異世界転移してこられました、元の世界に帰ってもらいます

星見守灯也

異世界転移して来た魔法使いが元の世界に帰るまで

 ピカッと光ってガラガラ、ドシャンと鳴った。雷が近くに落ちたようだ。おお、朝から怖い。

 電子レンジがピピッと鳴って、ヨウキがドアを開けたとたん何かが転がり落ちた。それは冷凍ご飯ではなかった。入らないほど大きなものだ。人の形をした人の大きさのものだ。十七くらいの女の子。なんかひらひらのローブのようなものをまとっている。冷凍ご飯が女の子に化けた。

 いったい何がと思うまもなく、むっくりと女の子が起き上がる。

「何者だ! 宮廷魔法使いのサーミャと知っての狼藉か!」

 そういって右手を突き出してきた。ポン! と音が鳴った。だが、それだけだ。

「……あれ?」

 サーミャはきょろきょろとしてキッチンを見回す。それからヨウキをにらみつけた。

「クッ……私の魔力探知にかからないのはすごいな。ほめてやる」

「それはどーも」

「このわたしの魔法を使えなくするとは……」

「してない、してない」

 ヨウキは手を振って見せる。なんだこの女。偉そうに魔法とか言いやがって、まだ中二病なのか。女の子はヨウキの仕草を見て、何かおかしいと思ったようだ。周りをよくよく見てから、驚いたようにヨウキに目を戻す。

「霊素がうすい……。なんだここは。何をした!」

「こっちのセリフだよ。朝ご飯返せ」

 納豆しかないじゃないかと納豆だけで食べる。こっちは腹減ってんだぞ。

「ヘンな臭いのものを食うな!」

「へえへえ。で、魔法だって? どっからきたんだ、おまえさん」

「魔法を知らないだと?」

 ねばねばの口で聞けば、サーミャは信じられないと立ち尽くす。

「魔法、ね……これ見て、これ」

 ヨウキはそこのコンロに火をつけてみせた。チチチチ……と青い火がつく。

「火を出すなんて基礎魔法ではないか、おどろかないぞ」

「へえ。火という概念は魔法と同じなんだなあ」

「それで、これはどこに精霊がいるんだ? 霊素がほぼないのにすごい精霊だな」

「精霊ってのはいないなあ……ガスだよ、燃える気体」

「気体?」

「燃える空気だよ」

「空気は精霊がいないと燃えないだろ?」

 噛み合わない。精霊ってなんだ。ファンタジーか。一方のサーミャは急にしゅんとなって、縮こまってしまった。

「やはりここは異世界なのか……」

「どうやら違う世界の人みたいだな……」




「で、サーミャさん、でいいんだよね?」

 最初の威勢はどこへやら、しょんぼりとなってしまったサーミャにお茶を出す。サーミャはこわごわと口をつけて、飲んだ。緑茶って飲んだことはないかもなあ。チャの木に似たようなのはあるのかな。

「うまい」

「そりゃよかった。言葉も通じるようで何よりだ」

「そうだな。言葉がわかるのは助かる」

 ヨウキはどこから何を聞こうと考え、まず、自分の世界のことを話すことにした。

「ここは……魔法っていうのはないと思う。精霊も。たぶんだけどね」

「そのようだね。わたしは魔法使いだ。大きな竜を倒した後、田舎に移住したのだが……」

「竜? 英雄じゃねーか」

 サーミャは困ったように肩をすくめる。言葉とこういう仕草が共通なのが救いだ。もっとも言葉がそのまま通じているというより、なんとなく言いたいことがわかるという感覚に近い。

「それが、王に怖がられてしまってね」

「そりゃお気の毒に……」

「仲間には王を討とうと言われたのだけれど、わたしは嫌だった。それで逃げたんだ。どこかでひっそりと暮らせれば、それでよかった。できるだけの魔法はあるしな。それが畑に水をまこうとしたら魔法の暴走で……」

「水を?」

「水を。だって初めてだったんだ。水の精霊を呼べばいいっていうからいっぱい呼ぼうとして……」

 ボンッと手で爆発を表してみせる。畑仕事でどうやったら爆発が起こるんだ。

「ふーん……で、戻れそう? いや、戻ったら王様がなんかやってくるのか」

「魔力があれば戻れるかもしれない」

「あるの?」

 サーミャは首を横に振る。

「……わたしの魔力は暴走で消えたのと、さっき攻撃した分で空っぽだ。精霊がいたとしても何もできない」

「魔力ってどこから得るの?」

「霊素を変換するんだ。霊素は食べ物からだったり、瞑想して周りの空気から取り入れたり……ここは霊素が少ないから魔力にできない」

「そっかあ……」

 ヨウキは困ったなあと頭を掻いた。他人事ながら、突然異世界に来たなんて困るだろうと思った。ヨウキだってこのままだと困る。早いとこ帰っていただきたい。どうしようかと眉を下げたヨウキに、サーミャは申し訳なさそうに言う、

「すまない、先ほどは攻撃してしまった。あの規模の暴走は初めてで、焦っていたんだ」

「まあ、何もなかったしいいよ」

 うっとサーミャは言葉に詰まった。

「結果的にいいことではあるのだが、何もできないというのは困るな……」




 お茶を飲んでいたサーミャは、突然何か言いたげにして、また口をつぐんだ。モゾモゾとしている。

「どうした」

「いや……この世界にはトイレはあるだろうか」

 ああ、出すもの出さなきゃいけないのはどこも同じか。なんか異世界との共通祖先とかいるのかな。よく考えたら異世界にも人型のものがいて人と同じような生活するって面白いな。向こうから見ても面白いのかな。

「そこのドア開けて、穴の空いた椅子に座って出してくれ」

 入っていったサーミャがドアを閉めないのを見て、あわててこっちから閉める。

「閉めろよ!?」

「ドアがあると閉じ込められるだろう!?」

「閉じ込めないから閉めててくれ!」

 はあ、と溜息をついて数分。……遅い、と思った時、ドンドンとドアを叩く音がした。

「どうした?」

「すまない、どう分解すればいい?」

 サーミャが情けない声を出す。

「分解って……レバーを押せば水流れるよ」

 数秒後、水音がする。いきおいよくドアを開けて出てきたサーミャが叫んだ。

「おおおお!? こ、これはいいのか、流れていってしまったぞ!」

「ええと、流れた先で浄化槽……微生物によって分解されるから大丈夫」

「びせいぶつ?」

「目に見えないくらい小さい生き物で、ああ、この世界の精霊さんみたいなもんだ。だいたいのことをしてくれる」

「そうか! すごいやつだな、びせいぶつ」

「まあ、そう……たぶん」

 むこうの世界には微生物はいないのか、それとも発見されていないのか。魔法や精霊があるんだし、世界の仕組みから違っていてもおかしくないんだよなあ。




 トイレから戻ってきたサーミャは部屋の中のものを気にしている。今見ているのはテレビだ。

「画像伝達魔法だな……」

 画面の中では戦争のニュースが流れていた。戦車が走っている。砲撃の映像の意味を理解して、サーミャが眉をひそめた。

「異世界にも戦争があるのだな……まったく、度し難い」

「まあ、そうだな」

 それからテレビの裏に回って、配線に首をかしげた。ヨウキが説明を入れる。

「これは電気っていうエネルギーを使っていて……電波で通信したり。うーん、俺も詳しいことはわからない」

「わからないのに使ってるのか」

 サーミャはあきれたように鼻を鳴らす。そんなバカなとでも言いたげだ。

「魔法は違うの?」

「魔法はその原理を理解しなければ作れないし使えないものだ。魔法使いでなければ不思議な力にすぎない」

「んー……テレビを作った人は中身を理解してるけど、理解してない俺にとっては不思議な力だよ。わからなくても使えるってだけ」

「む……わからなくても使える力か……」

 それは初めて考えたというようにサーミャはこわごわとリモコンのボタンを押した。画面が変わり、ドラマになる。男女が親しげに話している。

「なるほど、確かに王は魔法を使えないな。わからないし使えもしない力は不思議なだけだ」

「魔法を使える人って少ないの?」

「少ない……生来の素養による。魔力をどれだけ貯められるかとか…そういうものだ」

 それから独り言のように呟いた。

「だから王は怖いのだろうか。このように指ひとつで誰でも使えるのなら、理解できなくとも怖くないのかもしれない」




 帰る手がかりは見つからないままだ。晴れたので買い物に出てみる。霊素がこもったのがあるといいなあと期待して。走ってくる車にびっくりしてサーミャが飛び上がった。車道にでないように手を引っ張る。

「あれは車だよ。ガソリン……ええと、油で走る。ぶつかると……痛いですめばいいな」

「油でか。こちらも魔法で車を走らせる技術はあるが……術者本人が転移魔法を使ったほうが早い」

「転移魔法かあ。ワープみたいなもんだろ? そっちのほうがすごいよ」

「ああ、だが使える者はわずかだ」

 たい焼き屋があるので、ヨウキは財布を出した。ここのたい焼きはおいしい。

「魚のお菓子か。これがお金? ずいぶん軽いのだな? ……いや、この軽さは何だ? 軽すぎる。軽量魔法ではないのか」

「そんなのないよ。それは一円。こっちが千円札、紙のお金だな」

 ヨウキは紙といったが同じものがあるかはわからない。まあ、似たようなものはあるだろう。

「金銀が不足しているのか? これを大量に作られたらそのうち困るだろう?」

「国の信用そのものだから、そんなことしないよ」

「ほう…小さいが契約書みたいなものだな」

 そう言ってサーミャはお札をすかしてみる。当然、すかしに人物が浮き上がった。人物を描く線の細さ、複雑な模様、小さな文字にホログラム……。サーミャは目を輝かせてすみからすみまで見つめた。

「手だれの書いた魔法陣のように精巧だ。すばらしいわざだな。これは誰でも使えるのか?」

「ん? 持ってれば使えるけど…」

「誰でも『せんえん』の価値なのかと聞いている。種族や職業に関わらず使えるのか?」

「お金は平等だろ? みんなが千円だと信じているから千円で使えるんだ。そりゃたくさん持ってる持ってないはあるけどさ」

「お金があればなんでもできるのか」

「なんでもってわけじゃないけど、だいたいのことはできるなあ。もちろん、知識や技術、健康がないとできないこともたくさんある」

 ふむふむとサーミャはうなずいて、千円札を見返した。

「そうか……誰でも使えるが誰でもは作れないというのが信用になっているわけだ。魔法陣を施したお金というのはいいと思う」





「うーん、食べ物でもダメ、鉱石でもダメ、パワースポットとやらもダメ……」

「すまないな……」

 色々回ってみたが、霊素を含んだものは見つからなかった。公園のベンチに座って少し休む。たい焼きは美味しかったし、天然石の店では喜んでいたし、神社は興味深そうだったけれど、魔力の解決にはならなかった。

「いや、それはいいんだけどさ。きみがここにいるのを不審がられるとまずい。俺が誘拐してきたと思われると困る」

「それもそうか。兵士みたいなのがいるのだろうな」

「いる。法律もある」

「そうか、あまり迷惑はかけたくないな」

 ヨウキは自販機を見つけてコーヒーとコーンスープを買った。コーンスープをサーミャに渡して、プルタブの開け方を教えた。

「飲みな。魔力がとれなくても喉は渇くだろ」

「その通りだ」

 サーミャはくすりと笑って見せた。コーンスープを飲んで、うまそうにする。

「笑う余裕が出てきたな」

「む、そうか。……おまえは不審には思わないのか」

「不審だけど……警察に突き出したところでお互い困るだろうし、さっさと帰ってもらったほうがいい」

 確かにそうだなとサーミャはうなずいた。

「わたしは不安だったようだ。できていたことができないとなると、不便な他にもこういう思いになるのか。少し人より魔法ができるからと思い上がっていたようだ」

「だけど、みんなのために悪い竜をやっつけたんだろ?」

「竜か。あれは悪くはないんだ。たまたま目覚めてしまっただけで」

「へえ?」

「眠る竜は周りの土を溶かし鉱物資源に変換する、精霊の上位種だ。それを掘って使って人類は生きてきた。けれども、それが起きてしまった。起きた竜は周囲から資源を奪って荒らす。そういう生態の生き物だから、善悪ではない。わたしは人類のために竜を殺したが、竜を悪と思ったことはないよ」

「そっか」

「だが、倒さねばならなかったのは確かさ。竜が起きて人類を苦しめるなら、人類だって対処する必要がある」

「そりゃそうだ」

「竜はまた数千年かけて生まれるのだろう。人類が殺すのも生まれるのも自然の循環だから」

「……人のために倒したんだろ。それはすごいことだよ」

 サーミャは照れたように目を伏せた。




「あれは鳥か? ずいぶん高いところを飛ぶな」

 雲の間を飛ぶ黒い影を見上げてサーミャが聞いた。

「あれは飛行機。翼のついた車のようなもので、中に人間が乗って飛ぶ」

「くるまやでんしゃだけではなく空も飛ぶのか。それはすごいな。高度な魔法だ」

「こっちの人間にとっても操縦するのは高度なことだろうけど。乗るだけなら誰でもできる」

 まあお金は必要になるけどねとヨウキは言った。「誰でもできる」とサーミャは繰り返して、なにか納得したようにうなずいてみせた。それからコーンスープの底のコーンを取り出そうと難儀しながら言う。

「少し考えたのだがな。わたしは王ともう一度話がしたいと思う」

「うん」

「このままここで暮らすのも面白いと思ったが、どうしても戻らなければならない理由ができた」

「へえ?」

「魔道具をつくって広めることだ」

「まどうぐ?」

「魔法を使うためには魔法陣のような複雑な霊素回路が必要だ。だが、別に術者と魔法陣は別でいいではないか。術者に知識と技量がなくてもいいではないか。スイッチ一つで回路が動き、安定した魔法が使えればそれでよいのだ」

「うん」

 それはきっと、こっちの世界の科学技術と同じ考え方だろう。

「誰でも平等に使えるようになれば、もうその仕組みなど考えられることもない」

 サーミャはかたく決意したように言った。

「みな、わたしをすごいと言った。誰も同じことができないと。それで得意になっていた。自分を特別なものだと思った。だけど、誰でも同じことができるようになれば、きっと格差がなくなる。生まれつきのことで差別されなくなる」

「……そうかもな」

 魔法とはスマホを自分で発明して設計して製造するようなものなのだろうか。彼女がやろうとしていることは、電話を普及させるようなものかもしれない。彼女の世界が大きく変わるのかもしれなかった。

「誰でも魔法が使えるなら、きっと戦争にも使うだろう。多くのものが死ぬだろう。だけど、魔法が使えず死んでいったものが助かるようになる。わたしは……そうなってほしい。だから帰りたい」

「うん。気持ちはわかった。なら、魔力はどうする? というか魔力があったら帰れるの?」

「どうしよう……」

 弱った情けない声だった。




 スマホを出して、次はどこに行こうかと考える。サーミャは横からスマホに触れて「あれ?」と声を漏らした。

「これ、霊素をわずかに持っているのでは?」

「マジで?」

 霊素がある。

「スマホだけ?」

「ううん……たぶん、てれびや灯りからも出ていたのだろう。あの部屋はあちこちからごくわずかずつ出ていたから気づかなかった」

「ええと、電磁気? があればいいのかな。どういう仕組みなんだろうね」

「霊素とはやや違うが……これなら使える。魔力になる!」

 嬉しげにサーミャが手を挙げてみせた。

「魔法陣さえ描けば帰れるかもしれない。よかったぞ」

「充電でもするの? 危険なような……」




 夜、火力発電所近くの空き地に車を停める。盗電というかちょっとしたテロだが仕方ない。どっかの世界のためだ。高い送電線の下に紙に書いた魔法陣をしく。サーミャは家のコンセントから電気を少し魔力に変えたらしい。見た目にはわからないが。

「このくらいの距離なら大丈夫。魔力で細く糸を伸ばして霊素をとる」

「はいはい」

 上に飛ばした光る糸が送電線に触れたとたん、サーミャが薄ぼんやりと光っているように見えた。

「これだけあれば大丈夫だ。わたしは帰ることができる」

「サーミャ、じゃあね。がんばって」

「ありがとう、ヨウキ」

 バチンとまばゆい光が弾けた。気づいたときにはサーミャの姿はもうなかった。魔法というのは不思議な力だな。




 翌日のテレビを見ると、一瞬だけ、街の電力が不安定になったそうだ。原因不明。サーミャがどうなったのか俺は知らない。でも、どこかの世界をちょっと救ったのかもしれない。来月の電気料金が少し怖いだけだった。





 

 半年後。スマホが鳴る。発信元は……あれ、バグッてない? これ。出てみると、いつか聞いた声が飛び込んできた。

「こんにちは! ヨウキ、これであってる?」

「……なんで?」

「異世界と繋ぐ魔法を見つけたの。今は声だけだけど、そのうち体も送れるようにするからね。あ、時間が足りない……ではまた!」

 どうやらうまくやってるらしい。……え、また来るつもりなの?

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