最終章 運命の再会


 週末が近づくと、我が家は私のお見合いの準備で大忙しになる。明日の昼には、我が家の座敷でお見合いが行われる。

 その舞台は、高級料亭やホテルのラウンジではなく、我が家の使われていない座敷で行われるとのこと。

 

 母さんとトメさんがお見合いの段取りを計画してくれた。私は、成人式で着た可愛らしい振り袖を着たかったが、母からやる気満々の“痛い女”に見られるからと反対され、一度袖を通した小紋柄の和装を選んだ。



 ✻


 日曜日、お見合いの朝。座敷の暦には「満願吉日」と書かれていた。母さんの仕業だろう。そう思うと、愉快になるとともに、目頭まで熱くなった。


 お見合いの準備が進み、琴の音色が聞こえてきた。母さんとトメさんが作ってくれた、治部煮じぶにやぶり大根、鯛の唐蒸しや笹ずしの郷土料理でテーブルが賑わっていた。けれど、真ん中に目立つのは九谷焼の大皿に盛られた母さんのぼた餅だった。


 石田さんの両親は遠方に住んでいるため、今日のお見合いではトメさんが母親役を務めていた。約束の時刻まであと五分なのに、とても長く感じてしまった。


 彼が到着するのを待つばかりで、私の心は一日千秋の思いとなり、お見合いへの期待と緊張で高鳴っていた。そんなときに、彼は姿を現わした。


「いやあ……遅くなってごめんなさい。石田です」


 石田さんは遅刻などしていないのに、頭をかきながら駆け寄ってきた。でも、彼はまるで結婚式に参加するような色紋付きの羽織袴を着ていた。

 母さんたちはその仕草が愉快であり、衣装まで勝負服のように感じられたのか、笑いを誘っていた。けれど、私には彼ならではの真剣さや誠実さが伝わってきた。


「初めまして、一場ゆり子です。どこかで会ったことがありませんか?」


 私は直ぐに気づいた。彼は神さまが縁結びの馬を私に贈ってくれた人だった。

 それは、私が初めて出会った、瓢箪ひょうたんから駒が出たような経験だった。運命の人に再会して、話したいことはたくさんあったはずなのに、言葉が出てこなかった。


 けれど、話さなくてもわかった。私は彼の爽やかな目やゆっくりと話す低い声、そして届いてくる男の空気感が好きだった。


「ゆり子さんという名前だったんだ。やっぱり、来てよかった。これは偶然じゃないよね。君のことをずっと好きだった。氏神様で出会ってから忘れられなかったよ」


「私も……」


 私は彼の目を見つめながら、そう言葉を漏らすのが精一杯だった。いつか自分の名前が、一場ゆり子から石田ゆり子になることに惹かれていた。なんとなくだが、そっちの方が好きだった。



 ✻


 翌日、トメさんに誘われて、彼女の孫の授業参観に行ってみた。そこは私の母校、ひがし茶屋街中学の一年一組の教室だ。校庭には桜が満開となり、窓から生徒たちが見とれていた。

 ああ……懐かしい。私は、初恋の男の子と歩いた、十五年前ぐらいの自分の姿を思い出していた。耳もとには石田さんの低い声が届いた。


「教科書の七十七ページを開いてみて。今日は、夏目漱石の『夢十夜』の復習をしてみよう。まずは先生が読んでみるから、真剣に耳を傾けていなさい」


 石田先生の朗読に聞き惚れる私は、男の真剣な顔を見て、思わず息をのんだ。彼は私に気づいて、少し照れくさそうに笑った。


 でも、教師としての自信と責任感がにじみ出る姿は、ますます魅力的に見えた。

 彼は教科書を開いて、生徒の周りを歩きながら、『こんな夢を見た。腕組をして枕元に坐っている……』と、男らしく渋い声で読み始めた。それは、夢の世界を不思議な言葉で綴った小説だった。


 ところが、私は彼の目と目が合って、ふたりだけの甘い時空の世界に引き込まれていった。その日、授業が終わると、石田さんは私たちを優しく見送ってくれた。


 彼が教室に戻ると、ホワイトボードにはいたずら書きが残されていたという。そこには、相合傘の下に石田先生と謎の女性と名前が書かれ、カラフルな色彩のイラストでふたりの満面の笑みを浮かべる似顔絵が描かれていたらしい。


 私は家に帰ると、石田さんからその写真を送ってもらって、微笑んでいた。


 その夜、私はベッドに横たわり、今日の出来事を思い出していた。石田さんの魅力的な笑顔、その声、そして彼の存在が心を満たしていた。目を閉じ、心の中で氏神様に感謝の言葉を綴った。


「ありがとう。石田さんとの出会い、そしてこれからの新しい門出を祝ってくれて、本当に感謝してる。これからもふたりを見守ってください」


 窓から星空を眺めると、なぜだか、天国からお父さんが神馬に乗って颯爽と駆け寄ってくる姿が思い浮かんだ。彼はそっと私に寄り添ってくれ、満面の笑みで見守ってくれていた。私はお父さんに高らかに宣言した。


「私たち、お見合いで結婚します。ありがとう」と言いながら、私は星空を見上げ、お父さんの存在を感じた。


 美しく光り輝く星空の下で、新たな人生の扉が開かれることを感じていた。石田さんとの未来への期待と、神馬に乗るお父さんの祝福が心を満たし、幸せな気持ちで眠りについた。そして、夢の中で私たちは手を取り合って、新しい恋路を歩き始めた。


 これからの人生が、どんなものになるのかはわからない。でも、ひとつだけ確かなことがあった。


 それは、現実の世の中で希望の光に照らされている道を、ふたりで一歩ずつ確実に進んでいることだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚活戦線異状あり「私たちお見合い結婚です」 神崎 小太郎 @yoshi1449

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ