第30話 ネロヴィアの名案
◇
わたしの名案に、ユーディットは最後まで渋りに渋った。
人でなし、魔女め悪魔め、とか散々罵倒されたけど、わたしの意志は固くて揺るぐはずもない。
協力してくれなくても勝手にやると宣言すれば、ようやく観念して付き合ってくれた。
放置してとんでもないことになるくらいなら、最初から最後まで見届けようという気になったのだろう。
というわけでやって来たのは学院だ。
時間は夜。
例の死体が発見された現場である。
最初、学生寮でやろうと提案したのだけど、却下されてしまった。
仕方が無いのでこの場所ですることにしたのだ。
そんな場所に、グレーテは一人で現れた。
無論、ユーディットに呼び出しをさせたのである。
こんな場所に呼び出されて、当然警戒したことだろう。
でも相手が公爵令嬢のユーディットとなれば、無視もできない。
実際のこのこやって来たしね。
「――ユーディット様?」
時間通りに現れたグレーテはユーディットの名前を呼ぶものの、返事もなく姿も見えず、不安そうにきょろきょろと周囲を確認している。
そのまま少しだけ焦らしてやった。
呼び出したユーディットの姿は無い。
そして殺人の現場。
気持ちのいいはずがないだろう。
シチュエーションとしては悪くない。
さて、そろそろかな。
「あの、ユーディット様……?」
もう一度グレーテが声をかける。
それに反応するかのように、音がした。
ただし、足音なんていう可愛いものじゃない。
ボゴォ! と何かが地面から突き出す音。
びくり、と震えたグレーテが音のした方を見るけれど、薄暗くてよく分からない。
「だ、誰……?」
続けてまた音がする。
そして地面から這い出してきたモノを見て――
「ひ……ひぃい!?」
グレーテは悲鳴を上げた。
「アア……ア……アアア……」
そんな彼女の前に現れたのは、ヒトガタの何か。
下半身はほぼ骨が露出し、上半身はその半分が焼け焦げ、頭部付近は半ば腐り落ち、目玉も垂れているような有様の――死体。
スケルトンとゾンビが半々に混じったようなリビングデッド。
「う、嘘でしょ……! うそ、うそ――――」
そのアンデッドはなまじ顔が残っていたため、生前の面影がまだ残っている。
あの殺害された上級生だ。
それを目の当たりにして、グレーテは完全に腰を抜かし、ガタガタと全身を震わせている。
聞いた話だと彼女は魔法使い。
こんな低レベルのアンデッドくらい、魔法で簡単に滅ぼせるはずだ。
でもまったく何でもできていない。
どんなに弱くても、見た目のインパクトはなかなかのゾンビである。
そんなゾンビがそれっぽく口を開けば、恐怖は倍増だ。
「ナ……ナンデ――コ、ロ、シ、タ――」
「ひぃいっ!?」
一歩一歩、距離を詰めていく。
「スキ、ダッタ、ノニ――」
「ふ、ふざけんじゃないわよ――誰がお前みたいな平民なんか! ちょっと遊んでやっただけなのに、本気になって! 鬱陶しい! 鬱陶しい――!」
怒りと恐怖からか、グレーテはいろいろ口走っていた。
「クズのくせにクズのくせにクズのくせにぃ! 死んでからも煩わせるんじゃねえわよぉ!」
叫ぶグレーテは、しかし手近に転がっている石を投げつけることくらいしかできない。
ろくな実戦経験がないと、こんなものよね。
でもまあ、やっぱり当たりだったようだ。
拍子抜けなくらい、簡単に吐いてくれているし。
ならもうちょっと追い詰めてやろう。
「ア――――」
尻もちついたグレーテへと、ゾンビはべたん、と覆いかぶさる。
「イヤっ……! やめてよぉ……!」
「ア~~~~?」
ぼたり、ぼたり、と腐肉が彼女の顔に落ちてく。
腐って猛烈な腐臭を放つ肉片に加え、どす黒くなった血液もどばばばっと堰を切ったように流れ落ちて。
「うげぇ――あがっ、げぇえええ!」
グレーテは面白いように嘔吐してくれた。
いい気味。
さて犯人が確定したのであれば、何も遠慮する必要もない。
せっかくだから、このまま犯してやろうとアンデッドにさらに命令する。
ゾンビに犯されるって、どんな気分なのかしらね?
などと思っていたら、わたしと一緒にこの惨状を見ていたユーディットが、さすがに我慢できなくなったように躍り出ていた。
剣を一閃。
それでゾンビの首は落ち、いったん動かなくなる。
「……もういいだろう」
「ふん。これからなのに」
わたしは唇を尖らせたけど、ユーディットはけっこうお怒りのようだったので、ここまでにしておこう。
指をぱちんっ、と鳴らせば、ゾンビは白い炎に包まれて消滅していく。
「大丈夫か?」
「ユ、ユーディット様……?」
ぽかん、となるグレーテ。
でもその背後にわたしの姿を認めてか、すぐに表情が歪んだ。
「ど、どういうこと……!?」
「どういうことって、自分が一番よくわかってるんじゃないの?」
グレーテのすぐそばまで歩んだわたしは、それこそゴミでも見るかのように見下ろしてやる。
「あらあら。いいザマね?」
吐しゃ物を撒き散らし、腐肉に塗れ、挙句には失禁したようで、特有の臭いが立ち込めていた。
「あなたでしょ? わたしをはめようとしたのは」
「は……!? 何を言って……!?」
「あれ? 聞き分け良くなったと思ってやめてあげたのに、まだそんなことを言うのね?」
わたしはにこりと笑い、爪先をグレーテのみぞおちにねじ込んでやる。
「ゲブォ!」
残っていた胃液と血を吐き出しながら、蹴り飛ばされたグレーテは後方に吹き飛んだ。
「おい!」
ユーディットが非難の声を上げたけど、知ったことじゃない。
「ああ、汚いわね。靴、汚れちゃったじゃない」
汚物を踏み越えて、げほげほとむせているグレーテの所まで歩み寄ると、腹部を踏みつける。
「あがっ……!?」
「で、どうなの? あ、な、た、なんでしょ?」
ぐりぐりと踏みにじりながら、わたしは威圧していく。
「い、いだい――やめ――あう……!」
「踏み潰すわよ?」
「あが――――」
本気でそうしようかと思ったところで、剣が一閃された。
ひょい、っと避ける。
今までわたしがいた空間を、鋭い刃先が通り過ぎていった。
「そこまでにしておけ」
わたしはしばらくユーディットとにらみ合ったけど、苦笑して頷いておく。
「やっぱりあなたと一緒で良かったわ。そうじゃなかったら殺していたもの」
意外というか、当然というか、わたしは頭に血が上り易い。
安全弁としてユーディットを同行させて正解だったというわけね。
「被害者をアンデット化して真偽を確かめると言い出した時には正気を疑ったが、なるほどお前は私が思っていた以上に危うい存在のようだ」
「そう?」
「常軌を逸している」
正直この程度で、と思わなくもない。
そもそも復讐のために人生をやり直しているような身の上である。
わたしを陥れようとする者に対し、容赦する道理などあるはずもないのだ。
「あとは私に委ねろ。これ以上お前が関わると、グレーテの気が狂う」
「あはは。なるほど。それだとちゃんとした自白もとれないわよね。いいわ。任せてあげる。でも――」
わたしは笑みを消して、ユーディットに忠告する。
「つまらない温情なんかかけて、甘い処分にしないことね? わたし、怒っているんだから」
「……ああ。お前を怒らせてはいけないと、よく分かった」
「そう。ならいいわ。じゃあよろしく」
わたしは手を振ると、軟禁されているはずの騎士団本部へと帰るべく踵を返した。
背後で聞こえるグレーテの嗚咽に、ほんの少しだけ気を良くして。
◇
事件の全容は、まあつまらないものだ。
グレーテ・エル・モートン子爵令嬢。
彼女は彼女でなかなかの悪女だった、ということだろう。
被害者はグレーテとの関係にまで至っていたようだけど、彼が本気だと分かると、煩わしくなって処分にかかったようだ。
そしてそれは毎度のことであったらしい。
処分の方法は毎回違っていたようで、今回はユーディットを利用して公開処刑を愉しむつもりだったらしい。
グレーテにとって平民の男など、玩具程度のものだったに違いない。
しかし今回、いいところでわたしに邪魔されてしまった。
そこで彼女がとった行動は、短絡的といえば短絡的。
直接あの上級生を始末し、その罪をわたしに被せるというもの。
まあ相手がただの平民であったならば、それもうまくいったかもしれない。
でも相手が悪かったとはこのことだ。
このわたしを敵に回すなんて、身の程知らずもいいところ。
そしてわたしは相手が年端も行かぬ学生だろうが容赦などしない。
やられたらやり返す。
当然よね?
ともあれ、今回はユーディットにグレーテの処遇は任すことにした。
モートン子爵家はバルシュミーデ家の寄子だったらしく、いろいろと紛糾したらしい。
でもユーディットが強硬に訴えたこともあり、グレーテは厳罰となる予定だ。
学院からは追放。
貴族身分の剥奪。
幽閉。
恐らくそんなところ。
処刑にはできなかったのか、しなかったのか。
貴族だからか、貴族社会のしがらみからか。
それともこれまでのユーディットとの関係からの温情か。
彼女だってある意味ではグレーテに利用されていたようなものなのに、思うところが無かったのかどうかは知らない。
でも今回はユーディットの顔を立ててあげよう。
一度恥をかかせてしまっているしね。
それに協力してくれたお礼もあるし。
ともあれわたしは晴れて無罪放免となって、普段の学生生活に戻ることができていた。
それはいい。
ただ軋轢も残った。
それはわたし個人には関係のないもので、貴族と平民の格差についてだ。
何といっても今回一番哀れであったのは、被害者となったあの名も無き上級生だろう。
グレーテには弄ばれ、ユーディットには成敗されかけ、結局グレーテに殺され、そしてついにはわたしにゾンビにされてしまったのだから。
グレーテは処分されたものの、危なくその上級生を始め、わたしも冤罪にされるところであったし、調査官であった騎士団を含めてそんな雰囲気が大勢を占めていたのは間違いない。
平民側が不満を覚えるのも当然なのだ。
結果として、お互いの溝が広がってしまったことは、まあ否めないだろう。
とはいえそれも今さらのこと。
ま、わたしにとってはどうでもいいことだけどね。
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