最終話  絵師の兄は義妹の幸せを描く。


 ――妹の口が僅かに動いた。何かを言おうとし、けれどそれは言葉にはならず......暗いそらに消える。


「......姫架、俺は」


 言いかけた瞬間、彼女は走り出した。


「あ、待っ......!」


 こけそうになりながら、人の波をかき分けて。俺は初めてみた彼女の悲しそうな顔に胸が締め付けられ、一瞬立ち止まってしまう。


「姫架は......」


 はっ、と我に返り彼女の後を追う。ここではぐれたら俺はきっと後悔する。


 周囲を見渡しながら、カップの隙間をぬって街を行く。姫架から食事の誘いを受けたときにはこんな事になるなんて思っても見なかった。


 ――鈍感すぎるわ、敬護。


 昔、あのレストランで言われた言葉が頭を過る。


(いや、その通りだよ)


 俺は鈍感で間抜け、タイミングも悪くて母さんを大変な目に合わせてしまったどうしようもない......不器用で、馬鹿な人間だ。


 でも、だから。


 姫架は失わない。兄として......いや、もうなんでも良い。


 大切な人だ。彼女は、俺にとって欠け替えのない。あの子じゃなければ埋まらない。


 ――ふと、気がついた。


(......姫架、もしかして)


 向かった先。コンビニを二つ横切り、その向こう。通学路の途中にある公園。


「......姫架」


 そこにはブランコに乗りうずくまる彼女がいた。俺はゆっくりと近づく。彼女の目の前、膝を付き向き合う。

 ひっく、と嗚咽まじりの声が聞こえる。


「ち、違くて......わた、わたし」


 涙が止まらないようで、声が震えてる。


「泣くつもり、なくて、こんな......わたし、お兄さんを、困らせ、ちゃった......うわああん、ごめんなさいぃ」


 ほんとに優しい子だよな、この子は。自分の事じゃなくて俺の事。だから逃げたのかな。泣いてる姿を俺に見せて困らせないよう。


「困ってない、困ってないよ。てか、なんで泣くんだよ」

「......ずみばぜん......」


 あたまを撫でると、手で遮られた。


「や、やさしぐじないで......苦しくなる」

「そっか」


 それじゃ。


「......は、えっ......!?」


 俺はぎゅうっ、と彼女の体を抱きしめた。


「や、やめ......」

「悪かったな、今まで」

「え?」


「辛かったんだろ、俺の事で」

「......そ、そんなの、お兄さんに関係ない」

「お兄さん、じゃなくて......敬護って呼んでくれ」


 ぽんぽん、と軽く背を叩き俺は姫架から離れる。


 ぽかん、とした顔。間抜けで可愛い。100点の可愛さだな。


「さっき悪いって言ったのはな、別にその気持ちが迷惑だとか嫌だったとかじゃない」

「......?」


 首をかしげる姫架。


「......気持ちは嬉しいよ。でも、これまで妹として見てきたから......すぐには整理できないんだ」


 何を言ってるかわからん、という表情をしてるな。


「俺も、姫架のこと......好きだぞ。異性としても、な」


 そう言った瞬間。彼女の眉間にシワがにゅっと寄った。どういう顔それ?


「......あれ、私いつの間に......そろそろ起きなきゃ」

「いや夢じゃねーわ」


「......あ、あの、そろそろ正体を現してくれませんか」

「偽モンじゃねーわ」


「......ほ、ほんとに......好き?」

「ああ。ほんとに、だ」


 そう言うと、彼女はやっと俺の言葉を信じたようで、「う、うれじい......」とまた泣き始めてしまった。


 頭を撫でながら俺は空を仰ぐ。


 暗い空に、一筋の星が流れ......何処かへ消えた。




 ◆◇◆◇




 ――1/1




「......ん?」


 朝、ふと目が覚める。体が重く、見れば掛け布団が盛り上がっていた。


(またか)


 めくるとやはり彼女が潜り込んでいた。小さな寝息をたててすやすやと幸せそうな寝顔。

 その手にはマフラーを握りしめている。いつもの癖。そうして寝ないと落ち着かないらしい。


「......あ、おは、よ」


 起きた姫架は目をこすりながら、奥から這い出てくる。苦しくねーのか?


「うん、おはよう。姫架......で、なんで俺のベッドに?」

「......昨日ね、年越し配信してて......楽しくてね、寝たの3時。だから、敬護のベッドきた」


「だからの意味がわからんが」

「......い、癒やしを求めて.....疲れたんだもん」


 這い上がってきた姫架はぎゅうっと抱きしめてくる。パジャマ姿の彼女。意図しているのかわからんが、胸があたってる......つーか、全体的に密着している。


「......敬護」

「ん?」


「すき」


 ポツリと言う姫架。


「あ、うん」

「.......」


 じーっ、と上目遣いで見てくる姫架。


「好き、だよ」


 にんまり笑みを見せる姫架。まるで星のような......いや、これは一番眩しい太陽の煌きだな。


「あ、そーだ......お昼からも配信あるんだった、お雑煮食べて雑談するやつ」


 ちなみにVTuber陽季子モリのチャンネルはあの3Dライブ配信後に凄まじい伸びを見せ、今ではチャンネル登録者100000人を達成。


 近々、記念配信をする予定らしい。


「......おぞーにおぞーに......♪」


 ぴょんとベッドから飛び出る姫架。振り向き俺に聞く。


「......け、敬護も、食べる......?」

「あ、うん......つーか、手伝うよ」

「......あ、ありがとう」

「ああ。まあ、二人分だからすぐできるだろうけどな」


「う、うん.....また、お母さんとお父さん旅行行っちゃったしねぇ......」


 そう。またあの二人は突然この家から姿を消した。それはクリスマスの日。帰ると二人の姿は無くて、その後メールが届いた。2月までには戻ると。自由すぎる。


「あ、そーだ。あれなら俺が作るから、姫架は配信の準備しててもいいぞ」

「あ......ほ、ほんと?」


「うん、もちろん」


 姫架が微笑み、部屋を出ていく。




 ――俺は彼女の幸せを描こう。


これから先の未来も、ずっと。





______________________________________





【あとがき】

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――絵師の兄は義妹の幸せを描く。 カミトイチ@SSSランク〜書籍&漫画 @kamito1

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