最終話 吸血鬼、晩酌する
「んぐっ、んぐっ……ぷはっ。うん、うまい美味いっ! もう一杯!!」
深夜。
寝静まらぬまでも、日中よりはずっと静かになった町を、どことも知らぬ高層ビルの屋上から見下ろしつつ、シンクは今日も晩酌を楽しんでいた。
「いやぁ、月が綺麗だねぇ」
快晴の夜空を照らし輝く黄金色の満月。
人間の世界には『月見酒』という言葉があると知ったシンクは、その時から満月の夜を心待ちにして……漸く今日、ビールの味にどんな影響を及ぼすか、試してみているのである。
とはいえ、完全におつまみ無しも口寂しいので……。
「てってれてって、てーてーて~。三色団子~」
お供に、コンビニで買った三色団子を連れてきていた。
月見といえば団子。そう聞きかじったからだ。
「ふーん、三色団子がピンク、白、緑なのは秋色がないから『飽きない』って意味が込められてるのかーそーなのかー」
パッケージに書かれたプチコラムを読み、関心して頷くシンク。
ちなみに他にも、縁起のいい紅白と邪を払う緑を合わせたという説、『飽きない』ではなく『商い』を掛けているという説もある。
「ん、甘くて美味しい……といっても、三本も食べたらさすがにちょっと飽きちゃうかもな」
ビールを飲む息継ぎに団子を頬張りつつ、だらだらした時間を過ごす。
そして三色団子、二本目を手に取り……何を思ったか月にかざす。
「…………ピンクはよく顔をピンク色にしてるからツムギ。白は、真っ直ぐな性格のチサト。緑は緑色が好きって言ってたからトモリ」
三色に、最近親しくしている女の子を当てはめていく。
「なんて、テキトーすぎるか」
言ったそばから自覚があったようで、シンクは苦笑しつつ、ビールを飲む。
「でも、あと一色。加えるならなんだろ」
余っているのは秋の色。
しかし、秋らしい色なんて無限にあるような気がしてしまう。
「うーん……」
三色団子を見つめ、シンクは思い悩む。
数秒、頭を捻らせ……ふと、三色団子を夜空に掲げる。
「おおっ。良い感じ」
三色団子のてっぺん、ピンク色の団子の上にちょこんと黄色に輝く四つ目の団子が乗る。
なかなかの芸術点の高さに、満足げなしたり顔を浮かべるシンク。
とはいえ、先ほど「綺麗」と称した手前、この四つ目の団子が自分であると言うのは面映ゆい。
「ふふっ、わたしはむしろこっちかな」
三色団子と並べるように掲げるのは、愛飲しているホッカイ生ホワイトラベル。
アルコール度数5度。今日はちょっぴり豪華に500ml缶を、月に傾ける。
「かんぱーい」
そう気の抜けた声と共に、缶ビールをぐいっと煽る。
炭酸が弾ける刺激をのどごしにしっかり味わい、流し込む。
そしてすぐさま三色団子で追撃。ピンクも白も緑も、全部纏めて口に放り込む。
「もぐ、もぐ……ごくん。んっ、美味しい。やっぱりビールと甘いものは合うねぇ」
シンクはそう感想を呟きつつ、空になった500ml缶をコンビニの袋に入れ――すぐさまもう一本、新しい500ml缶を取り出す。
「ふふふ。今日はなんだか気分がいいからもう一本飲んじゃお。三色団子くんもあと一本残ってることだし、お月様だってまだ元気そうだしね」
誰かに言い訳するように得意げな独り言を溢しつつ、イージーオープンエンドを開ける。
彼女はシンク・エルヴァナ。
現代を生きる不老不死の吸血鬼。
今まででも数え切れないだけの時間を生き、これからもそれよりももっとずっと永い時間を生きていく……そんな超常の存在。
彼女にとって時間は無限なもの。掃いて捨てても、誰かに売っても、絶対に無くなることはない。
それでも、彼女は知っている。
たとえ永遠を生きようが、百年生きようが、五十年生きようが、二十年生きようが——全ての者に等しく、同じだけ時間は過ぎていく。
そして、どれだけ気の遠くなるほど未来が広がっていても、決して戻らない。
どれほど願っても、悔やんでも、たった一秒でさえ戻ってはくれない。
だから、彼女は今を生きる。
無限に訪れる明日に胸をときめかせ、過ぎ去った一分一秒を惜しみ、生きていく。
決して褪せることのない想いを、胸の奥で大切に抱きしめながら。
「ああ、月が綺麗だ」
夜空に輝く満月を見上げ、彼女は笑う。
やっぱり楽しそうに、でもどこか照れくさそうに。
それは誰もが見とれるであろうほどに美しく、そして——。
どこに出しても恥ずかしくないくらい、素敵な笑顔だった。
バンシャク・バンパイア ~不死の吸血鬼、ビールを愉しむ~ としぞう @toshizone23
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