第29話 面会者

       ◇


 軟禁状態になって半日もしないうちに、動きがあった。


 わたしがこんな状態になったことは、当然学院内でも噂になっているはず。

 何といっても校門の前で連行されたのだから、みんな見ていたしね。


 とはいえそんな哀れなわたしのために動いてくれそうな人物は、生憎この王都ではほとんど期待できないだろう。

 平民ではまず干渉できないし、貴族の伝手といったらクレーリアくらい。


 でもクレーリアでは入学したばかりで学院での勝手が不得手だろうし、そもそも貴族とはいえ基本、実家の介入は難しい。

 実家の威を借ることはできても、実際に利用できないのがこの学院なのだ。


 仮にできたとしても、クレーリアの実家であるレグレンツィ伯爵家が、どこの馬の骨とも知れぬわたしのために動いてくれるとは思えないしね。


 そういうわけで、クレーリアがわたしのために動いてくれる可能性は考慮していない。

 こんな状態ではずるずると悪い流れに引き込まれていくだけだ。

 だから結局自分で動くしかないとは思っていた。


 こんな所から抜け出すのは朝飯前。

 犯人の目星はついているし、可能性の高い順に探っていくべきだろう。


 とか考えていたら、ちょっと予想外の展開になったのである。


「妙なことになったな」


 そう言って現れたのは、ユーディット・エル・バルシュミーデ。

 わたしが恥をかかせた公爵令嬢だった。

 それがどういうわけか、わたしに面会を申し込んできたのである。


 公爵令嬢で騎士爵持ち。

 さらには王国騎士団への即時入団も可能なほどの実力。


 そんな彼女だからこそ、面会はごく簡単に了承されたようだった。

 特権とは羨ましいものである。


「妙なことになったわね」


 わたしは相変わらずの態度でユーディットを迎え入れつつ、唸ってみせた。


「もしかして私が犯人だとでも思っていたか?」

「その一人だったのだけど」


 悪びれなく頷いておく。


 ここでわたしに対してざまぁみろ思い知ったか、のような発言をしてくれれば犯人確定だったのに、どうもそんな感じじゃない。

 まあユーディットは容疑者の一人だったとはいえ、もっとも可能性の低い容疑者でもあった。


「一応聞いておくが、お前があれを殺したのか?」

「どういう動機でそんな風になるのよ」


 ちょっと呆れてみせる。


「……あれは手の早い男だったそうだ。お前に助けられたのをいいことに、言い寄ったとしても不思議じゃない程度にはな」


 そんな男だったのか。

 学生の頃からお盛んなことである。


「そしてお前は私よりも過激だろう? クズ相手に情けをかけるようなお優しい性格とも思えない」


 ひどい評価だ。

 わたしに対してもそうだけど、あの上級生に対してもクズ呼ばわりとは。

 まあだからぶった切ろうとしてたんでしょうけどね。


「ふーん。もしかしてあの上級生と関係でも持ったの?」

「私じゃない」


 おやおや。


「じゃ、取り巻き? グレーテとかいってたっけ」

「……どうして分かった?」


 ユーディットの顔がにわかに神妙になる。


「だってあの上級生、あなたにじゃなく、そのグレーテっていう取り巻きに命乞いしてたでしょ?」

「……よく見ているな」


 感心してくれたようだけど、大したことでもない。

 あと、わたしが最右翼とみているのはそのグレーテという女子生徒だ。


 ちなみにもう一人の容疑者は、セレスティアである。

 こっちの方は何の根拠もない、ただの決めつけだ。


 あの女だったら何だってやる。

 そんな感じの決めつけ。


「そのあたりの事情、話す気ある?」


 聞いてみる。


「グレーテの名誉に関わる話だ。おいそれと話す気はない」

「でもわたしを心配して来てくれたんでしょ?」

「そういうわけでも……いや、今回のことは正直不可解であるし、わたしがこんな卑劣な方法でお前をはめたと思われるのも癪だったからな」


 やはりユーディットは直情的な性格のようだ。

 あの上級生を成敗しようとしていたのも、グレーテに泣きつかれた結果なのかもしれない。


「へえ? じゃああなたでも、わたしがはめられたって思うんだ?」

「お前が犯人じゃないのならな」

「わたしがやるんなら、死体なんて残さないわよ」


 もしくはアンデッドにして、死んだ後も凌辱してやるか。


 ……ん?

 あ、今のいい案かも。


「待て、何だその恐ろしい笑みは」


 にたり、とわたしの口の端が歪んだのを見たユーディットが、ちょっと引いていた。


「ねえ。真犯人捜し、手伝ってくれる気はない?」

「私が?」

「このままわたしが罰を受けるのを見て溜飲を下げたいっていうのなら、どうしようもないけど」

「私はそんなに趣味は悪くない」


 うん。

 そう思ったから持ち掛けているのだ。


「お礼はするわ」

「礼、だと?」

「わたしが将来聖女にでもなったら、贔屓にしてあげるって話」


 そんなわたしの言葉を荒唐無稽に思ったのだろう。


「はっ……何を言うかと思えば」


 一笑に付されてしまった。


「そんな夢物語などいらん。それよりも、もう一度私と立ち会え」

「? ボコればいいってこと?」

「……お前がどういう性格をしているのか大体分かってきたが。しかし酷いものだな。どういう育ちをしたらこうなるんだ」


 それはどうも。


「言っておくけど、わたし魔法使いよ? 騎士じゃないし」


 騎士見習いをしていたから剣は扱えるけど、単純な技量ではとてもユーディットには敵わない。

 でも身体能力で圧倒しているから、指先ひとつでたぶん圧勝だろう。


「ならば騎士を目指せ。私よりも強い魔法使いなど、正直我慢ならない」

「我慢しなさいよ?」

「お前は……本当に……」


 あ、何か呆れられている気がする。


「立ち会うくらい、いつでもいいけど。でも本当にそんなのでいいの?」

「負けは負けとして受け止めておきたい。ただこの前の朝のあれでは正直納得がいかない。それだけのことだ」


 意外にさばさばしている性格のようだ。

 わたしと違って根に持たないらしい。


「いいわよ」

「よし。ならばそちらの要請も聞き入れよう。しかし具体的に何をすればいい?」


 わたしがユーディットに望む犯人捜しは、実は大したことでもない。


「犯人が自白したら証人になって欲しいの」

「証人?」

「そ。あなたの言葉ならみんな信じるでしょ?」

「それは……どうか分からんが。しかし自白といってもどうやってだ? それに自白というからには犯人の目星がついているということか?」

「目星っていうか、ただの決めつけだけど。あなたが犯人じゃないのなら、グレーテがそうじゃないの?」

「ま……馬鹿な!」


 ユーディットは声を荒げる。


「あれはむしろ被害者だぞ!?」

「そうかしら」


 わたしは覚えている。

 あの朝、哀れな上級生を見下ろして、表情を歪めていたあの女子生徒の顔を。


「平民は生き残るために、貴族に取り入ろうとするなんてよくある話。逆にそういう平民の心理を利用して、弄ぶような貴族がいたっておかしくないでしょ? クズはどっちだったか――っていう話よ。死人に口無しな以上、生きてる方に聞かないとね」

「拷問でもする気か?」

「それも愉しそうだけど」


 自白を強要したと思われるもの嫌だしね。


「もっといい方法があるわ。さっき思いついた素敵な方法」

「いや、その顔で言われてもまったく信用がないのだが……」


 また引いているユーディット。

 どんな顔してるのだろう。


「名案だから、聞いて?」


 心底そう思って話した内容だったというのに。

 ユーディットにはぼろくそに罵られるはめになったのだった。


 解せないなあ。

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