修羅場
「ちょっと望! 一体何を隠してるの!」
「な、なんだよ、人の部屋に勝手に入ってくんなって何度も言ってるだろ」
急いでクローゼットを閉めた瞬間、扉を蹴り破りかねない勢いで奈子が部屋に雪崩込んできた。
咄嗟に背中で蓋をして閉じ込めると、中からくぐもった声で不満を訴えるエステルの声が聴こえる。頼むから黙っててくれないか。
――万が一にもガキを連れ込んでるなんて誤解されたら。
最悪の未来を想像すると冷や汗がとめどなく流れ落ちる。人が隠れる場所なんてほとんどない僕の部屋をじっと観察していた奈子の視線は、食べかけの菓子や飲み干したコップに向けられていた。
ちなみにエステルが読みっぱなしにしていた秘蔵コレクションのエロ本は、わざとらしく踏まれていて表紙のお姉さんはシワくちゃになっていた。もう手に入らないお宝なの……。
「おかしいわね。友達といるって話じゃなかったっけ」
「それは、そのぉ……」
「うんうん。いいのよ。望が思わず吐いた嘘だってことはよくわかってるから。だからさ、そのいかにも怪しいクローゼットの中身を見せてもらえない?」
「ク、ククローゼットの中なんて見てどうするつもりだよ。そうだ、たまには一緒にゲームなんでどうだ? 一緒にスウィッシュやろうぜ」
「いいからどけ」
「ちょ、お願い、やめ――」
抵抗虚しくヒョイっと投げ飛ばされると、勢いよくクローゼットを開かれてしまい、今度こそ万事休すと頭を抱えたのだが――。
「ちょっと望! この女の人誰なの!」
「……へ?」
てっきり鉄拳制裁が待ち構えているかと思いきや、クローゼットの中を指差して驚いている様子の声に恐る恐る顔をあげると――そこにはちんちくりんなエステルの姿は何処にもなく、変わりに見知らぬお姉さんが隠れていた。
僕の理想を体現したかのようなボン・キュッ・ボン(死語)のスタイルに、蠱惑的な笑みを浮かべた超絶怒涛の美しさ(語彙力)――。
何処の誰かなんて当然抱くべき疑問は、すぐに頭の中からすっ飛んで目を奪われていると、亜光速の回し蹴りが飛んできて僕のみぞおちを強かに蹴りいた。
「グハアッ!!」
「と、友達って、え? まさかそっちの意味でのフレンドとか言わないよね? まさか、私しか友達がいないあんたに、こんな美人なお姉さんが相手するはずなんてないもんね。どうせ私の知らない親戚とかってオチなんでしょ」
「ちょ、痛い! 頼むから真顔で蹴ってくるな! ギブギブ!」
「じゃあ教えなさいよ。この人はいったい誰なの」
「そこまで言うのなら教えましょう」
倒れた僕を足蹴にしてくる奈子に、クローゼットの中にいた正体不明のお姉さんは、やおら歩きだすと僕の肩に枝垂れかかってきて甘い声で囁く。
「私、御主人様の奴隷なの」
はい。終わった。
「ど、奴隷って、望……一緒に警察についてってあげるから自首しなさい」
「オーケー。どうやら酷い誤解を与えているようだ」
ロリという疑いは晴れたものの、またも身に覚えのない疑惑をかけられて今度こそ進退窮まっていると、普段なら強気に言い返す奈子が涙目になって部屋を飛び出していった。
声を掛ける間もなく階下を凄まじい勢いで駆け下りていき、嵐が過ぎ去ったことに安堵しているとファビュラスなお姉さんは、瞬く間に背丈を縮ませてしまった。
「はあ!? お、お前、変身できたのかよ!」
眼の前には一仕事終えたとでもいうように、肩を鳴らして疲れた顔をしているエステルが立っていた。
「当たり前じゃないですか。私は悪魔ですよ」
「ならささっきの姿のままでいてくれよ。一生のお願いだから」
どうせ死後に魂を奪われることが確定しているのだし、もはや藁半紙より軽いプライドなどかなぐり捨てて土下座するも、訴えは届かず。
「無理ですね。ただでさえ人間界に来て魔力を失っていたというのに、今の変身でなけなしの魔力を使い果たしてしまいましたし。今の私は人間より非力なか弱い女の子でしかありませんよ」
「そんなのあんまりだぁぁぁぁ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます