


 じゃあその次は誰か。

 前世の最後の時点でいうならば、わたしかセレスティアのどっちかだ。


 魔力量ではいい勝負だったと思う。

 恐らくだけど聖女候補になるための条件は、単純に魔力量にあったのではないかと最近わたしは思っている。


 そしてそれは魔王候補も同様。

 わたしが例の魔法をあっさり習得してしまったのも、たぶん、魔力が適正を越えていたからに過ぎない。

 わたしやセレスティアが前世で聖女候補になっていた時点で、人格的な要素などはまず考慮に入れられていないはずだ。


 それはさておき、では騎士としてはどうか。

 これも前世ならば、シルヴェストルやエドガーの名前が挙がるだろう。


 でも現時点ではどちらもまだまだだ。

 シルヴェストルはわたしがテコ入れしたこともあって、今の時点で前世よりも強いけど、エドガーはまだ幼少で誰にも知られていないだろうし。


 そんな中で名前が挙がるとすれば二人、もしくは三人。

 この国の王様そのひとか、もしくは聖女の護衛をやっている聖騎士団長。


 もっとも王様は元王国騎士団団長をやっていたとはいえ、現役を退いてそこそこ長い。

 そうなると最強と呼ぶには微妙かもしれない。


 となると次に名前が挙がってくるのが現王国騎士団団長だ。

 ま、とはいっても団長になる資質は個人的武勇だけに限るものではないから、腕っぷしだけなら団長に勝るような騎士もいたりするんだけどね。


 何にせよ、誰が一番か、という話題はいつでもどこでも出てくるもの。

 今日この日だってそうだった、ということだ。


「え? 今度の選抜ネロヴィア出ないの?」


 わたしの不参加発言に、驚いたのはダリアだ。


「うそでしょ? ネロヴィアならいいとこ絶対いけるって!」

「私もそう思うけど……」


 とはオリアーナ。

 最近はこの三人で昼食を共にすることも多くなった。


 例の事件のせいでわたしの噂も少なからず広がって、さらに敬遠する者も増えた一方で、この二人のように近づいてくる者も増えて、今では普通に学院生活に馴染んでいたといっていいかもしれない。


「わたしはパスよ。というか分かってるの? わたし、魔法使い志望だし」

「でもユーディット様に勝ったじゃないの」


 勝ってはいない。

 単に剣を折っただけ。


「剣も魔法を使えたら、もしかすると王国騎士団どころか、聖騎士団にいけるかもしれないのに!」


 剣も魔法もどちらも使いこなせる騎士というのは、もちろん存在する。

 いわゆる魔導騎士のこと。

 そもそもこの学院の名前が騎士魔導学院であるからして、そういった存在を輩出する例は少なくない。


 でもわたしからすると、魔導騎士というのは騎士が魔法も使える、という扱いなのだ。

 決して魔法使いが剣も使える、ではない。


「わたしはね、魔法使いの杖で騎士をボコりたいのよ」

「うわー……」

「ネロヴィアさんって、ちょっとズレてるよね」

「性根がねじ曲がってるっていうか」


 適格な表現ありがとう。

 友達じゃなかったらぶっ飛ばしているところだった。


「でも騎士の方が格好いいじゃない?」


 そんなダリアの意見に対し、わたしは意見を同じくはしないけれど、一般的な風潮としてそうであることは理解しているつもりだ。


 何となく根暗な魔法使いよりも、騎士の方が華々しくて格好いい。

 そんな感じ。


 そして残念なことに、わたしの人生において騎士と名乗っていた者の身近な知り合いは、大抵人格者が多かった。


 地元だけでもデフォルジュ団長やオーギュスト、シルヴェストル。これから出会う人物としてはエドガーなんかもそう。あとユーディットも付け加えていい。


 でも魔法使いとなるとこれがどうだ。

 ゼトは偏屈だし、セレスティアは腹黒。プロスペールも最悪だし、この前のグレーテだってそうだ。


 あとわたし。

 わたしも褒められた人格じゃないしね。


 まあ偏見には違いないのだけど、わたしですらつい論破されてしまいかねないくらい、両者にははっきりとした差があるのだ。

 この二人が何となく騎士に憧れるのも分からないではないし、当然の感情だろう。


「だから。その恰好いい騎士様を、一見非力な魔法使いが力だけでボコボコにするって……何かぞくぞくしない?」


 この優越感はちょっとした美酒に匹敵する。

 想像しただけでも舌なめずりをしてしまうほど。

 おかげで二人が引いてしまったけど。


「……あたしたちって、将来ネロヴィアにボコボコにされるわけ?」

「しないわよ。友達なんでしょ?」

「そ、そう……? なら一安心……?」

「う、うん……?」


 何二人して心配しているのか。


「これ、今のうちに矯正しておいた方がいいんじゃないの……?」

「手遅れかも……」

「喧嘩売ってるのなら買うけど?」


 ぷるぷると首を横に振るダリアとオリアーナ。

 よろしい。


「で、二人は出るの?」


 わたしが目を落としたのは、一枚の案内状。

 来月行われる騎士選抜試験予備大会のこと。


 国中で王国騎士団を目指している者は多い。

 この学院の大半の生徒も、やはり騎士団入りを目指している。


 といっても地方の騎士団とは違って王国騎士団はエリート集団だけあって、狭き門だ。

 入団条件はかなり厳しいのである。


 たとえばレベル30越えなんかがそうだ。

 これを満たすこと自体、かなりハードルが高い。


 そもそも十八歳までの学院生活の間にこの基準を超えられる生徒など、どれほどいるものか。

 だから卒業後、さらに経験とレベルを積み上げた上で、毎年行われる選考会での門を叩くのが普通なのだ。


 ただ、例外もある。

 それがこの大会――騎士選抜試験の本大会だ。


 これに良い成績を収めた者など、騎士団の目にとまった将来有望な人材を予め引き抜き育てるという制度。

 人材というものはいつでもどこでも不足しがちであり、本来可能性があるにも関わらず、個々人の人生の違いによってそれらの芽が摘まれることがないように考えられた制度でもある。


 まあレベル30の足切りが厳しすぎるから、という声で始まったものらしいが。


 確かに若年のうちにレベル30というのはなかなかに至難だ。

 才能のあったシルヴェストルだって、十代半ばでレベル10後半でしかなかったのだから。


 これをクリアしようと思ったら、よほど恵まれた環境と本人の努力が欠かせない。

 あと、ちょっと頭がおかしいような猛特訓を積めば、比較的短時間でレベル上げは可能だけど、それにはサポートできる存在が不可欠だ。


 わたしがシルヴェストルにやってあげたように。

 それもひとつの環境であるし、個人差というか、運だろう。


 ともあれ今回学院で行われるのが、選抜のための予備大会だ。

 ここで一定の成績を残した者は、半年後の本大会に出場できる、という仕組みである。


 学院の者限定で、気軽に参加しやすい。

 さらにいえば、学院ならではのメリットもある。


 ここに王国騎士団のメンバーが、毎年かならず観覧に来るからだ。

 この時点でよほど光るものがあれば、本大会を待たずにして引き抜きされるかもしれないのである。


 だから意気込む生徒は少なくないといっていいだろう。

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