第4話 幼馴染を寝取られた僕、何故か学年一の美少女に惚れられました。その三

 遠藤さんの家は、公園から歩いて5分ほどのところだった。

 まだ新しい感じの、小奇麗こぎれいなおうちだ。


「立派なおうちだね。ああ、そう言えば、遠藤さんって社長令嬢なんだっけ?」


 そんな噂を聞いたことがある。彼女のたたずまいを見ていると、さもありなん、という雰囲気だ。


「え、え? 令嬢だなんて、とんでもない。そんな大げさなものじゃないです。すごく小さな会社ですし……」


 あ、事実なんだ。いやいや、たとえ小さな会社でも、社長さんというのはすごいことだよ。


「今日は本当にありがとうございました。それじゃあ、また学校で」


 遠藤さんがぺこりと頭を下げる。そんな仕草もめちゃくちゃ可愛い。


「うん。また学校で。……二年生になっても、同じクラスになれるといいね」


 思わず本音が出てしまった。

 それに対して、遠藤さんは、


「そ、そうですね。……私もそう思います」


 そんな風に言ってくれた。ええっと、それ、社交辞令だよね?

 でも、心底男性を怖がっていると評判の遠藤さんが、たとえうわべだけであってもそんなことを言ってくれるというのはすごく嬉しい。


「あ、ちょ、ちょっと待ってください」


 それじゃあ、と言って家路にこうとした僕を、遠藤さんが呼び止めた。


「? どうかした?」


 遠藤さんはしばしの間もじもじしていたが、意を決したように、僕を見つめて言った。


「あ、あの! 連絡先、交換してもらえませんか?」


 嘘!? 女の子と連絡先交換とか、都市伝説じゃないのか?

 有紗の連絡先はもちろん知っているけど、その時はあんまり甘い雰囲気でもなかったからなぁ。


「遠藤さんと連絡先交換できるなんて、夢でも見ているみたいだなぁ」


「うふ。おおげさですよ。……ああそうだ。私のこと、『舞音まいん』と呼んでもらってもいいですか?」


 え、マジっすか? いきなり「下の名前呼びイベント」まで来ちゃう?


「え、えーと。ま、舞音ちゃん」


「はい」


 ヤバい。これだけのことでめっちゃ感動してる。


「舞音ちゃん。そ、それじゃあ、僕のことも『佳宏よしひろ』って呼んでよ」


「は、はい。佳宏……君」


いてっ!」


 えん、もとい、舞音ちゃんに下の名前で呼んでもらえるなんて、何だか現実のこととは思えず、自分のっぺたをつねってみたんだが、やっぱり痛かった。

 怪訝けげんそうな表情を浮かべる舞音ちゃんにあらためてさよならを言って、僕は家路にいた。



 その日の夜、さっそく舞音ちゃんから電話がかかってきた。

 電話の向こうの彼女は、ちょっとおどおどした感じはあるけれど、意外にしっかりした喋り方だ。


「あの、実はちょっと気になっていたんです。佳宏君、何か悩んでいることがあるのではないですか?」


 舞音ちゃんは中々観察力が優れているようだ。

 僕はちょっと迷った後、有紗をチャラ男に寝取られた件を打ち明けた。


ひどい! 佳宏君を裏切るなんて、本当に最低な女の人ですね! ……あ、でも……」


 舞音ちゃんは、何か言い掛けて口をつぐんだ。何と言い掛けたんだろう。やっぱり僕みたいな男じゃ寝取られても仕方ない――なんてことを、舞音ちゃんが思ったりはしないだろうし……。

 電話の向こうで、舞音ちゃんが何事か逡巡しゅんじゅんしているような雰囲気が伝わって来て、ちょっと不安になってくる。


「あのー」


 たまらず僕が声を掛けようとすると、それにかぶさるように、舞音ちゃんが言葉を発した。


「佳宏君! そ、その……、私が鈴木さんの代わりになれないでしょうか?」


「はい?」


 何を言われているのか、とっさに理解できなかった。有紗の代わり? 舞音ちゃんが? そんなの代わりどころじゃないだろう。でも……。


「ええっと……。それってつまり、僕と付き合ってくれるってこと?」


 もうちょっとオブラートに包んだ言い方をすべきだったのかもしれないが、うまく言葉が見つからない。僕の直球すぎる返しに、電話の向こうで舞音ちゃんが真っ赤になっている様子が想像できた。


「は、はい。……あの、はしたないだって思わないでくださいね。でも私、佳宏君の支えになりたいんです」


「はしたないだなんてとんでもない! 気持ちはものすごく嬉しいよ。でも、どうして僕なんか……」


「『僕なんか』だなんて言わないでください! 佳宏君はとても素敵な人だと思います!」


 怒られてしまった。けど、正直なところ、舞音ちゃんにそこまで好かれる理由がわからない。


「……実は私、素敵な恋人とお付き合いしたいっていう気持ちは人一倍あったんですけど、いざ実際に男の人を目の前にすると、どうしても怖くなってしまうんです。でも、佳宏君だけは怖くなくって。やっぱり、ララちゃんを助けてくれた優しい人だからでしょうか」


 え、あれだけで? いや、まあいい。まだ何だか現実味が感じられないんだけど、今僕が言うべき言葉は一つしかないはずだ。


「ありがとう、舞音ちゃん。僕で良かったら、お付き合いしてください」


「はい!」


 電話の向こうで、舞音ちゃんのすごく嬉しそうな声が弾む。


 幼馴染を寝取られた最悪の一日は、こうして、僕の人生で最高の一日として幕を閉じたのだった。


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チョロインにも程がある(笑)。

そして、大型犬を連れた端迷惑なおっさん実はキューピッド説、あると思います。


あと、繰り返すようですが「寝取られた」というのは佳宏の主観です。

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