第26話 貴族と平民(後編)
「悪いけど、荒事になったらごめんね?」
それだけ言い残し、わたしは前に出る。
「そこまでにしておいたら?」
同時に声を上げて。
当然、周囲の視線が集中した。
こんな局面で声をかけるなんてどんな愚か者が現れたのかと、そんな感じだ。
まだ距離があったセレスティアも、ちょっと驚いたように歩みを止めている。
ふん。
どうせこの場を収めて株を上げようって魂胆なんだろうけど、そうはいくか。
あの女の好感度を上げるくらいなら、わたしの好感度を下げた方がマシというものだ。
「誰だ?」
まさか周囲の誰かに止められるとは思っていなかったのだろう。
僅かな困惑と、不愉快さを滲ませて、ユーディットが威圧してくる。
なるほどね。
けっこうな圧力だ。
レベルはたぶん、30を越えている。
騎士爵を得ているのだから当然だ。
そしてこの時点で、王国騎士団への入団も可能だろう。
大したものである。
「ネロヴィア・ラザールよ」
答えつつ、どんどん歩み寄っていく。
「平民が、でしゃばる気か?」
剣の切っ先が、迷わずわたしに向けられた。
わたしは笑う。
「弱い者いじめって、愉しいものね。わかるわ」
そして爆弾発言。
「な――」
案の定、ユーディットが顔を真っ赤にした。
「あはは。図星?」
さらに挑発する。
「貴様――」
剣を振り上げる。
実に簡単に怒ってくれた。
周囲の取り巻きどももヤジを飛ばしてくる。
「わたしも好きよ?」
聖女候補予定のつもりでいる身としては、実にありえない発言ではあるものの、どの道前世のように取り繕って生きるつもりもないしね。
「無礼者が!」
あっさりと剣は振り下ろされた。
血の気が多いようでけっこう。
ワンステップでかわし、さらに一歩前に進む。
それこそユーディットの鼻先にまで。
「あれ? これってわたしがナイフでも持っていたら、わたしの勝ちよね?」
ここまで間合いが詰まってしまえば剣など役に立たない。
「くっ……!?」
わたしが挑発するまでもなく、自分にとって致命の間合いをあっさり侵されたことに驚愕したのだろう。
即座に飛び跳ねようとする判断は、まあまあだ。
でもね?
ユーディットが離れていく瞬間に、わたしは軽く回し蹴りを放つ。
狙ったのは彼女が手にしたままの剣の腹。
なかなかの業物っぽいけど、今のわたしのレベルでそれなりに魔力を込めて蹴れば――
バギンッ、と音がして、剣がへし折れ刃先がどこかへ飛んでいった。
成功。
くるりと体勢を立て直し、その場で腰に手を当てふふんっ、と勝ち誇ってみせる。
「馬鹿な」
ユーディットは信じられないとばかりに呻いた。
「そうそうその顔よ? そういう顔を見られると気持ちよくなるの。弱い者いじめって、そういうことでしょ?」
ダメ押しで挑発。
でも今度は乗ってこなかった。
得物を折られた時点で力の差は思い知っただろうし、状況判断ができないわけでもない。
さすがは騎士爵持ち、といったところかな。
落ち着いたのなら話し合う要素も出てくるというものだ。
「まあ別に、あなたのことをいじめたいわけじゃないのよ。朝っぱらからこんなことして、登校中に道をふさがれて迷惑だっただけ。――そっちの上級生もいつまで腰抜かしてるのよ? 邪魔だからとっとと消えて」
別にどっちの味方でもないとアピールしておく。
「――下級生の分際で!」
と、別の誰かが叫んだ。
ユーディットの取り巻きのひとりだ。
そして魔力展開。
魔法を使うらしい。
騎士は剣を、魔法使いは魔法を使う。
どっちが有利かはその時次第。
近接戦なら騎士の方が有利だけど、遠距離なら魔法使いが有利な場合もしばしば。
今魔法を使おうとしている女子生徒と、わたしの距離は近い。
判断としては落第点。
ついでにいえば、周囲には野次馬生徒がうじゃうじゃ。
ま、そんなのはどうでもいいけど、クレーリアだけは守っておかないと。
「やめろ」
でも魔法は発動しなかった。
ユーディットが止めたのだ。
「……今年の一年生か?」
「そうよ」
制服はみんな一緒だけど、何といっても背丈が違う。
まだわたしは成長途中なのだから小さいのは当然だ。
「それにしては強い。名前をもう一度聞こうか」
「ネロヴィアよ。一度で覚えたら?」
「平民の名など覚えてもな」
ごもっとも。
「だが今覚えた。お前も覚えておくがいい」
それだけ言い残して、ユーディットはあっさりと踵を返す。
うん、やっぱり状況判断は悪くない。
もうちょっと荒事になるかと思ったけど、ならなかった。
でもこれは良い結果とばかりは言い切れない。
わたしは権力も何もない平民なのだから、徹底的に暴力で解決すべきだった。
圧倒的な力をみせつけて、相手の心を折って、二度と歯向かう気を起こさせないようにする。
その程度はすべきだったのだ。
そしてこの学院ではそれが許される。
ところがユーディットはあっさりと身を引いた。
これで目をつけられてしまったのは間違いなく、今後搦手でどんな嫌がらせを受けるやら。
そう思っていたら、遠くにいたあの女と目が合った。
衆目の中に、当然ながらセレスティアもいる。
あれは一度微笑んだようにみせて、そのまま背を向けてしまったけど。
……早速セレスティアにも目をつけられたらしい。
やれやれである。
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