第41話 吸血鬼、出会う

 シンク・エルヴァナは吸血鬼である。

 それも不死、とびきり昔から生き続ける特別な吸血鬼である。


 そんな彼女は人間達が支配する社会の中に溶け込み、人間として、数年から数十年のスパンで所在を転々としつつ、生活している。


 当然、自分から吸血鬼だと明かすことは殆ど無く、彼女の正体を知る者は殆どいない。

 しかし、言われずとも、勝手に察する者達もいるにはいる。


 たとえばヴァンパイアハンターと呼ばれる血族の者達。

 数百年前より現れ、闇の世界を支配していた吸血鬼達を狩ることを生業とする彼らの中には、吸血鬼を探り当てる特別なセンスを持った者がいた。

 それは一子相伝の技として継承されたり、遺伝したりと様々だが、何人か実際にシンクの正体を見破った者達もいる。

 そのおかげで、不死者というバケモノであっても自分が吸血鬼であると、シンクは自信が持てるのだが。


 他には動物や虫の類い。

 犬や猫は決して彼女に近づこうとはしないし、逆に威嚇もせず、ただ逃げようとする。

 カラスも彼女に向かっては吠えず、突如部屋に出現し人々を恐怖に叩き落とす頭文字Gな存在もシンクの部屋には寄りつこうとしない。


 人間の赤ん坊も、シンクを前にすれば機嫌を損ねまいと泣くのをやめ、しかし恐怖で目尻に涙を溜めたり、お漏らししたりするという。


 そんなこんなで、本能的にシンクの正体を察知する存在はみな、彼女に『恐怖』を向けてくる。


 しかし……ツムギは違った。

 彼女を吸血鬼だと言い当て、それでもなおキラキラした憧れの眼差しを向けた。

 それは本能でもなんでもない、ただのまぐれ当たりでしかなかったのだが、それでもシンクにとってはすごく新鮮で――どこか、懐かしくて。


「すごい……これが吸血鬼の住まい!? すごく……ふ、普通だけど、それが逆にリアル!」


 つい押されるがまま、彼女を部屋に上げてしまっていた。


「ていうか、それよりも! お姉さん、やっぱり吸血鬼なんだ!」

「うん。よく分かったね」

「最初話を聞いたときから、もしかしたらと思ってたの!」


 こうして部屋に上げてすぐ、シンクは彼女が、ただの当てずっぽうで自分の正体を言い当てたことに気が付いていた。

 しかし、まぐれでもなんでも言い当てられたのは事実。潔く受け入れ、今更取り繕うつもりもなかった。


「わたしのことはシンクでいいよ」

「じゃ、じゃああたしのことは……ツムギでいいよ! シンク!」

「うん」


 明らかにファーストネーム呼びに慣れていない、決意を滲ますような言葉だと感じつつ、シンクは特に指摘せず受け入れる。


(この子、不思議な勘を持っている子だけれど、悪い子じゃなさそうだ。むしろ、仲良くしてみたいかも)


 永く生きてきた分、人を見る目――特に悪人を見分ける目には多少の自信があった。

 その目が、この少女は無害だと、むしろ純真で、無垢で、善良なものだと感じさせた。


「ねぇねぇ、色々聞いていい!?」

「うん。君に――ツムギに危険が降りかからない程度の話なら」

「え……カッコいい……!!」

「……まだ何も話してないけど」


 シンクは首を傾げつつ、ツムギの質問に答えていく。

 自分以外に吸血鬼はいるのか。何か魔法みたいなものは使えるのか。やっぱり人の血を吸うのか。吸った相手を吸血鬼にしてしまうのか。

 本当に十字架と、にんにくと、銀と、太陽が苦手なのか、などなど。


「わたしは不死って体質だから、一般的な吸血鬼とは意見が違うかもしれないけれど……」


 そう前置きしつつ、シンクは質問に答えていく。

 とはいえ、ツムギの考える吸血鬼はあまりに人間的で、使い古された陳腐なものだったし、その否定を一つ一つされるだけで、随分とテンションを上げていた。


 そして、シンクがツムギの知らない知識、過去を語るたびにツムギの目は輝き、熱を帯びていった。

 

 まるでシンクに向ける感情が、世にも珍しい不死の吸血鬼への好奇心から、自分よりも多くを経験している大人の女性への憧れに変わっていくような……そんな雰囲気。


「カッコいい……」


 いや、ようなではない。

 完全に口から、蕩けるような声が漏れていた。


(可愛い子だな)


 目の前の、何にも穢されていない無垢な少女に、シンクは素直な感想を抱く。

 今まさに自分が悪い影響を与えてしまっている気もしつつ、つい頭を撫でてやりたくなるような衝動に駆られてしまう。


「シンク、人の血は飲まないって言ってたけど、じゃあご飯とかどうするの?」

「摂取しなくても死ぬことはないけど、基本的には人間と同じものを食べてるよ」

「へぇ~……好物とかあるの?」

「よくぞ聞いてくれた!」

「わっ!?」


 シンクは明らかにテンションを上げつつ、コンビニから提げて来たビニール袋の中身を見せびらかす。


「……ビール? お母さんがよく飲んでるやつだ」

「へぇ、大家さんの奥さんもお酒飲むんだね」

「うん。お父さんは全然駄目なんだけどね」

「下戸ってやつだ」

「げこ?」

「うん。げこ」


 ぷっとツムギが吹き出し、シンクもニヤッと笑う。


 二人の出会いはそういったところ。

 普通の中学生と、不死の吸血鬼。

 なんの因果でも、宿縁でも繋がっていない二人が偶然出会った。


 けれど、だからこそ……この出会いは、運命と呼べるのかもしれない。 

 

 

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