第27話 静かな日々よさらば


       ◇


 学院で貴族と平民は学び舎自体は同じでも、クラスは明確に分けられている。


 学年でクラスは三つ。

 貴族がひとつに平民がふたつ。


 これが卒業時点では二つにまで減る。

 六年間の間に脱落していく者が少なくないからだ。


 ともあれそういうわけなので、学院で今のところわたしの唯一の友人であるクレーリアとは別のクラスである。

 平民クラスでわたしはぼっち。

 何ていうか、みんなわたしのことを敬遠して近寄ってこないのだ。


 今日もそんな一日になるかと思いきや、ちょっとだけ様子が違っていた。

 朝からクラスの中で、わたしのことが噂されている。

 今朝の件だろう。


 と思っていたら昼休みになって、クラスメイトに声をかけられた。


「あの、一緒にお昼食べない?」


 声をかけてきたのは女子生徒。

 オリアーナ・アルドリッジ。


 確か騎士を目指していて、クラスの中でも運動能力は高い方だ。

 そのオリアーナの少し離れたあたりには、数人の女子が様子を見守っている。

 たぶん、同じ仲良しグループだろう。

 オリアーナは貧乏くじを引いたらしい。


「どうして?」


 軽くジャブ。


「えっと、その……お話聞きたくて。ラザールさんって、とっても強いって知らなかったから」


 普段の修練では実力を隠しているから当然だ。


「知らなかったから?」

「ええと、その……」


 わたしは基本、いじめっ子らしい。

 返答に窮するオリアーナをみて軽く愉悦するくらいには、ちょっと人格が健全ではない。

 困ったものだ。我ながら。


「もう! 何やってるのよオリアーナ!」


 じれったくなったのか、後ろで見ていた女子の一人がつかつか割り込んでくる。


「一緒にご飯食べて、仲良くなりたいんでしょ! あたしもだけど」


 ずいぶん直截的なこの女子は、ダリア・フライデイ。

 こっちも騎士志望。


「というわけでラザールさん。あたしたちと来て! 来るわよね?」

「そ、そんな強引に」


 オリアーナとは違ってダリアの方は押しが強い。

 でも緊張しているのも分かる。


 これだけでも普段、わたしがどんな風に周囲に見られているのか分かるというものだ。

 焦らしても良かったけど、十三歳の子供相手に大人気ないことしてもね。


 わたしはこくりと頷いておく。


「やった!」


 嬉しそうに喝采を上げたのは、オリアーナよりもダリアの方だった。

 可愛いものである。


       ◇


「それであたしはその場にいなかったんだけど、あのバルシュミーデ公爵令嬢を追っ払ったのって、本当なの?」


 学院内の平民用食堂。

 残念ながらこんな所でも貴族と平民は分けられていている。

 貴族の方の食堂の方が、うまいものを食べられるらしい。


 もっともこのあたりは仕方が無いともいえる。

 というのも平民に比べ、貴族の方がいわゆる学費が高いからだ。


 その他もろもろの差も、結局は支払っているお金の差ともいえる。

 逆に学費を高く設定することで、どうにもならない貴族意識や身分の差などの理由付けにしているのかもしれないけどね。


 というわけでこっちの食堂には貴族がいないため、その手の噂話がし易い、というわけなのだ。


「まあね」


 みんなに見られたことだし、事実は事実としてダリアに頷いておく。


「ユーディット様って、とても強いんでしょ?」


 とはオリアーナ。


「そうね」


 事実、ユーディットなら王国騎士団にだって入れるレベルだ。

 こちらに来る前に、散々鍛えたシルヴェストルといい勝負ができるくらいである。


 もっとも年齢を考えれば、ユーディットの才能が高いことの証明ともいえるだろう。


「じゃあさ? そんなのに勝っちゃうラザールさんって何なの?」

「ネロヴィアでいいわよ」

「え、いいの?」


 食いついてきたのはオリアーナ。


「好きにして。あと、別に勝ってないわ。剣を折ってやっただけ」

「いや、普通できないでしょ。そんなこと」


 ダリアが即座に反論してくる。

 今のわたしなら指一本で同じこともできただろうけど、それだとちょっと印象が強すぎるかと思って、わざわざ足でしてあげたのだ。


「あの時のネロヴィアさんって。格好良かったの!」


 どうやらオリアーナは今朝の野次馬の中にいたらしい。


「そう?」

「だってネロヴィアさんって、魔法使い志望なんでしょ? なのに素手で騎士をやっつけるなんて、私感動しちゃって」

「あら、わかってるじゃない」


 騎士を杖で殴り倒す魔法使い。

 そんな魔法使いを最強だと思っているわたしにとって、オリアーナの共感は心地いいものだ。


 なので気を良くして笑んでやる。


「うわ、やばそれ」


 と、わたしの顔を見ていたダリアがくらくらしてみせた。


「ネロヴィアさんて、笑うんだ……」

「? 笑うわよ?」


 別に無表情キャラってわけじゃないし。


「あ、ええと、そうじゃなくて、素敵な笑い方するからびっくりして。ほら。ダリアなんていちころだし」

「惚れるわー」


 何を言っているんだこの小娘たちは。

 ちょっとだけ呆れていると、ダリアも本題を思い出したらしい。


「それで結局ネロヴィアって何なの?」

「あなたと同じ、一年生よ」

「一年生は五年生に勝てないの」


 それもそうだ。


「それに見た目や仕草がとても貴族っぽいもの。本当に平民? いつもレグレンツィ伯爵令嬢と一緒にいるのだって、何か特別って感じがするし」


 それは前世の影響に違いない。


 わたしは一応貴族していたし、聖女候補として取り繕ってもいたから、貴族社会に対する知識や慣れ、経験がある。

 そういうのが出てしまっているらしい。


 あとやはりクレーリアとの関係も、周囲から敬遠されていた要因のひとつだったようだ。


「平民よ。イステリア子爵領アデッサ出身。今はレオミュール男爵家に仕えているわ」


 今さらながらに簡単な自己紹介。


「イステリアって、西の?」

「そう」


 オリアーナへと頷く。


「男爵家に仕えてるってのは?」


 初情報に、ダリアが首をかしげる。


「レオミュール卿に拾ってもらったのよ。仕えているのはそういう体裁ってだけで、実際には養育してもらっている感じ。だからこうしてここにいるわけだし」

「じゃあレグレンツィ伯爵令嬢との関係は?」

「入学式の夜にパーティに行って、知り合ったのよ」

「はあ? あのパーティに参加したの?」

「したわよ」

「は~……。本当に平民?」


 いろいろ説明してあげたのに、ダリアはまたその質問に戻ってしまった。


「あれって貴族だけで、平民は出られないって聞いたけど……?」


 オリアーナの言う通り。

 でもそんな道理、わたしの食欲の前には意味をなさないのだ。


「ただ飯が食べられたしね」

「……けっこうめちゃくちゃな性格してるよなあ……ネロヴィアって」


 最後にはダリアに呆れられてしまった。


 ともあれそんな感じで和やかな時間は続く。

 わたしの強さに関しては適当にはぐらかしつつ、それでも言葉を重ねていけば、ある程度までは親しくなれるだろう。


 実際、この日を境にして、わたしはクラス内でぼっちではなくなってしまった。

 静かな日々よさらば、といったところかな。


 それはいい。

 でもそれだけではすまないものだ。

 特に貴族というものは。

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