「少女の勇気ある行動に──敬礼ぃぃッッ!!」

 沢山の警察官達から敬礼をされて、春香ははにかみながら敬礼を返す。そして男の子のお母さんから感謝の言葉を浴びながら俺達は家路についた。


「バカ、あんな無茶しやがって。ハラハラしたぞ」

「だってあの子がかわいそうだったから……」

 そう言ってバツが悪そうに俯く春香を見て、俺は呆れつつも少しだけ誇らしく思った。


 春香の背中では、相変わらずモーニングスターの鉄球が夕陽を反射して揺れている。

 色々問いただしたいところだったけど、今日のところは良しとするか──と、口をつぐんだその時だった。


「見つけたぞ!」

 凛とした声に呼び止められ、俺と春香は驚いて立ち止まった。

 振り向くと、そこには制服に身を包んだ黒髪ロングの美少女が立っていて、俺達をキツく睨んでいた。その手には鞘に収められた一本の日本刀が握られている。


「な、何か?」

 俺が尋ねると、美少女は「お前ではない」と、言って春香を見る。そして手にした日本刀をスラリと抜いた。


「その背中の鎖付き鉄球、貴様も武器娘だな!」

「「武器娘!?」」

 俺と春香は同時に声を上げた。

 なんだその独自路線のフィギュアメーカーが出してるオリジナルフィギュアのシリーズ名みたいなのは。

 俺はもう一度尋ねる。


「そ、その、武器娘っていうのは?」

「ふん。その娘に聞けばいいだろう。だがあえて教えてやる! 武器娘とは──」

 彼女の話によると、武器娘というのは世界中に散らばる百八種類の武器に選ばれた少女達の事で、彼女達は互いの持つ武器を破壊し合い、最後に残った一人は武器神様からどんな願いでも一つだけ叶えて貰えるらしい。そして彼女は日本刀に選ばれた武器娘だという事をめちゃくちゃ早口で教えてくれた。


 なるほど! そうだったのか!

 春香は実は武器娘の一人で、俺が知らない所で日々モーニングスターを振り回し、彼女達と激闘を繰り広げていたという事か!


「だからモーニングスターを持ち歩いていたんだな!?」

 俺は少年漫画のような展開に胸をときめかせながら春香を見る。すると──。


「へぁ……?」

 まるでバイト初日に知らない銘柄のタバコを注文されたコンビニ店員のような顔をしていた。


「ち、違うのか!?」

「知らないよぉ……」

 どうやら本当に知らないらしい。

 じゃあ、そのモーニングスターはなんなんだよ!?

 オロオロする春香の様子を見て、刀を構える美少女は青筋を立てて激昂する。


「そんな物を持ち歩いておいて、この後に及んでまだしらを切るのか!? 潔く戦え! 参る──!!」

 そして刀を振り上げ、こちらに突進してきた。

 俺が咄嗟に春香を庇うと、美少女が上段に構えた刀が頭上へと振り下ろされる。俺は迫り来る死の予感に目を閉じた。その時だ──。


「ケーッケッケッケ!!」

 けたたましい笑い声が頭上から降ってきて目を開けると、前髪三寸で日本刀が止まっていた。そして民家の屋根の上にはツインテールの美少女──片岡さんが、まるでカエルのように脚を広げてしゃがんでおり、刀を握る美少女は片岡さんを睨みつける。


「誰だ貴様は!?」

「クケケーッ! 見つけたぞ、日本刀の武器娘! いざ尋常に勝負だケーッ!!」

 そして片岡さんはツインテールの中から鎖鎌を取り出すと、美少女と激しく打ち合い始める。

 その衝撃で地面のアスファルトがひび割れ、土煙が巻き上がる。そして二人はそのまま打ち合いながら夕焼けの中に消えていった。


 結局その日、なぜ春香がモーニングスターを持ち歩くのかは分からず仕舞いであった。

 正直、別にその理由が分からなくても困る事はない。しかし、この世で起こる全ての物事には理由があるはずなのだ。きっと春香とモーニングスターの関係にも何か理由が──。


 ☆☆☆


 その後、俺の疑問は解消される事はなく日々は過ぎて行った。その間に春香が警察に表彰されたり、片岡さんが突然モデルみたいなナイスバディになったり、山本が霧島さんと付き合う事になったり、色々な事があった。


 そんなある日の事だ。

 夕食後に俺がリビングのテレビでテレビを見ていると、小さな地震が起きてテーブルの上のリモコンがカタカタと揺れる。それが収まると、書き物をしていた母さんが言った。


「最近地震多いわねぇ」

 そこに風呂上がりの春香が「また揺れたねぇ」と、モーニングスターを片手にリビングに入ってくる。

 ここ最近、俺達が住む地域だけではなく、世界全土で頻繁に地震が起こっているとニュースで言っていたのを聞いた覚えがある。


 すると、バラエティ番組を映していたテレビの画面が切り替わる。

「あれ?」

 そして画面に映し出されたのは、ニュースキャスターの緊迫した表情であった。


『……この事実を報道するか、我々は悩みました。しかし、上層部や関係各所との会議の結果、皆様にお伝えする事となりました』

 どうやら緊急生番組が始まったようだ。しかもかなり深刻そうである。春香と母さんが顔を見合わせてソファーに座ると、キャスターは緊迫した様子で語り出す。


『NASAの発表によりますと、今我々が住むこの地球には、宇宙から巨大な隕石が接近してきている事が分かりました。それは約三日後に、日本西部の山中に落下する予定との事です──』

 それからキャスターは声を震わせながら、いくつかの事を語った。


 最近頻発している地震は隕石接近の影響であるという事。隕石の存在は数ヶ月前から確認されていた事。人々の混乱を避けるために報道されていなかったという事。隕石の破壊計画が進められていたが、失敗に終わったという事。そして──。


『もし隕石がこのまま落下すれば──人類は滅亡するでしょう。どうか皆様、最後の時を穏やかにお過ごし下さい』

 テレビの前に座る俺は、口をあんぐりと開けて言葉を失っていた。隣を見ると、春香も母さんも同じ顔をしており、春香の手の中ではモーニングスターの鉄球がぷらぷらと揺れていた。


 ☆☆☆


 隕石の落下による人類の滅亡──。

 そんな絶望的な状況を前にして、俺達家族は──いや、俺達を取り巻く環境も思いの外穏やかだった。

 少なくとも俺達の周りでは暴動やパニックは起こらなかったし、電気や水道も止まったりはしなかった。

 正直、全く実感が湧かなかったし、きっとみんなそうだったんだと思う。


 俺達は残り少ない滅亡までの時間を友人や家族と別れを惜しみながら過ごし、いよいよ最後の夜がやってくる。


「えー、明日には人類が滅亡するとの事で、最後の家族団欒を始めたいと思う!」

 明らかに空元気な親父の音頭で、さよならパーティー的なものが始まった。

 テーブルには家族みんなで作ったご馳走が所狭しと並び、それを食べながら俺達はこれまでの思い出話に花を咲かせる。

 そして宴は思いの外盛り上がり、人類滅亡の事などすっかり頭から抜けてしまっていた時だった──。


「あ、言うのを忘れてたんだが、今度部長に昇進するかもしれないんだ」

 親父が突然そんな事を言い出した。


「お父さん凄ーい!」

 春香が手を叩いて喜ぶ。

「あらー、私もいよいよ部長夫人ね」

 母さんも頬に手を当てて微笑む。

 俺も何かお祝いの言葉を言おうとしたが、そこでふと思い出す。


「あ、でも明日人類滅亡するから部長には──」

 その一言で、場の空気がプレス機に挟まれたかのように重くなる。言わなきゃよかった……。

 長い沈黙の後、親父はビールのグラスを飲み干して立ち上がると、窓際まで歩きカーテンを開ける。

 空には欠けた月が浮かんでおり、その少し離れた場所には鈍く光る赤い星が見えた。明日、人類を滅ぼすと言われている隕石だ。


「本音を言うとな、俺は全人類が滅びても、母さんとお前達には生き延びて欲しいと思っている。でも俺には……」

 すると母さんが立ち上がり、親父の背中に寄り添う。


「ねぇあなた、私と結婚してくれてありがとう」

 そして俺達を見ると、「あなた達も、生まれて来てくれてありがとう」と言った。

 俺は「……こちらこそ」と返し、隣に座る春香を見る。

 すると春香は、モーニングスターを握り締めて俯いていた。

 その肩は小さく震えており、その頰には一条の涙が伝っていた。それを見て、俺は明日自分が死ぬんだという実感が突然押し寄せてきて怖くなった。でも、今更何ができるって言うんだ……。俺にはせいぜい春香を励ます事くらいしか──。


「春香……」

 名前を呼ぶと、春香は顔を上げて叫んだ。


「私だって……! 私だってそうだよ!」 

「春香?」

「お父さんにもお母さんにも、お兄ちゃんにも死んで欲しくない! それに──!!」

 春香は勢いよく立ち上がり、空に浮かぶ隕石を睨み付ける。


「私だって死にたくない!! 諦めたくない!!」

 春香はそう叫ぶと、突然ベランダの窓を開けて外へと飛び出すと、サンダルを引っ掛けてどこかへと向かって走り出す。


「春香! どこ行くんだよ!」

 それを見た俺も春香を追って、裸足のままで夜の住宅街へと飛び出した。


「おい! 春香!」

 寒空の下を、春香は息を切らしながら走り続ける。

 通り過ぎて行く家々には明かりが灯り、そこに住む人々が最後の時を過ごしている事が窺える。

 そして春香がたどり着いたのは、近所にある広い公園だった。


「はぁ、はぁ……。どうしたんだよ急に……?」

 俺が追い付くと、春香はモーニングスターを握り締めたままキッと空を睨み付けていた。その瞳には夜空に鈍く光る隕石が映し出されている。


「お兄ちゃん! 私やってみる!」

「や、やってみるって……何を?」

「わからない……。でも、やれる気がするの!」

 そう言って春香はモーニングスターの柄を握り直すと、大きく振りかぶる。そしてブォンとスイングすると、その勢いに任せてまるでハンマー投げの選手のように回り始めたのだ。


「は、春香!?」

 ヒュンヒュンと鉄球が風を切る音が響き、一回転毎にその速度は増してゆく。そして周囲には砂煙と共に凄まじい旋風が巻き起こり始め、俺は飛ばされないように踏ん張る。回転の中心にいる春香の姿は、速すぎて黒い影にしか見えなくなった。

 その時、俺はようやく春香が何をしようとしているのかを理解する。


「春香ぁ!!」

 俺の叫びを飲み込んだ旋風はやがて竜巻へと変わり、天へと向かって立ち昇ってゆく。それはまるで大いなる意志が、この星に生きる全ての生命の生きたいという願いを、春香に──春香の握るモーニングスターに託しているかのように見えた。


 竜巻は周りにある遊具を軋ませながら、更に大きくなってゆく。そして俺が目を開けてもいられなくなった頃、その速度は最高潮を迎えた。そしてその直後──。


 キュンッ──。

 それはまるで鳥の囀りのように小さく、しかし力強さを感じる音だった。それが鳴り響いた瞬間、俺は凄まじい突風によろめきながら、一筋の光が竜巻を掻き消して天に向かって真っ直ぐに伸びてゆくのを見た。

 そして数秒の後、隕石の光が小さな花火のように舞い散り──消えた。


 何が起きたのか理解した俺は、湧き上がる感情を抑えて竜巻が起こっていた場所を見る。そこには春香が尻餅をついて、白み始めた空を見上げていた。


「春香!」

 駆け寄ると、春香は俺を見てニヘッと笑う。

 俺は言葉が出てこずに春香を抱きしめると、再び空を見上げた。白み始めた空の遥か彼方には、薄黄色の星が瞬いている。


「明けの明星……か」

「え?」

「金星だよ。明け方に見える金星を、明けの明星──モーニングスターって言うんだ」

 春香がなぜモーニングスターを持ち歩いているのか……。

 いや、持ち歩いていたのか、俺がその意味を知る事は生涯無いかもしれない。しかし、ただ一つ確かな事がある。春香が──俺の自慢の妹が、この星に明日を連れて来たのだ。


 ☆☆☆


 あれから数週間が過ぎ、俺達の生活はほぼ日常へと戻っていた。

 そしてあの日以来、春香がモーニングスターを持ち歩く事はなくなった。

 これは憶測に過ぎないけれど、あのモーニングスターはいずれこの星に危機が迫った時のために、神様だかなんだかが春香に貸し与えたものだったのじゃないだろうか。何の確証もないけれど、とりあえずそういう事にしておこう。


 新しい朝を迎えられる事に感謝をしながら目を覚ました平凡な俺は、学校へ行く支度をしてキッチンへと降りる。そして平凡な家族と共に食卓に着いた。

 そこに平凡でないものがあるとするならば──。


「……おい春香、そこに立て掛けてある槍みたいなのは何だ?」

「え? ハルバートだよ」

 俺の新たなる探究が始まった瞬間であった──。




【完】

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