File.1 誕生した名探偵(絆の証殺人事件)
Ep.1 初めての殺人現場
「
ビルの受付嬢が愛想もなしにサッと受付の表を読んでいる。その中で僕の名を見つけたらしく、表を置くや否や「お待たせしました」と。
「七階です。ただいまエレベーターが故障中ですので、そちらの階段を使ってください」
「えっ……あっ、はい」
随分面倒なことをしなければならないのかと文句を心の中で吐き出しつつ、七階まで挑戦し始めた。
カタンカタンと自分の足音だけが響く寂しい階段。あまりメンテナンスも行き届いていないのか、そこら中錆びだらけで嗅いでて気持ち悪くなりそうだ。
ふと先日嗅いだ、血の臭いがフラッシュバックしそうになって口を抑えている。もう口から出るものはなかったから、そのまま前へ前へと進んでいく。
意識を別の場所にと違うことを考える。
先日、僕を取材したいと言ってきた日高と名乗る記者のこと。
あの人はしつこくインタビューを続けてきた。彼女の情報がもっとほしいと考えていた僕は交換条件を持ちかけ、取材を受け入れることとなったのだ。しかし、本当に僕が知る以上の真実を持っているのかどうかは分からない。
逆に、だ。相手にとって役立つ情報を持っているか、僕は分からない。真実でないことを勝手にでっち上げて書こうとしたら、その時は全力で殴れば良い。今はもう事件なんて気にしてはいられない。
相手にどう説明しようか、なんて考えたら気付けば七階に立っていた。
階段から出た自分に映ったのは忙しく動いている人達の姿。日高さんはいない。
「あの、日高さんに言われてきた名船です。日高さんはいらっしゃいませんか?」
その言葉に対し、ショートカットの女性社員が指を差す。
「それなら、資料室。たぶんあっちの部屋で書類、探してんじゃない?」
「ありがとうございます」
余計な情報もなく、そのままの答え。ありがたい限りだ。
そのまま向かわせてもらって、その扉を開けさせてもらう。しかし、引いても押してもうまく動かない。前には動いているから鍵は掛かっていないと思うのだが。
出てくるのを待つかと思ったところで、近くを歩いていた若い男が通りがかった。彼は僕を見て、部外者が入ってきたと驚いたよう。
「君は……」
「取材のために呼ばれた名船です」
「なるほど……で、扉が開かないと」
「そうなんです」
男はすぐに「建付けが悪いからなぁ」とぼやいた後、一気に扉を蹴っていく。大きな音がしたため、一瞬身構えるも彼は笑っていた。
「あんまり使わない部屋だからね。どうやって入るのかも忘れちゃって……確か蹴れば……」
「そんなテレビじゃないんですから……って」
ふざけられるのはそこまでだった。部屋の隙間から異常な臭いが漂ってきた。今度は間違いなく脳裏に残った臭いであると心が叫んでいる。
だから、か。
僕は勢いよく扉を蹴りつけていた。それも破壊しかねん勢いで。
ハッとしていた後ろの男は「えっ、そこまでやったら扉自体が壊れるよ!?」と驚いていたものの、気にしている場合ではない。働いている人、皆の痛い注目を浴びたとしても一向に構わない。
中で大変なことが起きているのであれば、と中に無理矢理侵入したのだが。
「あっ……」
資料室の奥にあるデスクと一緒になっていた椅子に男が座っている。
しかし、そこからでも分かった。男の胸に包丁が刺さっていることが。
血がデスクや本に飛び散っている状況だ。現実ではまだ見慣れていないが、経験はしたことのあるこの状況。
後ろの男が「えっ……日高さん!?」と固まって困惑している間に動けるだけのギリギリの余裕はあった。
最初にやることは人の脈を確かめること、だったはず。すぐに確認してみるも体全体が冷たくなってしまっていた。資料室の中で冷房が掛かっているとはいえ、肌がそこまで冷えることもない。もう死んでいるのは火を見るよりも明らかだった。
入ってきた大勢の人達に言うしかない。推理ものの探偵みたいなことをやるのも変だが、真似をするしか今するべきことが思いつかなかったのだ。
「動かないでください。そして、警察を呼んでください。日高さんが殺されています!」
命令してから、日高さんの顔を再び確かめる。顔は下を向いていて、驚いていたような表情はない。僕を待ってうたた寝でもしている間に殺されたのではないかと思える。
誰が殺したのか。
いや、これは殺人事件だ。たまたま彼女のことを調べていて起こったもの。また別のいざこざに巻き込まれて殺されてしまったのかもしれない。捜査を警察に任せようと思っていた。
日高さんの遺体近くを歩いていたところ、ヒラリと何かがデスクから床に落ちた。
「紙……?」
中を見て、「殺」との字が書かれていた。これは犯行声明か、と理解したところで一瞬にして過去の記憶が思い知らされた。
「殺」の中の字にある独特な癖字。例えば木の部分にあるはらう部分の後に丸が作られている。
「志儀……?」
前に志儀が言っていた。
『汚い字でしょ?』
『いや、そうとは思わないけど……これ、テストでもやってるの?』
『そこまではしないけど、普通に字を書くとこうなっちゃうんだよね。何だろ? 字ごとにルールがあってさ……一とか二とかだったら変な癖は出ないんだけど、何故かはらいとか止めの後でへにょへにょな線が出たりだとかさ……』
そう、その志儀の字だ。
彼女しか書けない字が犯行声明に使われているというのだろうか。
つまり、日高さんを殺害したのも志儀なのか。ハッと考えて首を横に振る。志儀は前回の犯行で声明など出してはいない。何故この事件だけで声明を出さねばならなかったのか。
不思議に思うも、どう見ても志儀の字であることに違いはない。僕が一番覚えている。
そこにもう一人の男が近寄ってきた。先程、僕と共に扉を開けた男。その人がさっと僕から紙を奪う。
「そ、その字……」
「この字が何ですか?」
「ここまでふわっとした感じは……志儀しかいないよな……ってことは殺人鬼が来て、日高さんを殺してったってのか……? どういうことだよ!?」
「さ、さぁ……?」
「君は知ってるんだよな? その志儀の幼馴染だとかって言うんじゃないか」
「あっ、いや……それは知らない……です」
と言っても、それが信じられないらしく僕が感じた恐ろしさを無視して肩を掴んできた。一歩引こうにも離してはもらえない。やめてもらいたくても、今は何故か声が出てくれなかった。
すぐに彼のその言葉や行動が伝染していき、ついにはここにいる皆の心までもがおかしくなり始めていた。「自分も狙われるのではないか」と怖がる人。「犯行声明を出すということはまだ別に何かやらかそうとしているのではないか」と悩む人。
日高さんの死に実感が湧いていなかった人達が現実を感じ始め、現場が恐怖に包まれていく。
真相のカミカクシ 夜野 舞斗 @okoshino
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