サバンナの夜を待つ

ユウグレムシ

 

 がっしりした黒い腕で封筒の束を抱えた先生が教壇に立ち、クラスに睨みを利かせると、騒がしかったみんなは、いそいそと自分の席へ戻った。二時間目の授業は、社会科。


「今日はお前達に、ニホンの友達から手紙が来てるぞ」


「ニホンだって?」


「自動車の国だ!」


「ハンバーガーの国だ!」


「バーカ、おめぇそりゃアメリカだろ」


「「「キャハハハハハハハハ!!!」」」


「ニホン人ならカネをよこしゃあいいのにさ。慈善活動のつもりだか知らないけど、手紙なんかくれたってパンひとかけ買えやしないぜ」


「静かに!いきなりカネをくれる奴は胡散臭いんだぞ?知らない相手と付き合うときは、そいつが信用できる奴かどうか、まず会話で人となりを見定めるんだ。この時間はそれを勉強する。将来、悪い外国人に騙されないようにな」


 先生が宛名を読み上げ、クラスメートのひとりひとりを教壇に呼びつけて封筒を手渡した。


「お前達、ニホンの友達がくれた手紙に返事を書きなさい」


 地球儀のマークがある封筒を破ってみると、手紙の文面はニホン語から英語に翻訳されていた。僕宛ての手紙をくれたニホン人……マサキは、当然、友達でもなければ知り合いでもない。“外国の友達に手紙を書きましょう”みたいな授業でランダムに宛先を割り振られたらしく、話題に困って、執筆中のライトノベルの草稿を書いてよこした。ユアとかいうシャーマンがマサキをかばって死ぬ話。感想を求めてきたので、僕の故郷の話をしてやった。



 ハロー、マサキ。手紙をありがとう。


 マサキのライトノベルは、偶然にも、僕が最近経験したことに似ているね。


 僕の故郷にはラジオも携帯電話もあるけど、古臭い風習も残っている。男の子は年頃になると、夜のサバンナに放り出され、槍一本で戦う昔ながらの猛獣狩りをしなくちゃならないんだ。たとえ僕が嫌がっても、爺ちゃんが納得しない。父さんの跡を継いで、弟たちや妹たちを守るため、部族の一員にふさわしい戦士として、僕が立派に成長したってことを、大人たちに示さなきゃいけない。


 儀式の日は、夜を待つあいだシャーマンが家にやってきて、家族やご近所みんなで食べ物と酒を持ち寄ってもてなす。


 シャーマンは僕の無事を先祖の霊に祈ってくれる。彼はなんでも知っている人で、ライトノベルのユアがやったように、天から星を降らせることもできる。だけど彼は言ったよ。「魔法などない」って。星降りの魔法に関してタネを明かせば、じつは天から星が降るんじゃなくて、地球が太陽の周りを回りながら、宇宙に浮かぶ塵のかたまりに突っ込むとき、細かい塵が大気と擦れ合うことで星みたいに燃えるんだ。宇宙の塵は、いつも同じ場所に漂っているから、そこへ地球が突っ込む時期も毎年同じ。日付と時刻と方角を覚えてさえおけば、魔法なんて使わなくても必ず流星雨が見られるってわけ。すごいね!


 リンゴを手のひらから出す手品も彼はできるよ。僕にも教えてくれた。いつかマサキを驚かせたいなぁ。


 ……狩りの儀式に話題を戻そう。夜を待つ、って話はもうしたね。


 ライフル銃を持った大人がついてきてくれるから、僕ら子供が猛獣に食い殺されるような事故はめったにない。それでも僕は、槍一本携えただけで、柵も檻も無しに、サバンナに棲む本物の猛獣の面前に立たなきゃならなかった。そいつは木の上で僕を見てたよ。遠くからでも僕を刺し貫く、冷たくて容赦のない視線だった(キュートなユアとは違うね)。僕はすくみ上がってしまって、叫び声も出ないほど喉がカラカラに渇いて、戦うことも逃げることもできなかった。でも、それで充分らしい。


 わざわざ危ない目に遭って何の意味があるのかって思うだろ?シャーマンの説明によると、儀式の夜、サバンナに現れる猛獣は、自然の精霊の化身なんだって。人間は死んだら土に還るけど、その土から植物や虫が生まれ、植物や虫を食べて動物が命を繋ぎ、その動物たちが、猛獣や人間の食べ物になる。僕がサバンナの儀式から生きて帰れたなら、自然の精霊が僕を、先祖代々続く生命のサイクルの一部と認めてくれたってことで、それがつまり、生き物として一人前になったってことなんだ。……ややこしいかな?


 こんな話をするのは、単に授業の時間内で書けそうな話題だと思いついたからだ。マサキのライトノベルにはあまり関係なかったかもね。ごめん。


 ところでライトノベルの感想だけど、ユアはマサキに魔法を見せびらかしただけで死んでしまって、シャーマンとしてはあまり活躍していないね。もっと彼女のストーリーが読みたかった。


 そろそろ授業が終わる。もし仲良くなれそうなら、今度は僕の家に手紙をくれ。シーユーアゲイン。

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