第28話 容疑者ネロヴィア


       ◇


 三日後。

 わたしは差出人不明の手紙を手に、指定された場所に向かっていた。


 校内には違いない。

 でもそもそもにして校内が広い学院だ。


 野外活動ができるような森があったり、なぜかダンジョンの入口があったり。

 意外に何でもある。

 そして死体もあった。


 昔使っていたらしい旧講堂の裏手。

 そこに半身を炭化させた人間の死体が転がっていたのだ。


 魔法でやられたのだろう。

 しかも身元の判別がし易いよう、わざと下半身のみを焼いて殺している。

 即死できなかったようで、もがき苦しんだ様子もあった。


 そしてわざとらしく残された顔を見れば、知った顔。

 三日前にわたしが助けた名も知らぬ上級生だ。


「ああ、そういうことね」


 それを見て、手紙の意図にようやく気付く。


 指定された場所に転がっている死体。

 その死体はこの前助けた平民の男子生徒。

 早速誰かが、意趣返しを始めたらしい。


 ならばどういう対応をするのが正解なのだろうか。


 このまま見なかったことにして、この場所を後にする。

 あるいはすぐに通報する。

 またあるいはうやむやにするという手もあるだろう。


 死人に口無しというけど、死体は語るものだ。だったらうやむやになるよう、ここで死体を徹底的に消滅させる。

 今のわたしの魔法ならば、けっこう容易い。


 とはいえどういうお膳立てがされているかは分からない。

 それに――


「ああ、いた」


 ちょっと探ってみれば、すぐに見つける。

 使い魔の存在だ。


 早い話、すでに監視されてしまっている。

 こうなると、なるようにしかならない、といったところかな。


「いい度胸ね」


 不意に振り返る。

 見上げるは上空――空を舞うカラス。


 それがわたしの魔力の塊をまともに受けて、四散した。

 魔法でも何でもないただの魔力だけでも、今のわたしはひとなど簡単に壊せる。

 使い魔だって同じこと。


 ぼたぼたと雨のように落ちてくる血肉の中、わたしは凶悪に笑ったのだった。


       ◇


「では呼び出しを受けて出向いたところ、死体があったと?」

「ええ、そう」


 わたしが死体を見つけた翌日。

 予想はしていたけれど、身柄を拘束されたわたしは朝っぱらから事情聴取を受ける羽目になっていた。


 場所は学院内ではなく、王立騎士団本部。

 昨日例の死体について学院側に素直に通報し、その対応に当たったのが王立騎士団だった。


 学院側は基本、学内の問題に関わらない。


 また生徒たちが騎士や魔法使いといった、一般とは隔絶した存在である以上、それ以上の力を持った組織の人員が派遣されることは、道理である。

 この場合、王立騎士団の者がもっとも適当であるといえるだろう。


 昨日は遅かったこともあってか、わたしは簡単な聴取で解放された。

 でも翌日になっていつものように登校してみれば、待ち構えていた騎士団のメンバーに身柄を拘束されて、騎士団本部に連行された、という次第である。


 ちなみにこの王国騎士団とは別に王国魔導士団というのもあって、こちらは魔法使いのエリート集団だ。


 今回の事件に際し、わたしが連れ込まれたのは騎士団本部だったけど、調査官三名のうち、二名は魔導士団から派遣された魔法使いだった。

 あの上級生は魔法で殺害されていたし、当然といえば当然である。


 ともあれわたしは三名の調査官を前に距離を置いて座らされ、さながら圧迫面接の気分を味わっていた。


「呼び出しに心当たりは?」

「ないわ」


 無いことも無いけど、確証があるわけでもない。

 向かって右に座る中年の王国騎士へと、肩をすくめてそう答える。


「では四日前の騒動について、少し話してもらおうか」


 今度は真ん中に座る壮年の魔法使いがそう口を開いた。

 たぶん、この三人の中では一番地位が高い人物なのだろう。


「バルシュミーデ公爵令嬢があの被害者を成敗しようとしていたこと?」


 わたしは皮肉げに笑みを浮かべて、わざとらしく確認する。


「騒動に君が関わった理由を聞きたい」


 やはり公爵令嬢ともなると、王国騎士団でもおいそれと手を出しにくいのだろう。

 あのままユーディットがあの上級生をどんな理由であれ成敗していたとしても、別段問題になることはなかったはずだ。

 そういうものなのである。


 でも妙なのは、この調査官たちの対応だ。

 明らかにわたしを疑っている。


「別に? 朝っぱらから目の前で生首転がされても気分悪いでしょ? だから成り行きで止めただけ。それともなに? そういうのは日常茶飯事なところなの?」


 わたしは入学したばかりだし? と言外に言ってやる。


 そもそも普通、疑われるのはユーディットであるべきはずだ。

 一度わたしに邪魔されて失敗。

 あとでもう一度……と考えるのが普通ではあるまいか。


 もちろん、彼女の性格からして裏でこっそりと殺害する、なんてことはしなさそうであるし、何より魔法で焼き殺されている時点でそう考えるのも不自然だけどね。


「実はこんな情報が寄せられていてね」


 わたしのどこか人を食ったような態度に怒る様子もなく、今度は向かって左側の若い騎士が口を開いた。


「君が被害者を助けたあと、しつこく言い寄られ、それで殺害に及んだ、と」

「あは」


 思わず笑ってしまった。

 なんて三文小説。


「調べさせてもらったが、君はその歳で魔導爵に推されるほど魔法に長けているらしい。かのデザ―エンド大迷宮を攻略したなどという話もあるが……」

「本当よ?」


 正直に頷いたけど、三人は顔を見合わせ、懐疑的なようである。

 無理もない。

 もしそれが本当であるなら、わたしは今いる三人が束になってかかっても敵わない存在ということになってしまう。


「では、被害者を魔法で害することは――」

「朝飯前よ。でもわたしがするなら灰も残さないけど」


 いつにも増して、わたしは生意気でふてぶてしい態度で答える。

 調査官を前にして心証を悪くすることこの上無いけれど、それでいい。


 客観的にわたしにとっての最悪の結果がどんなものなのか、確かめたいからだ。

 それでたぶん、犯人がある程度絞れる。


 面倒な推理などする必要もない。

 犯人が確定すれば、あとはやり返すだけ。


「――で、誰からそんな情報を?」

「匿名の垂れ込みだ」

「ま、教えられないわよね」


 その情報筋が、ほぼ犯人と考えて間違いない。

 こんな三文小説を書く犯人であるし、小難しい演出はできないだろうからね。


「わたしはどうなるの?」

「重要参考人として、身柄を拘束させてもらう」


 やっぱりもう帰してもらえないか。


「貴族は平民を殺しても罪にならないのに、平民は平民を殺すと罪になるのね」

「そんなことはない。貴族であろうといわれなき事案であるならば罪となる」


 わたしの皮肉に真ん中の魔法使いがそう正してくる。


「いわれがあればいいんでしょ? そんなのいくらでもでっちあげられるし」

「口を慎みたまえ、ネロヴィア・ラザール。あまりな発言は君を不利にするだけだ」


 不快そうに言うのは、右の魔法使い。


 最初からはめられたのだろうから、不利なのは承知の上。

 文句のひとつやふたつくらい、黙って聞けというものだ。


「ま、いいわ。好きにして。あ、わたしが受け取った差出人不明の手紙、誰からなのかちゃんと調べてね? そんなこともできずにわたしの罪を認めるようなら、さすがに化けて出てやるから」


 わたしの威圧を込めた冗談に。

 三人は悪寒を覚えたかのように、身を震わせていた。

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