楽園(7)

 ドンッ、ドンッ。

 低くこもった音の後で、地響きが起きた。窓ガラスが割れ、めりめりと壁に亀裂が走る。

 

 一体何が起ころうとしている?

 呆然と立ち尽くす田中を横目に、俺は孝介を促す。


「地震?」

 驚き、中腰になった孝介を抱えるようにして、部屋を飛び出た。そのまま一気に階段を駆け下りる。


「詳しくは後で説明してやるから、今は逃げるぞ」


 この家は、もうすぐ崩壊するのだろう。

 さっき、田中に憑かせていた座敷わらしの任を解いた。

 俺は夏に、困っている座敷わらしを助け、恩を売っていたのだ。座敷わらしはお礼にと、俺の指名した人物に憑いて、加護を与えようと持ち掛けてきた。この契約を終了するには、座敷わらしに向かって「離れて」と言うだけでいい。そういう取り決めだ。


 俺は座敷わらしに、田中に憑くよう命令していた。

 多くの犠牲者を出した交通事故に巻きこまれて、田中だけ軽傷で済んだのは、座敷わらしの加護があったからだった。

 それだけ大きな加護を受けたのなら、反動はかなりのものになるだろう。


 座敷わらしは憑いていた人物の元から離れるとき、それまでに与えた幸運を取り返していく。座敷わらしがいなくなった家は没落するといわれる所以だ。


 本来、田中はあの事故で他の犠牲者と同じく重傷を負うか、命の危機に直面する運命だったのではと、想像してみる。

 座敷わらしがいなくなった今、田中には大事故に相当する不幸が訪れるはずだ。

 例えば、家屋の崩壊に巻きこまれる、とか?

 長い間、素人ができる最低限の手入れしかされていなかった家だ。見た目にも傾いていた家だ。見えないところにさらなる重大な欠陥があっても、おかしくはない。

 今、田中が楽園と呼ぶ家の屋根はたわみ、壁は爆破でもされたように、あちこち穴があきはじめている。


 俺と孝介が脱出して間もなく、家は原型をまるでとどめなくなった。

 一階部分は完全に潰れ、二階部分は今も音を立てて崩れている。

 中に取り残された田中が、今どんな状態であるかはわからない。とりあえず救急車だけは呼んでおいてやろうと思う。奴にはちゃんと生きて罪を償ってほしいからな。

 瓦礫の下から、四人の子どもの遺体が見つかるのも、時間の問題だろう。


「イェーイ!!」

 すぐ傍で状況を見守っていた少女――座敷わらしに向かって、俺は親指を立てる。座敷わらしは片目をつぶり、同じように親指を突き出した。


「あーはっはっはっ!」

 瓦礫の山を前にして、俺は高らかに笑い声を響かせた。

 くたばれ、【楽園】。

 ざまあみろ、【楽園】。


 現実的な話、田中がいなくなったところで、俺の閉所恐怖症は治らない。たぶん一生付き合っていくことになるだろう。

 事の真相を知った両親は、俺を実家に戻そうとするかもしれない。そうしたら転校だ。せっかく友達もできて、無難に学校生活が遅れていたところだったのに。俺はまた、新しい学校に通えるだろうか?


 不安は尽きない。

 だけど自分がそうだと思うなら、どんな場所だって本物の楽園になりえるのだと信じたい。

 だからこれからもきっと、俺は大丈夫なのだ。


「立てるか?」

 俺は隣で腰を抜かし、呆然と瓦礫の山を眺めている孝介に手を差し出した。


 とりあえず今は、こいつの隣が俺にとっての楽園。










《了》

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箱と楽園 未由季 @moshikame87

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