第42話 吸血鬼、添い寝する

 そして、現在。

 二人は当たり前に、二人並んで寝ている。


「ねぇ、シンク。何考えてた?」

「んー、ツムギと出会った時のことかな」

「あっ! それあたしも!」


 何気ない偶然に、喜ぶツムギ。

 喜んだ勢いで、シンクの腕に抱きついてみたりする。


「思えば、あの頃からシンクはシンクだったなぁって」

「それを言うならツムギはツムギだったよ」

「えー! あたし、自分でも結構垢抜けたと思ってるんですけど」

「まあ、確かにオシャレにはなったね」


 地味なオカルト好き女子から、クラスの中心で輝くイマドキギャルへと、見事な高校デビューを果たしたツムギ。

 最初の頃は、中学の彼女を知る者達からやっかみを受けたりもしていたが、全て受け入れた上で撥ね除け、誰からも認められるに至った。


 それらは全て、目指すべき目標がすぐ側にいたからだ。


「あたし、シンクみたいになるのが夢なんだ」

「わたし?」

「うん。シンクみたいにカッコよくて、自分の世界を持った大人の女性に!」


 それがツムギの夢。

 最初は確かに、本物の吸血鬼が目の前に現れたという興味から始まった。

 しかし今では、何にも流されず、それでいて日々を謳歌しているシンクのように自由自適に生きられる、そんな大人になりたいと思っている。


 さすがに、ビールは飲み過ぎだけど。


「……びっくりした」

「なにが?」

「てっきり不老不死になりたいって、言われるかと思って」

「不老不死になりたいって言われたら嫌なんだ」

「嫌っていうか……困る、かな。わたしは不老不死の成り方なんか知らないし、わたし以外の不老不死に会ったことも無い。だから、なんていうか、不老不死になりたいって、わたしそのものになりたいって言われている気がして……」


 わたしは人にお勧めできるほど良い生き方してないからね、とシンクは自嘲する。


 事実、不老不死として気の遠くなる長い時間を生きている彼女の言葉に、ツムギも簡単に相づちを打てない。

 ツムギから見える今のシンクは、積み上げられた地層の一番上のさらさらした砂。または氷山の一角。

 その底に何が埋まっているのか、シンクの口から語られないと分からない。ただ、おそらく彼女は見せるべきでないと決めた部分は意地でも隠し続けるだろうという確信はあった。


 だからこそ、ツムギは今のシンクから目を離さないと決めている。

 過去を知らなくても、今のシンクなら知ることができる。

 

「あたしにとってシンクはさ、夏には夏が一番好きな季節って言えて、冬には冬が一番好きな季節って言える、そんな人だと思うんだよね」

「……ん? どういう意味?」

「夏ってすごく暑くて汗も一杯掻いてしんどいし、早く寒くならないかなって思うじゃない? でも冬になったらなったで早く暑くなってって思ったり……簡単に気持ちが流されちゃうっていうかさ」

「たしかに、わたしは暑いも寒いも平気だしね」

「そういう意味じゃなくてさぁ……ま、いいや」


 ツムギは諦めたように溜め息を吐く。

 シンクとしては謎が深まるばかりだが、彼女も無理に深堀しようとはしない。


 時間はいくらでもある。

 それはシンクが不死だからという意味ではなく、おそらく、きっと、彼女がツムギと過ごす時間はこれから長く続いていくだろうから。


「あ、そーだ。今度揚げ物やろうと思っててさー」

「えっ、揚げ物!?」

「わっ!?」


 シンクががばっと起き上がる。

 勢い余って毛布を剥がしたものだから、ツムギも驚きの声を上げた。


「とうとうこの時が来た!? ずっとやらなかったのに!」

「お母さんから、揚げ物は特に危ないから、許されるまで余所ではやるなって言われてたんだけど、この間とうとう免許皆伝したんだー」

「なんと! それじゃあ早速……」

「いや今からはやらないよ!? もう寝るところだし!」

「えー、すっかり揚げ物の口なんだけど」

「……シンクの場合、揚げ物じゃなくてそれと一緒に飲むビールが楽しみなだけでしょ」

「ふふ、そうともいう」


 だらしなく垂れた涎を拭いつつ、シンクは得意げに胸を張る。

 そんなシンクに呆れた視線を向けるツムギ。


 憧れていいのか不安になるくらい、この吸血鬼の求めるものは出会った頃からずっと変わらず、一にビール、二にビール。

 三も四も五も、ビールビールビールだ。


(でもあたしだって負けないもん)


 血の通わないアルコール飲料にライバル心を燃やしつつ、ツムギはシンクの腕に抱きつく力を強める。


 いつか彼女の五番か四番、目指すは一番。

 そんな、シンクにとっても特別大切な存在になれるように。

 

 ツムギは今日も、そんな夢を見る。

 大好きなシンクのそばで。


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