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往年のヒット曲やライヴの定番曲を散りばめた、海外の大物ロックバンドの来日公演さながらの大盤振る舞いのセットリストで、伝説の復活にふさわしい高揚した空気が東京ドームを満たしていた。榊のまわりでも、少女たちが今にも泣き出しそうになりながら拳を突き上げたり、飛び跳ねたりしていた。
二度目のアンコールで、イツキは珍しく、あらたまった様子で話しはじめた。
「おれがこのバンドに入ったのは、そこでギターを弾いてるユヅルに拾われたのがきっかけです。拾われた、なんていうと、当時はすごく笑われたんだけど、でも、実際拾われたんだよね。
ユヅルと、というかD‘ARCというバンドと出会って、おれの人生はほんとに変わっちゃって、つらいこともたくさんあったんだけど、でも、おれはつらいことしかなくて、一生満たされないとしても、音楽を選びたいって、思っちゃったんですね。
D‘ARCと出会って生き方が変わったことを悔やんだことはないし、このさきも絶対に悔やまない。歌いたいです。……喉をだいぶだめにしちゃって、いつかはもっと、声が出なくなってしまうのかもしれないけど……でも歌っていられるなら、その歌が誰かにきこえるなら、何と引き換えにしたって構わないんだ」
イツキが言い終わると同時に、ユヅルのギターが最後の曲のイントロを鳴らした。金と銀のテープが飛ぶ。ドームの空に放たれて、ゆっくりと舞い降りてくる金色と銀色、それを掴もうと伸ばされるたくさんの手を、夢のように榊は見ていた。
「またD‘ARCのライヴを、君と一緒に見られるなんて、思ってもいなかった。ありがとう」
丸の内線の改札口の前で、榊はあらためて連れに礼を言った。終始直立不動でライヴを見つめていた連れも、ありがとう、と鸚鵡返しに言う。
「……それで、誰なんだ、君は。都筑じゃ、ないよね」
都筑によく似たそれは曖昧な微笑を浮かべるばかりだ。
「僕が最後に都筑に会ったのはもう十五年以上も前だ。……天使、天使といわれていたイツキが、あんなに歳をとったのに、いま僕の目の前にいる君は、僕の知っている、最後に会ったときの都筑そのままだ」
ひとつ深い呼吸をして、榊は続ける。
「都筑だと思いたかった。今でも、思いたい。都筑が、僕を許して会いに来てくれたんだと。……でも、そんなことはありえない。僕は自分の保身のために、都筑の夢を潰した。肝心なときに臆病になって、都筑を信じきることができなくて、バンドを捨てて院に進学した。……しかも、都筑にだけそれを最後まで知らせずに……」
できるだけ静かに言葉を吐き出しながら、ああ、自分が都筑にした裏切りをこうして誰かに話すのは、初めてかもしれない、と榊は思った。
「都筑の世界から、僕はとっくに切り捨てられてしまっていると、そうわかっていても、あのころの都筑そのものの君と、二度と見られないと思っていたD‘ARCをもう一度見られたのは、すごく幸せだった。……感謝してる」
握手をもとめて、榊は右手を差し出した。かつての無二の親友の顔をしたものが、ひどく悲しげに笑った、ように見えた。そして胸に差していた羽根を榊に手渡した。榊が受け取った瞬間、黒い羽根は真っ白に変わり、目の前を夥しい数の羽が舞い散って、視界は白く埋めつくされた。白の最後の残像が消えると、そこにはもう、榊のほかには誰もいなかった。
羽 柳川麻衣 @hempandwillow
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