未来

 時が流れること数十年――僕は誰かと結婚することもなければ、生涯独身のまま病床で残り僅かとなった余生を過ごしていた。


 家族もとっくに亡くなっている。友人と呼べる存在もいやしない。唯一繋がりがあった幼馴染の奈子とも疎遠になって久しい。今や看護師が最も近いしい人間だというのだから虚しいばかりだ。


「もしかして、願いを叶えようとしたことを今更後悔なされていますか?」


 枕元で林檎の皮を剥いていたちんちくりんのエステルは、てっきり僕に食べさせてくれるのかと思って剥いていた林檎を自分がパクパクと口にしながら、いつもと変わらぬ無表情で尋ねてきた。


 本当にコイツは――最初から最後まで変わらない。


「そりゃあ後悔くらいするだろう。あの日から僕の人生は下り坂を転がり落ちたようなもんだ。やることなすこと全てが裏目に出る。これが悪魔を呼び寄せた代償だというのなら、欲に任せて迂闊な選択などするべきではなかった」

「いいじゃないですか。過分な欲は身を滅ぼすことを、まさに身を持って知れたのですから」

「随分と高い授業料だが」

「いつの時代も悪魔を呼び寄せたものがハッピーエンドを迎える物語なんてありませんからね。さて、私にとっては瞬き程度の時間でしたけど、そろそろ授業料を頂くとしましょうかね」


 そう言って最後の一欠片を食べ終えたエステルは、初めて会った日以来二度目の蠱惑的なお姉さんに変身した。昔の僕なら、きっと興奮したに違いないが、もはやなんの感慨もわかなかった。


 ――興奮するには些か、身体も心も老いすぎてしまったようだな。


 たぶん、僕は間もなく命尽きる。

 それをわかっているエステルは、一度としてしたことがない妖艶な笑みを浮かべながら僕の上にまたがった。


「さて、メインディッシュというには乏しいゴチソウですが、遠慮なく頂くとしましょう」


 嗚呼――僕の人生は最期まで何も敵わない人生だったなぁ。


         ✽


「ていう未来が想像できるんですよね」

「やめてくれないかな。いかにもな未来を想像して語るの」


 死の間際にいるわけでもないし、年老いてもなければ欲も失ってもいない。ベットの上で完全にだらけきっているエステルは、これから先訪れる僕の人生を、あたかも見てきたように語った。


 しれっと僕の家で住むようになったエステルは、家族に怪しげな魔法を用いて僕の〝妹〟という設定で平然と暮らしている。人間の年齢に換算すると二百歳になる悪魔の妹が誕生した瞬間である。


「そうならないように、今から理想のお姉さんを見つけるために行動しなくてはなりませんね。まあ、貴方みたいな子供を相手にする女性なんて死んでも見つからないとは思いますけど」

「おかしいな。そのために命を代償にしたはずななのに。ちなみに、エステルが変身したお姉さんの姿が一番の好みなんだけど」

「気持ち悪いこと言わないでください。私はあくまで貴方の寿命が尽きるまで側にいるだけの悪魔なんですから、妙な真似したら通報しますよ」


 そう言って僕の両親から買い与えられたスマホをかざすと、いつでも110番通報が出来ると脅してきた。正真正銘の悪魔じゃないか。


「ん? ちょっと待てよ。さらっと寿命が尽きるまでって言ってたけど、あと何十年生きると思ってんだよ」

「気にしないでください。人間の寿命など悪魔にとってごく短い時間に過ぎませんから。それまでは妹して居候でもさせてもらいますよ。実家を出たとしても死ぬまで寄生させていただきますからね、お兄ちゃん」


 怖い。この悪魔……もはや小悪魔なんて枠に留まらない。人間を骨の髄までしゃぶり尽くす大悪魔の間違いじゃなかろうか。


「とりあえずお兄ちゃんは勘弁してくれ」





 

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〝小悪魔な彼女〟に甘やかされたいと願ったはずなのに思ってたのと違ったのでチェンジで きょんきょん @kyosuke11920212

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