第40話 吸血鬼、暴かれる
「シンク、今日泊まっていくから!」
「別に良いけど……親御さんに許可は取った?」
「すぐ聞く!」
そう言って、ツムギはスマホで電話をかけ始める。
わざわざ電話を掛けずとも、同じ建物に住んでいるのだから直接聞きに行けばいいのだが……一秒たりともシンクから離れたくないという気持ちの表れなのかもしれない。
シンクにはツムギが、まるで尻尾をぶんぶん振る子犬のように見えた。
(まぁ、本物の子犬はわたしに尻尾振ったりしないけどね)
そう自嘲しつつ、電話をツムギを横目に、シンクはパソコンへ向かう。
そしてチャットツール『emotion』を開き、ラキュアへ「今日は生で配信見れないから、明日アーカイブ見るね」と送る……と、すぐにOKという旨のスタンプが帰ってきた。
「シンク、いいって!」
「そっか、了解」
ツムギに返事しつつ、パソコンの電源を落とすシンク。
「お母さんも、またシンクと話したいって」
「うん。今度お土産持って伺うよ」
「食材だったら、あたしが料理したげる!」
話したい、と文字にすれば若干物騒な気配もするが、実際はお酒を交えながら他愛のない世間話に興じるくらいのこと。
ツムギほどよく会っているわけではないが、大体一ヶ月に一度くらいのペースで、そんな風に過ごしている。
「……あ、そっか。お風呂も入ったし、晩ご飯もラーメン食べたから、今日はもう寝るだけなんだ」
「夜更かししたい?」
「ううん、わたしには夜も昼もないし」
睡眠を必要としない不死の吸血鬼。
彼女にとって、眠るも起きるも同じようなもの。
ツムギという夜のお供がいるならば、自分だけ起きているより一緒に眠った方が余程楽しい。
「とはいえ、布団に入るのはまだ早いか。まだ10時だし」
「ううん。シンクがいいなら……」
「ツムギに任せるよ」
「うんっ」
ツムギは嬉しそうに頷くと、シンクの部屋に置いていた自分のパジャマを持って、着替えのために脱衣所に入っていく。
シンクもその隙にパジャマに着替え、あと申し訳程度に万年床の埃を叩いておいた。
シンクの部屋には布団が一人分しかない。
なので、ツムギが泊まるときはいつも、二人で一つの布団を使っているのだ。
シンクとしては、ツムギが窮屈だろうしもう一つ布団を買ってもいいのだけれど、ツムギがこのままでいいと言うのでそうしている。
「シンク、えへへ、おまたせっ」
「待ってないよ」
「なんかデートの待ち合わせみたい」
「……そう?」
ツムギの言葉がピンとこず首を傾げるシンク。
けれど、ツムギは機嫌を損ねず、ニコニコ笑っている。
「まあいいや。じゃあ電気消すね」
「うんっ」
部屋の蛍光灯を消し、二人で一つの布団に寝転がる。
ツムギは肩まで毛布を掛けつつ、真隣りのシンクを盗み見る。
シンクはぼうっと天井を眺めていた。
表情はともかくとして、ツムギはこの時のシンクの目――暗闇に浮かび上がる、僅かに光を放つ真紅の瞳が好きだった。
(そうだ。この瞳……)
ツムギは不意に思い出す。
初めてこの吸血鬼と出会った、一年前のことを。
◇
「も、もしかして……吸血鬼!?」
「んえ?」
学校帰り、アパート前で出くわした初対面の彼女に、ツムギは思わず叫んでしまっていた。
当時、中学三年生。
ツムギはギャルでもなんでもない、むしろどこにでもいる普通の――から更に地味よりの、ちょっとオカルトとかに興味がある感じの女の子だった。
好きと言っても、怪しげなキーホルダーでバチバチに鞄を武装したり、自室を悪魔召喚のための特殊配置で飾ったりなんて素っ頓狂な行動に出るわけでもなく、わりと(界隈では)メジャーな雑誌を購読する程度の好きだ。
ただ、この宇宙のどこかに宇宙人は存在するし、もしかしたら誰も見つけていないだけで魔法も地球上に存在しているかもしれない。
サンタクロースだってそう。幽霊だってそう。
そして、吸血鬼だって、この地球のどこかに潜んでいるかもしれない。
そう信じているくらいには、ピュアな心の持ち主だった。
そんな彼女にとって、銀髪、真紅の瞳を持った絵に描いたような美少女が目の前に現れれば、たとえそれが全身ゆるっとした芋ジャージを着ていたとしても、吸血鬼だと思ってしまうのは仕方がないことなのである。
まだ夕方――完全に日の光の下だったけれど。
この時、ツムギは学校帰り。
コンビニ帰りの彼女とは偶然出くわしただけだけれど、ツムギは彼女のことを薄ら両親から聞かされていた。
22歳という年齢にしては、外見が若く、ツムギより少し上か同世代くらいにしか見えない。
外国の血を感じさせる幻想的な見た目で、同性の母でもつい見とれてしまう程だった……と。
その時からツムギは「もしや」と疑っていた。
月光のような銀色の髪。昏く光る真紅の瞳。
年齢とそぐわない外見。人を惑わし心酔させる色香。
間違いない!
「お姉さん、吸血鬼、ですよね!?」
「え、あ……うん」
そんな子どもらしい、主観に主観を重ねたような、無垢で幼稚な決めつけが、奇しくも彼女の正体――「シンク・エルヴァナは吸血鬼である」という真実を暴いたのだった。
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